第81話 鎖と刃
ガロは、目の前の大柄な男と既に数合切り結んでいた。両手に短剣を持った男は、荒々しい動きで次々と斬りかかってくる。右から左から休む間もなく繰り出される斬撃。ガロはその一撃を、手にした盾で確実に受け止めていた。金属同士の鈍い音がその度に響いた。
「なかなかやるじゃねえか。ここまで俺の"乱撃"が受け止められたのは久しぶりだな」
「弱い奴ばかり相手にしてきただけじゃないのか」
「ああ。最近は戦闘スキル持ちで威張ってるが、骨の無い奴ばかりでな。五秒以内で仕事が終わることばかりだったぜ」
そう言いながら、男は再びガロへ襲い掛かる。
「だから今日は楽しませてもらうぜ」
*
男の嵐のような攻撃を、ガロは受け止め続ける。
「随分と威勢がいいな」
ガロはそう皮肉めいた口調で言った。
「うるせえ。お前ら何者だ」
男はそう叫びながら、さらに勢いを増して斬りかかってきた。
ガロはそれを冷静に見極めていた。動きは確かに速い。だが、まだ本気の速さではないはずだ。何か切り札を隠している。
「まだ隠し玉があるようだな」
「……気づいてたか」
男はそう不敵に笑った。
「お前もまだスキルを使ってねえ。自分の技術だけで俺の乱撃を受け止めている。大したもんだ」
「そりゃありがとうよ」
男も、ガロがまだスキルを使っていないことを見抜いていた。
「久々に本気を出すに値する男に会った! ここからは本気だ! お前も本気出さねえと死ぬぞ。どっちみち殺すけどな」
男の表情に力が入った。
「俺の名はバルトだ。死ぬまで覚えとけ」
「ご丁寧に、名乗ってくれるとはな」
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次の瞬間、この男――バルトの動きが明らかに変わった。目に見えないほどの速さで短剣が連続して振るわれる。
今までも速かったが、さらにその数倍になったかのような速度だ。
ガロはそれを、盾でひたすら受け続けた。一撃一撃が重い。盾越しに腕に痺れが走る。
「どうした、防戦一方じゃないか」
バルトはそう囃し立てながら、さらに攻撃を加速させた。ガロはじりじりと後退を余儀なくされた。
だがガロの目は冷静だった。この加速には恐らく限界がある。永遠に続く力ではないはずだ。
*
「これほどの腕がありながら、こんな汚れ仕事の組織にいるとはな」
ガロは盾で受けながら、そう切り出した。
「何が言いたい」
「もったいないと思っただけだ。もっとまともな生き方もできただろうに」
「知った風な口を利くな」
バルトはそう吐き捨てながらも、僅かに動きが鈍った。
「お前、故郷はどこだ」
ガロは盾で受けながら、あえてそう尋ねた。
「知ってどうする」
「受けているだけでは退屈でな。暇つぶしだ」
バルトは攻撃の手が、僅かに緩んだ。
「ふざけやがって……よその街だ。成人になってこのスキルを授かってな。調子に乗った」
「調子に乗って」
「酒場で些細な言い合いになった。相手は酔っ払いだ。それが力を使ったら、あっさり死んじまった」
「人を殺しちまった。それでこの街に逃げてきた」
バルトは手を緩めながらも、攻撃を続けながら語る。
「相手は、その街を統治する貴族の縁者だった」
「追われる身になったわけか」
「そうだ。行くあてもなく、この街に流れてきた俺を拾ってくれたのが、ガルド……頭だ」
バルトはそう続けながら、なおも短剣を振るい続けた。
「ガルド、という男か」
「……言っちまったな。まあ、いい。冥途の土産だ」
バルトは手を止めて語る。
「あの人は俺みたいな屑にも居場所をくれた。汚れ仕事だろうが、貴族家に仕える立場にしてくれた。俺の罪も、恩赦をかけあって自由の身にしてくれた。俺はこの恩は返さなきゃならねえ」
この男にも、人のために戦う理由があるのか。
「俺には人を殺すことしかできねえ。だったら、その腕で恩を返すしかねえだろうが!」
バルトはその言葉と同時に、再び襲い掛かってきた。
「なるほどな。あんたにも、あんたなりの事情があるわけだ」
「そうだ! だから俺は負けられねえ」
「いや。だが悪いが、それでも俺はあんたを倒さなきゃならねえ」
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紋官隊の隊長として、これまで何度もこういう瞬間的な強化スキルを持つ相手と対峙してきた。焦って真正面から打ち合う必要はない。時間を稼ぎ、相手の力が切れる瞬間を待てばいい。
――最近も、圧倒的な力を持つ強者が、限界で倒れる戦闘を見た。それに倣えばいい。
「防戦一方で悪かったな」
ガロはそう口では余裕を見せながら、盾で防御を続けた。
*
しばらくして、バルトの動きに、僅かな陰りが見え始めた。呼吸が荒くなり、剣筋にも僅かな乱れが生じている。
「そろそろか」
ガロはそう内心、確信した。
次の一撃をガロは、盾で力強く弾き返した。勢い余った、バルトの身体が僅かに泳ぐ。
「隙ありだ」
ガロはそう言うと盾をそのまま押し出し、バルトの身体に直接触れさせた。"縛鎖"。触れた相手を拘束する、彼のスキルだった。
鎖が瞬時に、バルトの身体に絡みついた。拘束された瞬間、彼の力の増幅も共に失われたようだった。
「な、何だこれは」
「あんたのスキルは発動できない。それが俺のスキルの効果だ」
バルトは鎖を振りほどこうともがいたが、既に遅かった。
*
「くそ、放しやがれ」
「悪いがそうはいかない」
ガロはそう言うと、盾の縁でバルトの鳩尾を正確に打ち抜いた。バルトは短く呻き声を上げ、そのまま崩れ落ちた。
「終わったか」
ガロはそう小さく息を吐いた。額には僅かに汗が滲んでいる。
崩れ落ちたバルトを見下ろしながら、ガロは少し考えた。恩を返すために剣を振るう。その生き方自体は、決して否定できるものではない。ガロも似たようなものだ。しかし、向かう先がガロとバルトでは明らかに異なる。
「頭を恨むんだな。お前をこんな仕事に使い続けたのが悪い」
ガロはそう静かに呟いた。
*
男を完全に拘束し終えると、ガロは周囲の状況に目を向けた。まだあちこちで戦いが続いている。カインたちの乱戦も続いていた。
「トーア、こっちは片付いたぞ」
ガロはそう離れた場所に向けて、声を張り上げた。
*
紋官隊の隊長という経験。その積み重ねが、こういう瞬間的な力を持つ相手にも、確実に対応できる実力を育てていた。
思えば、トーアと出会ってから色々あったものだ。かつては、貴族家の命令に逆らえず、汚れ仕事をこなすだけの日々だった。この男、バルトと何ら変わらない。
それが今はこうして、自分の意思で、この街の未来のために戦っている。悪くない変化だった。
一つの決着がついた。しかしまだ他の戦いは続いている。この夜の決着まで、まだ時間がかかりそうだった。




