12話 人の領土
御者と手綱を配置し終えて、全員が戻ってくる。
リリは今度こそと思って言う。
「じゃあみんな、これから飛ぶけどもう大丈夫だよね」
空を走る光は飛ぶと聞いて、初心を思い出したようだ。
大丈夫だと、少し弾んだ声で返事をしている。
リリもつられるように楽しそうに言った。
「今度こそ出発だよ」
馬車が浮き上がる。
地面を離れて、木を越えて、下に森が広がり、遠くにグルークの町が見えるようになった。
「おお、町も見えるのか」
「上から見るとこうなってたんだね」
「大きいですね」
空を走る光が感動したように話している声を背景に、リリも町を何があったかなと見てみる。
城壁の上にいる衛兵がこちらを指さしている光景が目に入った。
この距離で見えるのはおかしくない? とリリが相手にも自分にも思っていると、グルークの町が遠ざかっていった。
どこまでも続いているような森が、凄い勢いで流れていく。
そんな景色に慣れてきた全員が、ソファーに座ってお茶を飲んでいた。
「馬車とは思えない快適さだな」
「もうこの椅子うちにも欲しいわ」
「ずっと座ってたいのは分かる」
「魔物の警戒をしないでいいからじゃないですか」
「襲われたって気づいたら、もう終わってるよね」
空を走る光はソファーに寄りかかりながら、今まさに襲い掛かってきた魔物が撃ち落とされている様子を眺めている。
同じ光景を見ながら、リリは隣に座っているファーストに言う。
「魔物多すぎない? 1時間で10回は襲われてるよ」
「そうですね。いつもは威圧で追い払っていましたから、あまり見ない光景かと」
「威圧ってそう考えると大事だね。いろいろ実験しないと」
(ゲームの時と違って、普通に使うと味方にも効果がありそうな気がするんだよね。効果範囲を自由に変えられるといいんだけど)
考え込んでいる様子のリリに、ファーストは遠慮がちな様子で声をかける。
「リリ様、実験する際は事前に知らせていただけますか?」
リリは外を見るのをやめて、ファーストの方を見て明るく言う。
「もちろんいいよ。むしろ出てるか分からないから確認を頼みたいんだけど」
ファーストも笑みを浮かべて言った。
「お任せください。エリア全域に退避を通達してから合流させていただきます」
「規模がおかしくない? 範囲とか調べたかったけど、逆に誰もいない作りかけのエリアでやった方が良さそうだね」
「であれば、もう何人か呼んではいかがですか? レベル差や距離による減衰も測定できるかと」
「そうしようかな」
リリは自分が言った言葉に反応してアルバートとサラがこちらを見つめ始めたことに気がついた。正面を向いて聞く。
「ふたりもやる?」
2人は是非と微笑んで言った後、サラがそういえばという調子で聞く。
「私達はあの場所を立ち入り禁止の場所だと考えていたのですが、入ってもよろしいのですね」
リリは一応注意しておこうと思って言う。
「1個は立ち入り禁止だよ。何もないからね。もう1個の方は雪が降り積もってるし、天候も吹雪だから大丈夫だと思うよ」
サラは姿勢を正して、宣誓するように言う。
「何もない方には、絶対に、近づかないようにいたします」
ファーストとアルバートも深く頷いた。
そんな話が聞こえていた空を走る光はソファーに沈み込みながら、ぼんやりとした様子で話している。
「逆じゃないのか?」
「食べ物も、住む所も何もないので、移動できなくなった時に危険というのはどうですか」
「寒さは魔法で対策できるしな」
「でもリリさんの所って魔物いないんだよね」
「雪で育てる野菜はあるって聞いたことがあるわ」
リリは、地面があって当然というような会話をしている空を走る光の方を見る。
(この世界って創世神話とかないのかな。……この流れで聞く気はないけど)
ファーストも空を走る光の様子を確認してから、リリに言う。
「リリ様、トレニアが報告に来る前に、空を走る光の皆さんに聞きたいことがあると言っていませんでしたか」
リリはそういえばと思い出した。真面目な話だったので真剣に聞く。
「ねえ、みんな。今のうちにこの間の話でよく分からなかったとこを、聞いておきたいんだけど」
空を走る光はこの間の話? と体を起こした。
リリは頷く。
「今回の氾濫では首都が落ちてもおかしくないって言ってたでしょ。でも、具体的にどうなったら首都が落ちたって話になるのか聞いてなかったと思って」
空を走る光は少し困ったような顔をした。
ウィルが言う。
「色々考え方はあるけど、僕たちは首都にある聖なる木を全部壊されたらだと思ってるよ」
リリは聖なる木が壊されると人が住めない環境になるという話は覚えていた。
「聖なる木がなくなったら、そこに住んでる人が生きていけないから全滅したのと同じような扱いになるってこと?」
空を走る光は悩むような表情でリリを見た。
「うーん、それもあるけどね」
「何か違うのよね」
「魔物に聖なる木を壊されるって聞くと、なんというか人が住んでる場所を魔物に奪われたような感じがするんだよな」
リリがよく分かっていないような顔をしたので、ウィルは少し考えた様子で聞く。
「氾濫で出てくる魔物が、なんで町とか村とか人が住んでるところを襲うと思う?」
「……ご飯を求めてとか?」
空を走る光はリリの言葉に、つい笑ってしまったという様子で笑った。
リリは笑いどころが分からなかったので、慌てて聞く。
「普通最初に思いつくのってこれじゃない?」
「きっとリリさんも僕の答えを聞いたら笑っちゃうんじゃないかな」
「え、そんなに変だった?」
ウィルは違うよというように首を振る。
「先に僕の答えを言うね。魔物が人の住んでいる所を襲うのは、魔物が人の敵だからだよ」
リリは混乱した様子だ。
(どこに笑いどころが……? 魔物が人の敵っていう考え方がこの世界の常識って話? いや、常識云々はファーストと話してただけだし。私のは森から動物が出てくる理由でよく聞くよねって思い出して言った奴だし)
ウィルはリリの様子を見て、説明を続ける。
「魔物は人の敵だから、人の安全を守ってくれる聖なる木を狙って町を襲ってくるんだ」
「それって実際に氾濫で魔物が聖なる木を狙って動いてるの?」
ナリダが答える。
「城壁の中に入りこまれたって記録は色々あるわ。でも、どの魔物も聖なる木に向かって真っ直ぐ進むように動いてたって氾濫を研究する教授が言ってたわよ」
リリはグレイトホーンが聖なる木に向かって殺到する様子を想像した。
「それだと、魔物が人が住めなくなるように町を襲ってきてるように見えるね」
ウィルは頷く。
「だからね。魔物に聖なる木を壊されると、人の領土が魔物の侵攻によって落とされたっていう気持ちになるんだよ」
「あー! なるほど、そう繋がるんだね!」
リリは分かってスッキリしたように笑ったあと、まだ1つ解決していない謎があることに気がつく。
「それで、結局魔物が人の町を襲う理由の笑うところが分からなかったんだけど、何がおかしかったの?」
リリの疑問に、空を走る光は目を合わせた。
ウィルが言う。
「実は聖なる木って食べると美味しいって話があるんだよ」
「え、食べられるの? というか既に誰か食べてるの??」
ウィルは頷く。
「グルークが聖なる木を見つけた話で書いてた内容なんだけどね。葉っぱを試しに食べてみたら美味しかったみたいだよ。今、真似する人はいないけどね」
(何してるのグルーク!! え、聖なる木ってなんかすごい拝まれてたよね? 食べていいの!? というか笑うポイントの話をしてたんだよね。私は確か食べ物を求めてみたいなことを言ったはずだから……)
リリは1つの結論に辿り着く。
「つまり、聖なる木が美味しいから、グレイトホーンが食べるために町を襲ってる?」
リリが真剣な様子で言ったので、空を走る光は笑った。
「リリさんがご飯を求めてって言った時に、もしかしてって思ったらさ」
「笑っちゃうわよね」
リリはすごいギャップがあって笑えるのかもしれないと思った。
「それはちょっと笑っちゃうね」




