Hello, World
わたしは過労で意識を失い、次に目を覚ましたのは3日後だった。
その時には既に、聖女たちは奇跡が顕現しなくなったことに気付いていて、恐慌一歩手前だった。
質問攻めに遭うことは覚悟していたが、病床のわたしを訪れた修道女長の質問はひとつだけだった。
「神は、わたしたちを見捨てたのでしょうか」
ひとつだけだが、全てでもあった。わたしは答えられずに沈黙した。
神とは、なんだろう?
プレイヤーか。それとも、システムそのものか?
わたしはもう神には祈らない。でも、一途に信仰を修めるこの人をわたしは尊敬している。
「 ──いいえ」
長い長い沈黙の後に、わたしは答えた。
「ただ、子はいつか、親の元を旅立つのですわ」
修道女長は滂沱し、修道院には徐々に静けさが戻って行った。
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「その御髪はどうなされたので?」
応接室に入ってきたリーンハルト殿下は、長い銀糸の髪をばっさりと切り落していた。
「──ああ。変か? ちょっと色々あってな。不可抗力だ」
問われた殿下は短く刈り込んだ銀髪を雑に掻き上げた。
「何故だか分からないが、今まで切ってはいけないと思っていたんだが──。なんで早くこうしなかったんだろうな。めちゃくちゃ楽だ。」
今までだったら絶対にしなかった、年相応の青年のような口調でリーンハルトは言った。
ゲームの呪縛から解き放たれた、これが本来の彼なのだろう。
前の ' 私 ' が恋した王子は、もういない。
でも、そんなのお互い様だ。わたしだってもう私ではない。
「……お似合いですよ」
微笑むと、顕わになった耳の先がほのかに染まった。
「──ところで、倒れたと聞いたが、大事ないか」
「ええ、神のお導きのままに」
「……倒れるまで不眠不休で祈りを捧げるようにとなど、神も導いてはいないと思うが」
殿下に咎めるように言われ、わたしは首を竦めた。
「先日来た時にも言ったではないか。あまり、張り切りすぎるなと。……お前は昔からそうだ。夢中になると周りが見えなくなって」
髪型が変わっても殿下はまた苦虫を嚙みつぶしながら、ぶつくさと文句を言っている。
──なんで今まで気づかなかったんだろう。
悪役令嬢を見張りに来ていたわけじゃない。
度々の訪問も。厳しい言葉も。バラの石鹸も。甘いショコラも。
殿下はいつだってわたしを案じていたのに。
「……技師の男が、村を出たようだな」
わたしはハッとした。形のいい耳の先を眺めながらぼんやりしていたようだ。
「えっ? ああ、そうなんです。井戸の評判が広まって、技術指導を求められることが増えたって」
世界の圧力から解放されて、彼は世捨て人をやめ新しい道を探し始めた。
「お前も、修道院を出たがっていたと。……共に行くつもりだったのか?」
「ええ? まさか。ただ、奇跡を起こせなくなったので、肩身が狭くて……。何かお作りになりたいのでしたら、アンヌに言えば彼と連絡は取れますよ」
この男はどこまで耳が早いのか。神殺しの身で修道院に居座るのが心苦しすぎて暇を申し出たのだが、全力で引き止められてしまったのだ。
「……なら、良い」
殿下が溜息を吐いた。
「本当はまだ言うべき時期ではないのだが……漸く、グラナート伯の尻尾が掴めそうだ」
' GRANATO ' 。その名にわたしは顔をこわばらせた。
その名が ' REMOVER' を示すことを、殿下は知らない。彼らがわたしの追放以外の何に関わっていたかは分からないが、殿下はただの事件としてグラナート伯を追っていたらしい。
システムの加護が切れたのなら、彼らの悪運も時期に尽きるだろう。
「学園時代の冤罪も晴れるだろう。そうすれば、お前を公爵家に戻してやれる。──エル。ここは安全だ。もう少し辛抱していて欲しい」
応接室のテーブル越しに手を取られ、胸の奥がぎゅっと熱くなった。
──でも、今のわたしは、あなたの好きなものを知っている。
あなたの悩みを知っている。
あなたのひねくれた選択肢もわかっている。
だってみんな、みんな仕様書に書いてあったから。
──神の力を使えば、わたしは愛しい人を手に入れることもできる。
でも、それはしたくない、とわたしのなかの高潔な魂が言うから、わたしは言葉が見つからなくて
、微笑むことしかできなかった。
殿下はまた苦虫を噛み潰して、それでも手を離さなかった。
わたしはまたきっと、新しいものを作るだろう。
うろ覚えのラノベ知識で、仲間たちと大騒ぎして、回り道したり、無駄にしたりしながら。
失敗して、失敗して、失敗して。
奇跡を手放さなければよかったって、たまに後悔したりもして。
それでもまた、トライ&エラーを繰り返す。
「──なんだ、前世と同じじゃない」
窓の陰からそっと、去って行く王家の馬車を見送りながら、わたしは初恋に別れを告げて、
新しい世界の誕生を祝った。
Hello, New World!_
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最後までお付き合いいただきありがとうございました!
もし気に入っていただけたら、別視点の物語もありますので、覗いていって頂ければ嬉しいです。




