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【1話:5人の少女と1つの影】

【1話:5人の少女と1つの影】


 まだ何も背負っていない彼は、【記憶の管理人】と呼ばれる少女が担当している本棚を眺めていた。


「ねえ。その……本当に、本の中に入るの?」


 少女の言葉に、彼は小さく頷いた。

 視線の動き、体温の上昇、呼吸の仕方に合わぬ目線。

 5人の中で最も優秀で、最も優秀ではない矛盾を抱える長い髪の少女は、

 能力故に彼の頷きの意味を理解してしまう。

 ああ。彼はきっと、心の底からこの本に何かを求めているのだ、と。


「やめるべきです。今やる意味がありません」


 そう言ったのは、【秩序の管理人】と呼ばれる眼鏡をかけた少女であった。

 普段は本ばかり読んでいる眼鏡娘なのだが、今回は話が違うらしい。

 難しそうな顔で口元に手をやり、彼を引き留めようと言葉を考えている。しかし理屈っぽい彼女にしては珍しく、引き留めるための言葉を思いつかないらしい。


 いや、逆にそれが自然なのか。

 彼女の理屈はいつだって優しく……そして、いつだって合理的だ。

 合理的だからこそ。

 彼が「やりたい」と口にした言葉への、強い否定の言葉を持ち合わせていなかった。


「ですが、やりたいというのであれば……私たちには、見守ることしかできません」

「……あなたは、すぐにそうやって甘やかす。支えるばかりが正しわけではない筈ですが」

「でも……そういうものでしょう?」


 【修復の管理人】と呼ばれる最も豊満な少女が同意して、そんな彼女を【維持の管理人】と呼ばれる最も特徴のない少女が溜息を吐きながら否定する。

 もう、長い付き合いだ。

 お互いに言いたいことは、言葉にせずとも伝わってしまう。


「別にいいじゃん、帰ってきてくれるなら!」


 ため息ばかりはいて話が前に進まない少女たちに、【好奇心の管理人】と呼ばれる最も幼い少女は笑いながらそう言った。


「だってさ、もう外には物語が落ちてないじゃん」


 幼い少女の言葉に、髪の長い少女は少しだけ嫌な気持ちになった。

 違うのだ。

 彼が求めているのは、少女たちが「終わり」と呼んでいるものである。

 彼はきっと、本の中で死んでもいいと思っているに違いない。

 生き残れても、別に文句は言わないだろう。

 ただ、次の死に場所を探しに行く。

 彼はきっと、そういう男だ。


「……なら、こうしましょう」


 髪の長い少女は、折衝案だとばかりに指を立てながら彼に、向き合う。


「あなたは、一人では世界の中に入れない。そして、私たちはあなたを一人で世界の中に入れたくない。だから、私たちの加護を持っていってほしいの。それ以上は、もう何も言わないわ」


 また勝手なことを、と。

 少女たちの心が揃った。

 しかし意外にも、彼は髪の長い少女の言葉にすんなりと頷いた。


「なら、私があなたに【文字】をあげる。一人分しか渡せないから、丁度いいでしょ」


 その言葉と共に、少女の手から何かが伸びた。

 黒い筋のようなそれは、読みにくいが確かに文字であった。

 文字は彼に吸い込まれる。

 まるで、収まりの良い位置に文字を書き込んだような自然さで。


「これでよし。生きて戻ってよね」


 少女の言葉に頷くと、彼は本の中に消えてしまう。

 待ちに待った人間をあっさり手放してしまったことに、眼鏡の少女は溜息を吐く。


「良かったんですか、今ので。あなたをリーダーだと認めた覚えはありませんが」

「分かっちゃうんだから、仕方ないでしょ」

「……あなたにそれを言われると、ちょっと弱いわね」


 豊満な少女も眼鏡の少女と一緒に不満そうにしていたが、髪の長い少女の言葉で文句を引っ込めた。

 どうやら何だかんだと言いながら、少女たちには能力と人格への信頼とでもいうべきものはあるらしい。


「あなたのことです。解決方法は持っているのでしょう。早く教えてあげてください」

「そうだよ、勿体ぶらなくて良いじゃん」

「ごめんごめん。これ、私たちが見ていれば解決すると思ったのよ」


 口を尖らせる少女と、呆れている少女に、髪の長い少女は笑いながら言葉を返した。

 彼女が開いたその本は、先ほど彼が入っていった一冊の世界である。


「――あった。ほら、この名前」


 少女の白い指は、物語の中で動く一つの名前を素早く見つけて指差していた。



 ~~~~~


 かつて、それはそれは偉大な王がいた。

 王は舞踏会でなく戦場で踊り、金銀財宝の代わりに命を奪った。


 王が振るった大剣は、王が戦場を駆ける度に血を吸った。

 一度として研がれる事のなかった大剣は、切れ味を落とす事はなかった。

 それどころか、王の豪腕に耐えるために作られた鈍らである鉄塊の切れ味は、

 名工が鍛え上げた刀剣すら凌ぐようになっている。


 勝利を重ねるたびに、鋭さを増す王者の剣。

 腕を振るう度に死を重ねる王。

 その姿に味方は頼もしき戦神を、敵は暴れ狂う狂戦士を幻視した。


 王の強さを味方ですら恐れを抱き始めた頃、

 王は智と謀を備えた将軍の罠にかかり窮地に落ちる。

 利き腕を斬られて愛剣を取り落としたが、

 それでも王は満身創痍になりながら味方を守り抜いたそうだ。


 ~~~~~


「……それでも、戦いは終わっていない、と。何というか、逆に凄いわね、この人たち。なんでこっちに来ないのか分からないわ」

「そこを掘り下げても仕方ないでしょ。そうじゃなくてほら、これ。あの人が戦場に居るみたい」


 開かれた本は、まるで物語が生きているように文字が綴られていく。

 いや、正しくは無いだろう。

 実際に、この文字は生きているのだ。

 止まった文字は死んだ文字で、死んだ文字の空白を埋めるように別の文字が白紙を埋める。

 しかし本の空白を埋めきった文字は、外に出ることなく消えていく。

 まるで、本の方が文字を忘れてしまうように


「うまく立ち回ってるみたいですね」

「これなら生き残れるかも」

「かもでは困ります。生き残ってもらわないと」

「帰ってきてもらう、も付け加えて欲しいわ」


 久しぶりに同じ場所に集まった5人は、固唾をのんで物語の行方を見守る。

 そこだ、とか。

 違う、だとか。

 そんな事を言いながら、少女たちは物語を読んでいく。


「今の場所……」


 眼鏡の少女は、少しだけ文章を整えた。

 大枠には、何の変更もない。

 事実である。


 ただ――そう。

 ほんの少しだけ、一つの名前が書かれていた一団が、少しだけ脱出位置に近くなったよう見えるように、文章を整えただけだ。


「良いんですか、今の」

「……文章を整えることはあるので」


 それで、何かが変わったのだろうか。

 それはきっと……書き換えたものにも、書き換えられたものにも分からない。

 ほんの少しだけ運命が変わったように感じながら、少女たちは彼の動向を見守った。



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