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「2進数? 昔のプログラムはそうだったって聞いたことがあるが」
職人ではあるがプログラマではない拓人には、2進数の不気味さはピンとこなかったようだ。
「このナチュラルボーンスマホ世代が! ガワを剥いたら今でもそうなんだよ!」
わたしは狭い工房をウロウロと歩き回りながら吠えた。
「ここは ' ウサギの穴の中 ' ?目が覚めたら金髪縦ロールで、乙女ゲームみたいだとは言ったよ?! だけど、まさかほんとにそうなんて!」
しばらく、じっと考え込んでいた拓人が、やっと口を開いた。
「ゲームだかなんだか知らないが、俺たちは今も息をしていて、切れば血が出る。酵母だって腐る。……前の世界はそうじゃなかったって、どうして言えるんだ」
「やめて!!」
もしも現実が電気信号に過ぎなかったとしたら、夢の世界と現実世界の違いは、どうやったら分かるのか? ──そんなの、わたしが知りたい。
へなへなと床にへたり込んだわたしの横に、拓人もどかりと座り込んだ。
「だが、分かったことがあるな。俺の事件がなぜ起こったのか」
「……うん。追い出されたんだ。コンピューターウィルスみたいに」
拓人の工房の不審火。物理法則を無視した全焼事故。拓人に関する記憶を ' 消去 ' された隣人たち。
チートを起こそうとした拓人が、このシステムを動かす誰かには邪魔だった。だからバグを ' 掃除 ' した。王都の外に。
「……わたし、聖女やるよ。祈りの情報を集めれば、何が世界の地雷なのかが掴めるかもしれない」
「ああ。……頼む」
控えめに工房の扉が叩かれた。心配したアンヌが迎えに来たようだ。わたしはスカートの埃を払って立ち上がる。
「何かわかったら、また連絡する」
「ああ。抜け道を一緒に考えよう」
差し出された硬い手を、わたしはしっかり握った。
プレイヤーに動かされるキャラクターにも、
駆逐されるバグにもなりたくない。
だから、わたしたちは知らなきゃいけない。
──この地雷原みたいな世界を、わたしたちが、生きるために。
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それからわたしは一心不乱に ' 祈りの言葉 ' を研究した。
シスターたちは2進数なんて知らない。ただ神に感謝し、祈りの言葉を丸ごと覚えこむ。
それはそうだ。般若心経を改変しようとする人がいないのと同じだ。
でも、わたしは違う。これが命令文なら、共通点があるはずだ。
「まず、最後の ' 11111111 ' 。これはすべての祈りに共通するから、終端を示すデリミタと考えていいわね。実行ボタン、ってとこか」
そして、8文字ずつに区切られた2進数。これは、UTF-8……ビットのかたまりでひとつの文字を示すエンコードだ。
「最初の文字は……' あ ' ね。クソだわ。このコマンド、日本語で書かれてる」
底辺プログラマがすべての組み合わせを記憶しているわけがない。
でも、たまたま分かるものがあったのだ。
` 輝きの祈り` の先頭3バイトは、' 11100011 10000001 10000010 `。ひらがなの ' あ ' だ。教科書の最初に書いてあった ' Hello, World ' みたいな文字だから、これだけは覚えている。
続く行のビット列も最初のひとつなぎが同じ。つまり、平仮名だけで書かれた7文字のコマンドだということが推測できる。
つまり、できるだけ沢山の祈りを集め、比較して差分を除外し、共通項を見つけ出せれば。
たった50音の秘宝。
それだけ見つけ出せば、わたしは祈りをデコードできる。
途方もない作業だが、プログラマという生き物は、元よりトライ&エラーと一蓮托生なのだ。
「──いっちょ、底辺プログラマのど根性、見せてやろうじゃないの」




