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5頁 恐怖からの解放

 その男は四三歳だった。

とにかく痩せて、暗く落ち込んでいた。

神耶氏が何を聞いても声は上擦ウワズって、手は震え、呼吸も不安定である。

神耶氏は冷えた抹茶を飲ませて暫く落ち着かせ、事情を聞いた。

男はステージ4(末期)の胃癌だと言う。

死ぬのが怖くて、家族の事、家のローンの事も心配で藁をも掴む思いで『この店』に相談しに来たらしい。


神耶氏はいつもの様に笑顔を崩さず、


 神耶「あ〜あ、それはそれは。『人間は』誰しも多かれ少なかれ心配事を背負って生きて行きます。特に『死を知らされる』と云う事は怖い。・・・そうだ、少しアナタの脳の中を拝見させて下さい」

 男 「え? あッ、はい・・・」


神耶氏は早速、別室の小部屋に男を案内した。


 神耶「そこに座って・・・。その被りヘルメットを被って下さい」

 男 「・・・こうですか?」

 神耶「そう。リラックスして深呼吸を・・・」


神耶氏は垂れ下がたコードを被りヘルメットのコンセントに差し込むと、小部屋を出て行った。

応接室のモニターのスイッチを入れる。

男の抱く「不安と恐怖」が大きなモニターに映し出された。

神耶氏はそれを観て、


 神耶「・・・扁桃体に流れる分泌液の量が多いなぁ・・・前頭葉の機能がだいぶ低下している。海馬の萎縮も激しい・・・。この方は自分の不安をあまり他人に喋って無いようだ。我慢してると言う事か・・・。この方の前頭前野を刺激して今までの仕事と生活環境をノゾいて見ようか・・・」


神耶氏はマウスを動かし、ポインターを前頭前野に固定した。

映像には男の仕事が映し出される。


 神耶「・・・仕事は公務員の様だな・・・それもこの映像からするとただの公務員じゃない。官僚だ。職場に折りたたみのベッドを持ち込んで寝ている。たぶん、年度末で帰宅出来ないのだろう。? トイレで吐血しているぞ。コレは大変なストレスだ」


神耶氏はスイッチを切り、別室に居る男の傍の椅子に座った。

そして、


 神耶「アナタの仕事は尋常じゃないですね」

 男 「えッ!? 分かるのですか?」

 神耶「官僚さんですよね」

 男 「えッ? ええ。まあ」

 神耶「いつも、オビえている。震えが止まらないのはそのせいです」

 男 「そのせい?・・・」

 神耶「海馬の中では数字と日にちが毎日追いかけっこしている。たえず焦っている。時々、家庭の事が錯綜(横切る)しますね・・・。家庭でもあまり会話は無い・・・。随分、深酒フカザケするのですねえ」

 男 「・・・飲まないと眠むれないんですよ」

 神耶「う〜ん。脳のメンテナンスが必要ですね」

 男 「脳のメンテナンス?」

 神耶「そこの標本瓶に『マサイの酋長』と書いたレッテルが貼ってあるものが見えるでしょう。アレとアナタの脳を繋いでみましょう」

 男 「繋ぐ? 手術でもするんですか?」

 神耶「いや、シナップスで繋ぎます」

 男 「シナップス?」

 神耶「アナタの脳はシナップスが一部、外れてガタガタです。取り替えて新しい物に変えましょう。コレは手術と違います。チューンアップです。直ぐにアナタの不安は消去されるでしょう。アナタの脳はご自分が癌だと云う事を忘れてしまう筈です」

 男 「忘れても癌は体内に残るのでしょう?」

 神耶「残ってもその存在を忘れます。要するに無いのです。無いと言う事は癌は消えたのです」

 男 「えッ!? それは詭弁でしょう」

 神耶「詭弁かどうか騙されたと思って挑戦してみましょうよ」

 男 「でも、そのシナップスは高いのでしょう?」

 神耶「アナタの命の値段からしたら安い物です。後日、シナップスの値段と新品に交換した個数の請求書を送らせていただきます」

                               つづく

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