36話 電撃訪問
皇帝が豪邸に来た。
理由は簡単だ。
皇帝が空を走る光に挨拶がしたいと言ったからだ。
リリは決意した。
最初に挨拶したら後は黙って成り行きを見守ろう。
そうすれば、マナーで悩むこともないし、お互いに不敬罪になることもないはずだ。
家に引きこもっていても皇帝がきてしまうというなら、もうそれしか道はない。
リリは家に入られると何かを見られてしまうかもしれないという消極的な理由で、庭に野点傘を立て歓迎用のテーブルセットをいくつか用意した。
皇帝だから臣下をぞろぞろと引き連れてやって来るかもしれない、と予想したリリは一応多めにテーブルを用意していた。
だが、そんな予想は見事に裏切られることとなる。
皇帝は自らと同じようにドラゴンの羽と尻尾を持つ女の子を1人連れてきただけのようだった。
ただ、リリは実際に皇帝を見て臣下がいないことに少し納得もしていた。
皇帝は護衛がいないというよりは、護衛がいらないという風貌をしていたのだ。
そんな皇帝に空を走る光が近づいていったので、リリもファーストと共に少し離れて後を追いかける。
ウィルは臆面もなく皇帝に声をかけた。
「お久しぶりです」
皇帝は見た目に合った重厚感のある声で言う。
「久しいな、空を走る光。聞いたぞ、今度はグルークの町で事件を解決したそうだな」
「あれは僕たちだけの手柄では……」
空を走る光と皇帝が話し始めたところに、リリも到着する。
正面を見ると、女の子と丁度目が合った。
女の子はリリを見て驚いたような顔をした。
リリが何か驚くようなことがあっただろうかと首を捻っていると、皇帝から声をかけられる。
「はじめまして、あなたが伝説級の武器の使い手かな」
リリは明らかに話し方のトーンが変わったのを感じた。
皇帝の顔を見ると優し気な笑みを浮かべていた。
リリは、はじめまして、と挨拶を返してから言う。
「そうです。私はリリといいます。よろしくお願いします」
皇帝は会釈したリリを見てにこやかな表情のまま言う。
「自己紹介ありがとう、リリさん。私はセルテガス、この子は私の娘のベシチアだ」
皇帝セルテガスはベシチアに視線を向ける。
「私は娘に、世界中のいろんな人と仲良くなって欲しいと思っているんだ。だから、今日はリリさんに紹介しようと思って連れてきたんだよ。リリさんがこの子と仲良くしてくれると嬉しい」
皇帝セルテガスは挨拶してというように軽くベシチアの背中を押す。
ベシチアは一歩前に出ると、リリを見て、少し感動したような顔をして話し出す。
「初めまして、精霊様。精霊様と直接会ってお話しできるなんて嬉しいです」
リリ以外の全員が内心で思うことがあったが誰も表情には出さなかった。
リリはよく分からないという顔をした。
「うん? えーと、精霊様って今初めて呼ばれたけど、どうしてそう思ったの?」
ベシチアはハッとした様子の後リリをうかがうように見る。
「……言ってよろしいのですか? 」
「え、何か人前で言っちゃいけないような理由なの?」
リリはここに来る前に空を走る光に持ち物もチェックしてもらってから来ているので、今この現場を見て何か人前で言えないことがあるとは思えなかった。
ベシチアはリリに近づいて、内緒のお話でしたら困るので来ていただけますかと言った。
リリはベシチアについて行って、皇帝や空を走る光、ファーストと距離をとる。
ベシチアは小声で言う。
「私、ホーリードラゴンになれるのです。ですから、キャラリックメルから来てくださった皆様、それに空を走る光の皆様にも祝福がかかっているのが一目見て分かりました」
リリは祝福自体は見られても大丈夫と聞いていたので、誰かに聞かれても問題なしと判断した。
同時にホーリードラゴンにそんな特殊能力があるとは知らなかったので、家に帰ったらうちのホーリードラゴンもできるのか調べようとも思った。
ただ、精霊様という自分とは全く関係がない存在に見られた理由は分からなかったので、小声で続きを促す。
「それで?」
「精霊様だけ、祝福がかかっていないのです。それで私気がつきました。他の皆様に祝福をかけたのはあなた様だってことに」
「うーん、話が飛躍しすぎじゃない? 祝福が私にかかっていないことと、私がかけたことは別に繋がらないよね?」
「祝福をご自分にかけることができなかったのではないのですか?」
リリは驚いて普通に聞く。
「え、祝福って自分にかけられないの?」
「え、かけられるのですか?」
ベシチアも驚いた様子だ。
リリはこの世界の話は知らないので言う。
「私は知らないけど、どっちなのかあなたも知らないの?」
「考えたことがありませんでした。でも精霊様ならできないことはないでしょうから、自分に祝福をかけるくらいきっとできます」
なるほど、リリはそう頷くと笑顔で言う。
「じゃあやっぱり私は精霊様じゃないよ」
「どうしてですか?」
「できないことが沢山あるからね」
堂々とダメなことを言うリリに、ベシチアは少し悩むような顔をした。
「そうなのですね。えーと、リリさんでよろしいのでしょうか? その、キャラリックメルのマナーは私よく知らなくて」
「大丈夫だよ。私の方も全く知らないから、教えてくれると助かるよ。それでなんて呼べばいいかな?」
「私のことはベシチアとお呼びください」
「ベシチアさんだね」
「ベシチア……さん……!」
ベシチアはそう呼ばれたことがないのか目を見開いて驚いた様子だ。
リリはそういえば皇族だったと気づいてちょっと焦る。
「様呼びにして、話し方もちゃんとした方が良かったりするのかな?」
「いえ! お互いさんづけにしましょう! あ、いえ、ごほん、呼びかたについては強いほうの考えを尊重するように習いました」
「え、実力で決まるの??」
「ザーツマールではそうです。皇族も貴族も実力が低ければ公式の場で呼び捨てにされます」
(マナーとは???)
リリには分からない世界だった。
「そうでした! どこの国に行ってもまずはお互いの実力を確かめてからの方が上手くいくそうです」
ベシチアはリリの返事を待たずに離れて言う。
「ということで、手合わせをお願いします」
ベシチアは小さなドラゴンになって一礼した。
「まだやるって言ってないよ!?」
「……やってくださらないのですか? 手合わせを申し込まれたら、王族の方は断らないと聞いていたのですが……?」
自分は王族じゃない、そもそも王族同士で手合わせするのが普通の世界って何? など色々よぎったが、リリは一呼吸おいて落ち着いて言う。
「あのさ、攻撃されたりすると怖いからあんまり人と戦いたくないんだよね。だからさ、実力が分かればいいっていうなら、違う方法じゃダメかな?」
「違う方法ですか?」
「例えばだけど、ここに手を合わせてくれる?」
リリはハイタッチする時のように手を上げた。
ベシチアは不思議そうにしながら、手を合わせた。
「これで思いっきり押してみるっていうのはどうだろう」
「力くらべということですか? リリさんを吹っ飛ばしちゃいそうですが、大丈夫ですか?」
「まあ、気になるならちょっとずつ力を入れていけば大丈夫だよ」
なるほど、と納得した様子でベシチアは頷く。
「ではいきますよ」
「うん」
ベシチアが少し力を込め始めた。
リリはちょっとだけ押されているような気がする。
「え?」
ベシチアが不思議そうな声を上げる。
自分と同年代のように見えるリリの手が動かないことが不思議なようだ。
ベシチアは力が足りないと思ったのか、さらに力を込め始めた。
リリはほんの少しだけ押されているような気がする。
「あれ?」
ベシチアはますますよく分からないという雰囲気だ。
リリの手が全く動いていないのを見て、今度は思いっきり力を込め始めた。
リリはわずかに押されているような気がする。
「うむむむむ」
ベシチアはリリから手を離して、リリの手の周りの空間を探り始めた。
「何してるの?」
「実は幻で、壁に向かってやっていたのではないかと思ったのですけれど……」
「ああ、壁を探してたんだね……」
リリは幻術が普通に使われてるんだなーと遠い目をした。
ベシチアはリリをうかがうように見る。
「あの、もう一度やっていただけますか?」
「いいよ」
手を合わせるとベシチアは、思いっきり踏ん張れるように体勢を低くした。
「いきます。ふんぬぬぬぬ」
ベシチアは地面に足跡がくっきり残るほど踏み込み、翼を思いっきり羽ばたかせてあらん限りの力を振り絞って押している様子だ。
リリは先ほどよりもちょっとだけ強く押されてるような気がした。同時にちょっと困る。
(この方法だと怖くはないけど、勝敗がつかない気もするね)
リリは吹き飛ばしそうな予感もあったので、逆に押し返すことができなかった。
しばらく経つとベシチアは疲れた様子で、人型に戻る。
リリは力比べとしては勝敗がついていないと思い、近づいて聞く。
「えーと、どうしようか?」
「参りました。私の負けです」
「いや、勝ち負けはつけなくていいんじゃない? 私も押し出してないし」
「いえ、私はリリさんが何をしたのか全く分からなかったんです。魔法だとしても、こんなに長い時間使い続けられるなら、実力はリリさんの方が上だと思います」
ベシチアは悔しそうに言う。
「それに、目の前で見たのに見破れないなんて勝ったと言えません。いろんなことを学んでいつか何をされたのか分かるようになってみせます。もちろん、実力をつけて勝てるくらいに成長もしますよ! そうじゃないと立派な皇族にはなれませんから」
リリは成長しようという意気込みに水を差すわけにはいかないと思った。
「ははは……、まあ、私も成長する予定だけどよろしくね」
「あっ、そうでした。いえ、リリさんより速く伸びればいいんですよね」
低くて優しげな声が聞こえる。
「ベシチア、そろそろ帰るよ」
「はい! 分かりました、お父様」
ベシチアは皇帝に元気よく応えると、リリの方に向き直る。
「リリさん、また機会がありましたら力比べやっていただけますか?」
「今のでいいなら喜んで付き合うよ。あ、でも、人が沢山いるところでは会えないかも」
リリは貴族とかがたくさんいるようなパーティや式典とかには呼ばれたくないなー、という気持ちをオブラートに包んで言った。
ベシチアは考えるようにファーストと空を走る光を見てから言う。
「なるほど、立派な皇族になるためにはそういう所にまで、気を使わないといけないのですね」
(何の話?)
リリが口を開くより先に、ベシチアが話し出す。
「リリさん、何か好きな食べ物はありますか?」
リリは、好きな食べ物と言われると色々あって選べなかったので今食べたいものにする。
「うーん、今だったらシフォンケーキかな」
「シフォンケーキ、ですか……?」
リリは先ほど用意したテーブルの方を指さす。
「あそこのテーブルの上に置いてある、箱に入ってるんだけど」
リリが動く前にファーストが、箱を持ってくる。
「こちらになります」
「ありがとう、ファースト」
リリは箱を開けてベシチアに見せる。
「なるほど、これがシフォンケーキというのですね」
「今回はバナナシフォンケーキなんだけど、お好みでこのチョコレートをかけたり、こっちの粉砂糖をかけたりしても甘くて美味しいよ」
ベシチアは甘い香りが感じられたのか、口を開けたまま目を輝かせている。
リリは笑って言う。
「せっかくだし、これあげるから帰ったら食べてみてよ」
「よろしいのですか?」
「来るって聞いて用意したやつだからね」
ベシチアは、はしゃいだような顔を見せて、箱を受け取った。
「ありがとうございます。大切にいただきますね」
皇帝と空を走る光がリリ達のもとに近づいてくる。
ベシチアは目を輝かせたまま皇帝を見た。
リリには一瞬皇帝の周りに、アルバートとサラがよくまとっているキラキラが舞ったのが見えた気がした。
「お父様! こちらのシフォンケーキという食べ物をいただきました。よろしければご一緒にいかがですか」
皇帝はベシチアを見て笑顔のまま頷く。
「もちろんいただこう。昼食まで、ベシチアが持っていてくれ」
ベシチアは、はい! と元気よく返事をすると、シフォンケーキの入った箱を前に押し出すように動かす。
押し出された箱は、空中に溶けるように消えていった。
(ウィルが言ってた空間収納ってもしかしてこれかな)
リリがベシチアを見ていると頭上から声がかかる。
「リリさん、娘に素敵な贈り物をありがとう。何かお礼がしたいのだが、欲しい物はあるかな?」
リリは急に聞かれると1つしか思いつかなかった。
(異世界についての情報とか? うーん、でももう少しこの世界を見てみたい気持ちもあるし、それにファーストも慎重に聞く相手を考えたほうがいいって言ってたんだよね)
リリが悩んでいるのをどう受け取ったのか皇帝は言う。
「リリさん、遠慮はしないでほしい。私は、リリさんが勇気を出してビルデンテまで来てくれたことにも、ありがとうを言いたいんだ。キャラリックメルの人たちがたくさん来てくれたのは、きっとリリさんがいるからだろう?」
リリは視線をさまよわせる。
自分が来ても来なくても、きっと同じだけ人は送っていそうな気がした。
皇帝は安心させるように笑うと言う。
「ああ、答えなくていい。ただ、私はそう思っているから、遠慮はしないでほしいということを言いたかったんだ」
「えーと、1つ聞いてもいいですか?」
「どうぞ」
「キャラリックメルの人を大勢連れてきたことにお礼をするなら、私ではなくて働きかけた空を走る光にした方がいいのではないですか」
リリが巻き込む気満々で言った言葉に、空を走る光は表面上は微笑ましいものを見るように笑った。
ウィルが言う。
「リリさん、僕たちはさっき聞かれたから気にしないでいいんだよ」
皇帝セルテガスも微笑ましいものを見たように笑っている。
「そういうことだ。さあ、遠慮せずに言ってほしい」
リリは言わないといけなさそうだと頷く。
「そこまで言うなら、分かりました」
リリは意を決して言う。
「ビルデンテで一番美味しいお店を教えてください」
皇帝は予想外過ぎたのか固まった。
空を走る光からこらえきれなかった笑い声が聞こえる
「ちょっと待ってほしい、本当にそんなことでいいのか?」
「世界一ビルデンテに詳しい人に、ビルデンテで一番美味しいお店を聞くチャンスなんて他にないと思います。だからまた食べたいと思えるような、ビルデンテで一番おいしいと思うオススメのお店を教えてください」
リリは世界一ビルデンテに詳しい人という所を強調して言った。
皇帝は困ったように笑って、それは期待に応えねばな……と少し考えているようだ。
「……分かった。ただ、今考えただけで何個か候補があるので、がっつり食べたいときはこれ、辛い物はこれというように分けて紹介させてもらってもいいだろうか」
リリはその時の気分で1番が変わるのはよくあると思い、笑顔で言う。
「もちろんいいですよ」
「では、ビルデンテの店のリストは空を走る光への礼と共に送らせてもらうので、少し待っていてほしい」
リリが頷くのを見て、皇帝セルテガスとベシチアはリリ達と距離を取る。
そして皇帝は大きな赤いドラゴンに、ベシチアは小さくて白いドラゴンになった。
大きなドラゴンは空を走る光とリリを見て言う。
「我が国への滞在中は困ったことがあれば何でも言ってほしい。必ず力になろう。ではな」
ドラゴン達は飛び立って、城の方へと向かって行った。
「行ったかな?」
「そろそろ城に着くようです」
ファーストの言葉にリリは頷く。
そして、リリは空を走る光に笑顔で聞いた。
「それでみんなは何頼んだの?」
空を走る光はリリに聞かれて少し気恥ずかしそうに笑った。
ウィルが言う。
「僕たちは空間拡張つきの馬車を作ってもらうことにしたよ」
リリはふふっと笑って聞く。
「そんなに気に入ったの?」
ウィルとルティナが答える。
「気に入ったのはもちろんだけど、まさかそのまま通るとは思わなかったんだよ」
「私たちは最初何が欲しいと言われても思いつかなかったんです。ですが、いろいろ考えていたらつい馬車と言ってしまって」
リリは皇帝が遠慮するなと言っていそうだと思った。
「それでそのまま作ってもらうことになったんだね。馬車ってどれくらいで届くの?」
グロー、ダグ、ナリダが答える。
「3日後くらいじゃないか」
「材料と作れる人さえそろってれば、すぐできるだろうしな」
「氾濫が終わったら真っ先に手配してくれるそうよ」
リリはやっぱり魔法があるとすごい速さでできるんだと思った。
「すぐに届くなら、店のリストもすぐに届くってことだよね。色々回る時間が取れそうで良かったよ」
空を走る光も店のリストを想像して笑っている。
「皇帝がお勧めする店って聞くとちょっと気になるよな」
「舌は肥えてそうだから絶対うまいとは思う」
「でも外食するイメージはないわよね」
リリは宮廷料理人にいつも作らせていそうだと思った。
「確かに外食するイメージじゃなかったね。まあでも、美味しいものは紹介してくれると信じておこう。ということで、今からお昼ご飯の準備しようか」
「リリさん? さっきまでずっと食べてましたが入るんですか?」
ルティナに言われて、リリはそういえばそうだったと思いだした。
「皇帝がきて、今まで何してたか完全に忘れてたよ。でも、これから来る人たちはお昼食べるだろうし、準備はしないと」
「そういえば100人くるんだったね」
リリはウィルを見て笑って言う。
「ウィルが会議に出てる様子を上映する準備もしないといけないし」
「リリ様、セッティングための専用のチームの準備はできております。お任せください」
ファーストは機材の運び込みの連絡をし始めた。
「本当にやるつもりなのね……」
「ははは……、見られてるって意識しないように気をつけるよ」
鐘が4回鳴るのが聞こえる。
リリは家に向かって歩き出しながら言う。
「ほら、お昼の時間だよ。急いで準備しよう」




