↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
外道転生 〜元裏社会の帝王、千のカルマを賭けた贖罪の成り上がり〜  作者: 中原九尾
序章「外道、贖罪の使徒となる」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/84

第8話 歪みの正体

 賭博場のゴブから、また新しい話が聞けそうだと思い、俺はしばらく、この街の"制度"について聞き回ることにした。


 貴族街で見た、あの均衡の女神像のことは、まだ頭の片隅に残っていた。天秤、腐敗、そしてあの正体の読めない男。断片的な情報だけでは、この国の全体像はまるで見えてこない。まずは身近な場所から、確実な情報を積み上げる必要があった。


     *


「スキル鑑定のことか」


 ゴブは酒を注ぎながら、そう答えた。


「十八になったら、みんな受けさせられる。神殿に行って儀式を受けるんだよ。そこで自分がどんなスキルを持ってるか、はっきりする」


「受けなきゃいけないのか」


「義務だな。受けないと、まともな仕事にも就けねえし、結婚だって難しくなる。まあ、貴族に目をつけられたくねえ連中は、こっそり誤魔化して受けずに済ませる奴もいるらしいがな」


 貴族に目をつけられたくない、という言い方に俺は引っかかった。


「目をつけられると、まずいのか」


「そりゃ、当たり前だろ」


 ゴブは少し声を落とした。


「鑑定の結果は、地域を仕切ってる貴族に、必ず報告が行く仕組みになってる。戦闘系だとか支配系だとか、使えそうなスキルを持ってたら、ほぼ強制で貴族に買われるんだよ」


「買われる、というのは」


「体裁は"名誉ある登用"ってやつだ。実際は、家族への手当てを餌に本人の意思なんか関係なく、召し上げられる。断れば、その家族に何が起こるか分からねえ」


「拒否した人間は、実際にいるのか」


「いたって話は聞くが、その後どうなったかは誰も知らねえ。少なくとも、この街でその後の姿を見た奴はいねえよ」


 その一言に、俺はこの制度の本質を改めて理解した。断ることは建前上は可能だ。だが、その先の結果は誰も確認できない。それだけで大抵の人間は、選択の余地なく従うことを選ぶだろう。恐怖という目に見えない鎖が、この国の若者たちを初めから繋ぎ止めている。前世の裏社会でも、似たような仕組みで、人間を縛る組織はいくらでもあった。逆らった者の末路を見せずに、想像だけさせる。それが、最も安上がりな支配のやり方だった。


     *


 俺はその説明を頭の中で整理していった。


 鑑定を受ける。有用なスキルなら貴族に召し上げられる。拒否すれば家族に危害が及ぶ。実質、選択の余地はない。


 ――なるほど、そういう構図か。


 前世の日本にも格差はあった。生まれた家によって進む道が大きく変わる現実は、いくらでも見てきた。裏社会でも、才のある人間を上の組織が引き上げていく仕組みは、似たようなものだったと言える。ただ、あそこには、まだ"選択"という建前があった。表向きは断ることもできる。実際には断れば、それなりの報復があるにせよ、少なくとも制度として拒否権が用意されていた。


 この国では、その建前すら初めから存在しない。有用な人間は有無を言わさず、上の人間に取り上げられる。子供の頃から当たり前の摂理として、それを受け入れさせられる。


 どちらが酷いのか、正直判断がつかなかった。日本の格差は緩やかで、目に見えにくい分、諦めやすい。この国のやり方は露骨だが、少なくとも誰の目にも理不尽さが分かりやすい。ある意味では、この国の方が、まだ"分かりやすい敵"を持てているとも言える。日本の格差には、敵の姿さえはっきりとは見えなかった。


「じゃあ、このスラムにいる連中は」


「大体、鑑定を受けても大したスキルが出なかった連中だ。もしくは、貴族がその使い道に気づかなかった連中だな」


 ゴブはそう言って、自分の手を見下ろした。


「俺自身も鑑定は受けたよ。大した出物じゃなかった。だから、こうしてしみったれた賭場の元締めをやってる」


 その言葉には、諦めと微かな自嘲が入り混じっていた。この男の人生も、結局は、あの鑑定という制度の、ふるいから漏れた一人に過ぎないということだ。


     *


 俺の場合、鑑定を受けていない。あの空間で、あの存在から直接、力を与えられた。記録上、俺という人間の存在自体、この国の制度の"外側"にある。


 これは思っていたより、大きな意味を持つかもしれない。


 誰にも俺のスキルの正体を知られていない。貴族側の記録にも、俺という存在は、まだどこにも引っかかっていない。この国の仕組みでは、才ある者は必ずどこかの貴族の目に留まり召し上げられる。それがこの国の摂理だ。だが俺だけは、その摂理の網目を初めからすり抜けている。


 もし、いずれ俺のスキルの噂が貴族の耳に入ったとしても、記録がなければ追跡も召し上げも、簡単にはいかないだろう。この"記録の外にいる"という立場は、当面大きな武器になる。この国の誰も知らない駒として、しばらくは自由に動ける。


 この街のほとんどの人間が、生まれた瞬間からこの制度に組み込まれ、選択の余地なく、上か下かに振り分けられていく。その一方で俺だけが、この仕組みの外に立っている。


     *


「貴族に買われた連中は、どうなるんだ」


「そりゃ、家によって色々だな。軍に組み込まれたり、商売の駒にされたり。あるいは、もっと際どい仕事に使われる連中もいるって話だ」


「際どい仕事、というのは」


 ゴブはそこで一度、口を閉じた。それ以上は話す気がないらしい。俺も無理には聞かなかった。


 貴族、スキル、そしてその裏側で動く何らかの仕組み。まだ断片的な情報しかない。だが、あの存在が語っていた"腐敗"の正体が、少しずつ輪郭を帯び始めていた。


 この国は、生まれた瞬間から才を持つ者を、貴族が根こそぎ吸い上げる構造になっている。その結果、才のない者、あるいはまだ見出されていない者だけが、この街に取り残される。


 俺はその"取り残された側"の器を、たまたま与えられた。だが、その中身は、この街の誰よりも鋭い牙を持っている。


 ――面白いことになりそうだ。


 そう思う自分に、俺は少しだけ苦笑した。人を幸せにするための試練だというのに、頭の中では、まだ前世の癖が抜けきっていない。この歪んだ仕組みをどう利用してやろうか。そんな計算が先に働いてしまう。


 それでいい、とも思った。前世の癖のまま、この国の歪みに食い込んでいく。それが今の俺にできる、一番確実な戦い方だった。誰かを幸せにするという柄でもない目的も、結局は、この歪んだ構図そのものを内側から突き崩すことでしか成し遂げられないだろう。正面から正しい手段だけで挑んでも、この国の仕組みは簡単には揺らがない。前世で培った狡さと非情さを、ここではそのまま使えばいい。慈善事業のつもりで動くほど、俺は柄でもないことをやる気にはなれなかった。


 あの空間で語られた"善行"という言葉と、俺の中にある実感の間には、まだ大きな隔たりがあった。それでも少しずつ、この国の姿が見えてくるにつれ、何から手をつければいいのか、その輪郭だけは次第にはっきりとし始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。