13話 偵察の結果
リリがのんびりお茶と景色を楽しんでいると、ファーストに言われる。
「リリ様、トレニアがこちらに向かい始めたようです」
「すぐに来そうだね」
「もうそろそろ見えますよ」
リリはトレニアの速さを思い出して遠い目をした。
「そうだね、トレニアだからね。どこから来るの?」
「あちらです」
ファーストが指差す方向をリリが見ると、遠くで黒い点が固まって大量に空に浮かんでいるように見えた。
「なんか今までよりも鳥多くない?」
「はい、だいぶザーツマールに近づいて来ましたので、鳥形の魔物の数がさらに多くなるようです」
「あれモロに進行方向なんだけど、あそこ突っ切るの……」
「リリ様、強さで考えるならば天空運送のペガサス達の方が、圧倒的に強いのでご安心ください」
「それは、そうなんだけどね……」
リリはソワソワした様子で黒い点に見える鳥の群れを眺める。キャラリックメルの3人も、リリ様が気にされるのであればという雰囲気で同じ方向を見る。空を走る光も戦闘になってもいいように様子を見ている。
瞬く間に、黒い点の半数以上が消えていった。
「魔法か……?」
「何か現れたようには見えないです」
「ここから分かるくらいの大規模な魔法は使われてないわ」
空を走る光が何が起きたのかを話している横で、リリは恐々とした様子だ。
(なんかいるってことだよね。これはいつでも戦闘モードになれるように……)
空を走る光の動きが止まる。
その状態でリリは点が1つだけ動いていることに気がついた。その点が他の点に近づくと、近づかれた方の点が消えていく。
それが何回も繰り返された辺りで、リリは考えをまとめ始めた。
(何あれ……。戦闘モードなのに動いてるってことは、かなり速いってことだよね。さっき見た時は一瞬の出来事だった訳だから、他の人から見たらああ見えるのが普通なのかな。というかあっちからトレニアが来るんじゃなかったっけ。……もしかしてトレニアがやってる?)
リリはマップを開いて、トレニアの位置を確認してから言った。
「……トレニアなんで魔法使わないんだろうね」
ファーストがすぐに答える。
「ここで魔法を使えば、大量の魔物が逃げ出すことが予想されます。氾濫を起こす時までできるだけ刺激を抑えるようにと、偵察をする者には伝えてあります」
ファーストが話している間に、進行方向にあった点が全て消えていった。
(起きてることはもうほぼ魔法だよ)
リリはすごいものを見た気分で言う。
「魔物に襲われずに済みそうだし、トレニアにはジュースでも出そうかな」
コンコン
馬車の扉から音がする。
空を走る光は反射的に武器に手を当てて警戒した。
リリは速すぎると驚きながら、どうぞーと言う。
トレニアが扉を開けて入って来た。
「リリ様、お待たせしました」
「うん、速すぎて全然待ち時間なかったけどお疲れ様。怪我してない?」
トレニアは嬉しそうに笑って、自慢するように言った。
「アタシの方が速いですから、怪我はしないですよ」
リリもいつも通りのトレニアを見て、何もなさそうだと思った。
「それなら安心だね。飲み物用意するけど、トレニアはリンゴジュースでいい?」
「もちろんです!」
トレニアはやったー! というようにリリに近づこうとして、途中で思い出したように止まる。
「あ、その前にファースト、これアイから渡してって」
トレニアはファーストに近づいて、紙の束を渡す。
ありがとうございますと受け取ったファーストは、パラパラとめくって読んでいった。
リリはリンゴジュースを取り出してコップに注ぐと、トレニアに渡す。
トレニアは喜んで受け取って、リリの向かい側のソファーに座った。
読み終わった様子のファーストが言う。
「リリ様、報告を始めさせていただいてもよろしいですか」
「頼んだよ。みんなもいいよね」
リリは全員を見渡す。
全員聞く姿勢を整えた。
リリがどうぞというように促すと、ファーストが話し出す。
「では最初にグレイトホーンと、その他の魔物の数の結果になります。こちらは実際に偵察したトレニアから報告させていただきます」
トレニアは紙を3枚取り出して、1枚をリリに差し出して言う。
「今回偵察した範囲にいたグレイトホーンは4万2539頭、その他の魔物は6万2704匹でした。これが種類ごとの数の一覧です」
リリは紙を受け取って慌てたように言う。
「いや、多すぎない? グレイトホーンもおかしいけど、その他ってそんなに出てくるの?」
リリは今回ゴーレムや魔法の武器の作成の方を主に担当していたので、偵察の内容はよく知らなかった。
トレニアはそのことを知っていたので、リリ様に教えられるなんて新鮮ですという気持ちが分かりやすく漏れ出ている声で答える。
「今回の偵察では人が襲われたら危なそうな魔物は、全部数えることにしました。だから、その他の魔物には氾濫に出てこなさそうな魔物も入ってます。多く聞こえるのはそのせいだと思いますよ」
「えーと、どの辺が出てこなさそうなのかな?」
リリは紙を見ながら言った。
トレニアも手に持っていた紙を見て答える。
「植物系とかスライム系の動くのが遅い魔物と、あとは巣から離れないような魔物ですね。丸がついてない魔物は出てこないと思います」
リリはトレニアが言った魔物がどのくらいの数になるのか計算し始めた。
その間に、トレニアはアルバートとウィルに紙を1枚ずつ渡し、ファーストがその紙は後で回収しますと伝えている。
(出てこないのは4万くらいかな)
魔物の大体の数を計算したリリは、空を走る光の方を向いて聞く。
「こう見ると植物系かなり多いけど、あんまり出てこない感じかな?」
空を走る光はリリが数えている間に、こんなにいるなんて、とひとしきり感想を言い合っていた。
ウィルが答える。
「植物系の魔物は氾濫では見ないね。終わって少しすると、普段僕達が行く範囲の森に出てくるようになるから、毎回増える前に全滅させる依頼が出るよ」
「……全滅ってできるの?」
ウィルは頷いて、少し自慢げに言う。
「町の近くだけだけどね。町の周辺でほとんどグレイトホーンしか見かけないのは、そういうことだよ」
リリは人の手が入ってるから森で他の魔物を見なかったんだと納得しようとした。
小さい声で言う。
「グレイトホーンは……」
空を走る光は全員が遠い目をした。
ウィルが言う。
「……そういうことだよ」
全滅できなかったかぁ、と悟ったリリはトレニアの方を向いて話を進める。
「うん、それでトレニア、この中で氾濫に出てきたら特に危なそうというか、聞いといた方がよさそうな魔物はいる?」
トレニアは少しがっかりしたような調子で言う。
「今回の偵察では見つかりませんでした」
「見つからなくて、なんで残念そうなの?」
「だってリリ様、こんなに魔物がいるのに突然変異種が一匹もいなかったんですよ」
「それは、確かに……」
リリもつい残念だと思ってしまった。
突然変異種はゲームでは低確率で出てくる魔物のことだった。
ランダムでレア度の高い才能を持っているので、狙った才能を持っている突然変異種が出るまで同じ魔物を永遠と狩るなんてことも、リリはたまにやっていた。
(あれ? そもそもこの世界に突然変異種いるの? どっかで聞いたっけ……)
リリはファーストに聞く。
「突然変異種の話ってどこかで聞いた?」
ファーストは頷く。
「情報誌に目撃情報や討伐完了という形で報告されているのを確認しています」
「……この辺にもいるんだね」
(うん、たぶん知らない話だよ。まあそれは置いといて、突然変異種がいるなら今まで通りレアな才能を手に入れられるかは試してみないとね)
突然変異種探しまたやらないといけないの、と考えてリリは少し憂鬱な気分になる。そしてあることに気がつく。
(というかグレイトホーン4万もいるのに1頭もいないって、ゲームだったらトラウマになっててもおかしくないくらい居なかったんだね)
リリはトレニアを見て、優しく声をかける。
「トレニアはもしかして突然変異種、見つけようとしてくれたの?」
トレニアは不思議そうな顔でリリを見て、素直に答える。
「はい、アタシだけじゃなくて、ファーストもエリアの皆も、グレイトホーンだけで4万もいるんだから絶対に1頭はいるはずだって、何回も確認しました」
リリは労わるように笑いかける。
「それはかなり大変だったでしょ。トレニアもファーストもお疲れ様。ファーストもリンゴジュース好き?」
トレニアは自分の前にあるリンゴジュースを見て、気がついたような顔をした。
ファーストはすまし顔で言う。
「私も好きです」
「分かった。トレニアはおかわりしてもいいからね」
トレニアの嬉しそうな声を聞きながら、リリは新しいコップを1個とジュースを用意し始めた。
全員がその様子を見ている。
ファーストは周りを気にせずに聞く。
「リリ様、他に何か気になる点はございませんか?」
リリはジュースを注ぎながら言う。
「あ、じゃあ今後のために聞いておきたいんだけど、突然変異種って冒険者ギルドの依頼になったりしないの?」
ジュースを目で追いながらウィルが言う。
「目撃情報が入ってきたら、ほとんどは近くの冒険者ギルドで討伐依頼になって掲示されるよ」
リリはコップをファーストに渡してから、ウィルに聞く。
「それは黒の砂でもやれる?」
「Bランクまでの依頼なら受けられるとは思うよ」
ウィルはリリに向かってそう言った後、仲間達の方を見た。
「でも、突然変異種で、Bランクまでの依頼を探すのは結構難しかったよね」
グロー、ダグ、ルティナ、ナリダが大きく頷いて、リリに言う。
「グルークの町付近で見つかる突然変異種は、ほとんどAランクからって依頼になるぞ」
「他の町からの応援依頼もAランク以上が多いな」
「たまにBランクでもできる依頼はありますが、他にもやりたいパーティが多いので早い者勝ちになります」
「いつ掲示されるか分からないから、毎日冒険者ギルドに通う必要があるわよ」
リリは1番気になったことを聞く。
「Aランクからの依頼しかないっておかしくない? 冒険者のほぼ頂点のランクだよね」
「他の町からの依頼は、数が少なくて町にいない事が多いAランク冒険者向けの依頼が多いね。それに」
ウィルは足元に広がる光景を見る。
「グルークの町の近場の依頼はほとんどが黒の森の依頼だからね」
リリも馬車の下の景色を見渡す。
(Bランクで十分な気がしてたけど、黒の森の魔境具合が予想以上だよ)
そう思ったリリはアルバートとサラの方を向く。
「ねえ、ふたりとも。これが終わったら依頼とかやって、Aランク目指してみるのはどうだろう」
アルバートとサラは、リリのことをいい笑顔で見た。アルバートが言う。
「素晴らしいと思います。ですが突然変異種に備えるということであれば、強さを見せてすぐに上げてしまった方がよいのではないですか?」
リリはアルバートの提案をバレたらいけないんじゃと否定しそうになったが、提案してくるということは実は問題ないのかもしれないとも思ったのでとりあえず聞く。
「……強さを隠してたってバレるけど、いきなり上げても問題ないの?」
「キャラリックメルが隠れ里として周知されるのであれば、納得のいく理由づけは可能だと思います」
ファーストとサラも頷いている。
トレニアはジュースを飲みながら聞いている。
空を走る光は話の流れを静観している。
リリは考え込んだ。
(みんなができるって言うならできるのかな。でもゲームの冒険者ギルドのランク上げといったら、貢献度とか依頼達成度とかをクリアして、底辺からちまちまSランクまで上がっていくのが楽しかったし。ここではBからAまでの1回しかできないわけだから、できればそういう風に上げたいんだよね)
リリはやりたいことばっかり言うのはわがままかなと少し迷ったが、目標を思い出したので言うことにする。
「これは私のわがままだから、やらない方がいいとか、すぐランクを上げた方がいいと思ったならそう言ってほしいんだけど」
全員が真剣にリリの話を聴いている。
リリはゲームやこの世界という単語は入れないように気を付けて話す。
「冒険者ギルドのランクって、実力さえあれば上のランクになれるって話だけど。でもやっぱり、貢献度合いとか、依頼を成功させた数とかって、大事だと思うんだよね」
アルバートが考えを整理するように呟く。
「ギルドからの信頼を得てから、ランクを上げた方がよいということですね」
話を聴いている全員が、アルバートの呟きに頷いている。
リリはその様子を見て笑って言う。
「依頼やってそういうのを貯めるというか、貯めたような気持ちで、ちょっとずつ強くなってランク上げた方が、ロマンがあって私は楽しいと思うんだけど、どうかな」
リリが楽しいと言った瞬間、ボタンをかけ違えてしまったような感覚に全員が襲われた。
アルバートが考えなおし始めた横で、サラが思い出したように言う。
「リリ様の楽しいとは変わってしまうのですが、ピーちゃん と共に少しずつ強くなっていければ、昔できなかったことができそうです。兄様、きっと今なら追いつけますよ」
サラは最後アルバートに向かって笑顔で言った。
アルバートもサラの言葉で思い出したようで、少し照れくさそうに笑ってから、リリの方を向く。
「リリ様、私達も少しずつ強くなっていった方が楽しめると思います」
「それなら良かったけど……」
リリは聞いて良いのか迷ったが、結局サラを見て聞く。
「何かやりたいことがあったの?」
サラは思い出すように遠くを見つめた。
「リリ様が昔、私達を鍛えようと森に行った時のことです。リリ様はどんな魔物だろうと魔法1発で倒しながら前を走っておられましたが、私達は後ろを走っているだけで疲れて倒れ込んでいたと思います」
(もしかしてメテオランの話してる?)
リリはレベリングのことを拠点のみんながどう思っているのか気になっていたので、少し緊張した。
サラは恥ずかしそうに顔を少し下に向けながら、目だけはリリの方を見て話す。
「今考えると少し恥ずかしいのですが、あの時、私達は、いつかリリ様に追いついて隣で戦えるようになりたい、と思っていました。ですから、ピーちゃん と一緒に戦えるのはきっと楽しいと思います」
そう言ってサラはリリの前にいる、ピーちゃんを見た。
リリは少し悩む。
(たぶん物理的な意味で隣とは言ってないよね。とりあえずレベリングのことは怒ってはいなさそうだし、ピーちゃんと同じくらい弱いふりをしてても一緒に楽しく戦ってくれるっていうなら、ありがたいよね)
リリは分かった範囲で応える。
「ふたりにピーちゃんと一緒に戦うのを楽しいと思ってもらえるなら、私も嬉しいよ。ありがとう」
リリの言葉に反応したように、アルバートとサラの周囲に降り注ぐ日の光が強く輝き出す。
2人は満足そうに笑って、リリに敬意を表すようにゆっくりと頭を下げた。
そんな2人を全員が息をするのを忘れたようにじっと見つめている。
リリはいつもよりキラキラしている気がする2人の動きをじっと見て、少し照れた様子で空気を壊すように言った。
「まあ、この話はこれくらいにして。ファースト、なんかある? なかったら次にいこう」
ファーストはリリの声で思い出したように瞬きする。
そして馬車の中を目だけで見渡してから、リリの方を向く。
「リリ様、突然変異種の捜索はどうされますか?」
リリは座っても少し高い位置にあるファーストの顔を見て、確認するように言う。
「えーと、Aランクに上げないなら依頼がないって話だよね。急いでないから、チャンスがあったら探す感じでいいよ」
リリは正面を向く。
アルバートとサラはいつも通りの様子に戻って、リリの方を見ている。
その隣でトレニアはまたジュースを飲み始めた。
リリはアルバートとサラに向けて言う。
「ふたりってもう読み書きできるようになったって言ってたよね? 私はまだ勉強中だから、依頼読むのは任せたいんだけど」
「お任せください。ビルデンテの依頼も確認してみます」
「お願いね」
リリはふと気になったので空を走る光に声をかける。
「ねえ、みんな、ちょっと聞きたいんだけど」
空を走る光は両手で目を抑えていた。
リリは何があったのと戸惑った。
「……目、どうかしたの?」
空を走る光は手を外す。その後瞬きを繰り返して、目を慣らそうとしていた。
少し落ち着いた様子のウィルが言う。
「少し眩しかっただけだよ。何が聞きたいの?」
リリはそんなに眩しかったかなと疑問に思ったが、聞きたいことを聞くことにした。
「違う国とか地域に行くと文字が違うとかないの?」
ウィルは文字と聞いて難しそうな顔をした。
「大昔に使われてた文字が違うのは知ってるけど、今普通に使われてる文字が違う国は知らないかな。冒険者ギルドで使われてる文字は、ギルドがある国ならどこの国でも通じると思うよ」
ナリダが補足する。
「貴族だけで通じる国特有の文字はあるわよ。そういうのは貴族と関わりがない人が見る機会はほとんどないから、あまり知られてないみたいだけど」
全員が初めて知ったというような顔で聞いている。
リリもそういう感じなんだねと思って言った。
「なんか私たちもその話知ってる人から見たら、貴族の人みたいに見られそうだね」
ナリダがリリのさらに向こう側にいるペガサスを見て言う。
「……この馬車に乗って乗り込む時点でそう見られると思うわよ」
リリも振り返ってペガサスを見る。
「……移動時間を誤魔化すためだから仕方がないよね。ほら、トレニア、お代わりどうぞ」
リリはそそくさと話題を変えた。
トレニアはリリにお礼を言って、コップを差し出す。
ファーストはリリの意を汲んで話す。
「リリ様、次の話に移ってもよろしいですか?」
リリはコップにジュースを注ぎながら、どうぞーと言った。
「かしこまりました。それでは次は、今回の氾濫で出てくる魔物の数を決めさせていただきたいと思います」




