コムギ、魔導師ルーナに誘われる コムギ視点
「お久しぶりですニャ」
こんなところでルーナと出遭うなんて、予想よりちょっと早かったニャ。いつ接触してくるかと思っていたけど、宿屋のルルの反応ですぐに理解出来たニャ。
やっぱり猫の村を利用して監視していたんだニャと。
トージが主人になってからも何かしらで関わってくると思っていたけど、ずっと私を見ていたなんて、つくづく面倒な人だニャ。
「ええ。コムギも元気そうで何よりだわ」
「いつからニャ?」
「フフッ、いきなり訊くのね。久しぶりでもあるし、わたくしのお家で話しましょ。ここだとムギヤマさんが気になるだろうし」
「……分かったニャ」
コムギの同意を得たルーナは指を軽く鳴らす。すると、一瞬にして自分の家に飛んでみせた。
「ニャニャニャ!? ルーナは魔導装置がなくても飛べるのニャ?」
あっ、しまったニャ。魔導装置は秘密だったニャ……。でも私を見ているならとっくに知っていてもおかしくはないけどニャ。
「魔導装置? いいえ。正確には、ミネット村にいたわたくしは本物のわたくしではないの。コムギも知ってのとおり、使い魔はわたくしの影そのもの。あまりやる機会はないけれど、影と自分自身を交換してその場に行くことが可能なの」
あぁ、そうだったニャ。思い出したくもないけど思い出してしまったニャ。猫使いの荒い魔導師だったニャ。
「どう? 懐かしいでしょう? かつてはここがあなたの帰るお家だったのよ?」
「今は違うニャ」
「確かにね。コムギ、何を飲む? 利子なんてつけないから、好きなのを言って。何なら、人の姿に変わることを許すわ」
――ルーナとの主従関係は、トージを主人に認めた時から解消された。けれど、私が人の姿に変わることを許されるのはルーナの前でだけ。
……使い魔として刻まれた契約そのものだから仕方がない。
人の姿に変わるのに特別な力は必要としなく、ルーナの許しが出た時点で変わる。
「その姿を見るのは、あなたを使い魔として認めた時以来かしら?」
「……はい」
これまでトージと一緒にいる時、何度か人の姿になる機会があった。それこそ別にルーナの許可がなくても仮の姿でなるという条件でなら。
だけどそれは、あくまで仮の姿でしかなかった。もし仮に、トージが強く望んだら変わってもいいとさえ思っていたけど、それでもそれは仮の姿にしかならない。
そういう意味で考えれば、今の姿は私の真の姿と言える。
「フフッ、異世界――日本に長くいたからでしょうけれど、和服が似合いそうな黒髪ね。ムギヤマさんが好きそうな長い髪に、佇まいだけで判断すれば清楚美人とでも言うのかしら? とはいえ、おじさんであるムギヤマさんと釣り合うにはまだまだ小娘といったところだけれど」
……そう、トージの好みがそうなのかなと思っていた辺りから、私の外見は向こうの世界の女性に近くなった。
だからといって、トージの前で変わることはないけど。
「あっっつつつ……あ、熱すぎです!!」
「猫舌は変わらないのね。仕方ないわね、ほらっ――」
ルーナは魔導師でありながら、魔法の力も使える。これが他の魔導師と違うところだ。
そんなルーナの力で、熱すぎたお茶は一瞬にしてぬるま湯へと変わった。
「魔導装置と言っていたけれど、それは遺跡の魔導師が見つけたものかしら?」
「……何もかもお見通しなんですね。そうです」
「魔導装置を設置する旅へ出かけるけれど、そのことでムギヤマさんは悩んでいるのね?」
「トージは販売スキルが使えなくなってずっと悩んでいます。直すスキルを覚えたけど、上手く使いこなせてません。でも、私から言えることは何も……」
ルーナの前で落ち込む姿や弱気な態度は見せたくないのに、何だか凄く悲しくなった。
「……ムギヤマさんを想うコムギの気持ちは伝わってきたわ。その気持ちを確かめたうえで言うわ。コムギ。わたくしの元に戻ってきてくださらないかしら? 戻ってもムギヤマさんの主人を続けられるし、わたくしの力の一部を使えるようになるわ。どうかしら?」
何となくそんな予感はした。だけど、まさか猫遣いの荒いルーナがそんなことをお願いしてくるなんて。
「頭を下げないでほしいです。ルーナの気持ちは分かります。でも私はトージの猫として生きていくと決めたんです。だからごめんなさい」
「そうね、そうよね」
これだけは何を言われても変えたくない。
「分かってはいたけれど、そこまでの気持ちなら引くしかないわね。コムギとこうして話が出来ただけでも良しとするしかないのね」
「……ごめんなさい」
「いいのよ。コムギの決意が固いのを確かめられたし、わたくしとして出来ることは褒美をあげることくらいかしら。役に立ちそうなものを与えてあげるけれど、それでいいかしら?」
ルーナの褒美にいい予感はしないけど。
「これは?」
ルーナが見せてきたものは小さな鈴付きの首輪だった。
「本当に困った時、それをムギヤマさんに着けてもらいなさい。そうすれば一度だけ、わたくしの力を貸してあげるわ。コムギ自身が着けたら助けないから、そこは理解してちょうだいね」
ルーナも素直じゃない人だなぁ。私以上にトージを助けてあげたいって気持ちが見え見えなのに。
「はい」
「いいわ。それじゃあ……またね、コムギ」
「はい、また」
ルーナが手を二回叩いた時点で私は猛烈な眠気に襲われた。
――しばらくして。
「コムギさんっ!! コムギさん! こ、困ったな……全然目を覚まさない」
誰かが私を必死になって起こそうとしてる。ううん、この声はいつも聞いている私の大好きな人の声だ。
ルーナと会って話をしたのは良かったけど、必ず眠らされるのが難点なんだよね。
「ウ、ウニャ……フニャァァァ~よく寝たニャ。ニャ? ど、どうしたのニャ、トージ」
「ああぁっ!! よ、良かった……コムギさんがいきなり倒れてそのまま目を覚まさなかったものだから、気が気じゃなくて。でも、良かったよ本当に」
私の真の姿をトージに見せることは叶わないけど、これからもトージを支えつつ、支えられて生きていこう。
私が主人と決めた人なのだから。




