第79話 断片からの輪郭
黒鴉の存在が判明した後、俺たちはそれぞれの立場から、情報収集を進めることにした。しかし相手は存在そのものが秘匿された組織だ。一朝一夕にはいかない。
「エリーゼには、二つのことを頼んでおいた」
俺はそう切り出した。
「一つは、以前の協力者から追加の情報を得ること。もう一つは、過去十年ほどの間に、貴族や有力者が急に姿を消したり、不可解な死を遂げたりした事件のリストを洗い出すことだ」
「なるほど。それが黒鴉の実績の候補になる、ということですね」
セラフィナがそう頷いた。
その一方で俺自身も、ガロやカインを通じた噂、ゴブからスラムの噂、他の貴族家の使用人などから断片的な情報を集め続けていた。
どれも、はっきりとした証拠には程遠い。噂話の域を出ないものがほとんどで、中には信憑性の疑わしいものも多く混ざっていた。それでも数を集めれば、共通する部分が自然と浮かび上がってくるはずだ。地道な作業だが、敵を確実に潰すためにはやるしかない。
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二ヶ月ほどが経った頃、ようやくある程度の情報が揃ってきた。
「集まった情報を整理してくれ」
俺はセラフィナに、そう頼んだ。
「はい。断片的な情報を、真如で照らし合わせてみました。輪郭は見えてきています」
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「まず分かったことは、標的に対して暗殺や粛清を実行する者は、おそらく四人だと考えられます」
「その理由は」
「複数の事件現場の痕跡から、同一人物の手口と思われる形跡で、概ね共通しているのが四人分です。これらが主要な実行要員と考えるのが自然かと」
「分かった。一人ずつ説明してくれ」
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「まず一人目。暗殺に特化したスキルを持つ者がいると考えられます。詳しい効果までは分かりませんが、恐らく、標的に気付かれずに接近できる類の力だと推測しています。そうじゃないと説明できない事件がいくつもあります」
「気配を断つ力、というわけか」
「その可能性が高いです」
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「次に二人目。遠くから弓で正確に狙撃できる者がいるようです。複数の事件現場で、同じような手口の痕跡が確認されています」
「具体的には」
「離れた建物の屋根や、木の上から一撃で仕留められたと思われる遺体がいくつか報告されています。それもいずれも、急所を正確に射抜かれていたとか」
「狙撃手か。厄介だな」
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「三人目は、単独での武力に特化した者も一人。恐らく近接戦闘での実力者かと推測しています」
「その理由は」
「剣やナイフによる、多くの傷跡がある遺体がいくつも報告があります。遺体鑑定の結果、同一人物の仕業と見られていること、非常に短時間の事件であることが多いという報告から、おそらく素早い攻撃ができる者かと」
「手数が多いやつか。単純に強いな」
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「最後に四人目。恐らく魔法系のスキル、それも土の系統だと思われます。ただ単純な攻撃だけでなく、拘束のような使い方もできるようです」
「拘束、というのは」
「複数の事件現場で、被害者の身体に不自然な跡が残されていたそうです。まるで何かに締め付けられて殺されたような痕のようです」
その説明に俺は内心、僅かに嫌な予感を覚えた。単なる殺しの手口ではない。時間をかけて対象を苦しめる類の使い方を想起させた。
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「実行犯とされる四人のことは分かった。組織の規模は掴めそうか」
「おそらく少数精鋭です。この四人を除いて十名前後というのが、集まった情報からの推測です」
「念のため根拠を教えてくれ」
「事件現場の周辺の足止めや関係者の排除、痕跡の除去など、少人数による補助的な動きがあるような報告が見られます。このあたりの情報を総合的に判断すると、十名前後と推測されます」
「なるほど。ここはあんたの分析を信頼する他ないな」
「はい。不確定要素ではありますが、おそらくこれ以上の情報は集まらないかと」
「そうか。シンダーズより少ないくらいだと分かったのは良かった」
「はい。ただし、訓練して統率された者達だと推測されます。シンダーズとは比較すべきではありません」
それもそうだ。五大貴族の粛清機関である組織だ。シンダーズのような有象無象と一緒にすべきではない。実行犯以外も慎重に対処すべき必要がある。
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「最後に、黒鴉の拠点についての推測です」
セラフィナがそう続けた。
「これまでの事件現場の位置関係です。真如で地図上に重ねて照らし合わせてみました」
「拠点の場所が分かったのか」
「まだ正確には分かりません。ただ、これらの事件があった場所の分布や犯行時刻、現場の周辺情報などから分析すると、黒鴉の拠点として有力な場所があります」
「どのあたりだ」
「街の北の外れ、旧兵舎跡の一帯が有力です。もう少し絞り込みを進めます」
「頼む。拠点さえ正確に分かれば、計画は一気に具体化する」
*
「これで大まかな輪郭は掴めたな」
俺はそう結論を出した。組織の規模と、主要メンバー四人のそれぞれの傾向が見えてきたことは大きな収穫だった。
「セラフィナ、あんたの分析を信頼するなら、四人とも俺なら問題なく潰せるが……」
「何か懸念があるのですか」
「黒鴉は短時間で全員、無力化する必要がある。オーレリア家のときと同じだ。一人ずつ片付けている間に異変を察知されて、ガイウスに報告されるとまずい」
「確かに。強硬手段に出る口実を与えかねませんね」
「ああ。これはその四人以外の奴らもそうだ。全員を一度に片付ける必要がある」
「あなた一人では難しいですね」
「そうだ。だから、こちらも駒を動かすしかない」
*
数日後、セラフィナの家にガロ、カイン、ルーシャ、サガンを招集した。
彼らに、収集した情報をもとにした内容を説明した。
「情報集めを頼まれた時点で分かってはいたが、遂にアーヴィング家も攻めるんだな」
ガロがそう言い出した。
「それもそうだが、これだけの面子がいるのに、俺にやることなんかあんのか」
カインがそう口を挟む。
「私は楽しみ。久しぶりに強い人間と戦えそう」
ルーシャが呑気なことを言い出す。
「俺はトーアの「仕事」を任されるのは初めてだ。せいぜい足を引っ張らないようにさせてもらおうか」
サガンが引き締まった表情でそう言った。
*
「計画の概要を説明する」
俺は彼らに作戦を説明した。
黒鴉の主要な四人を、それぞれ分担して短時間の間に片付ける必要があること。
他の十人前後と見られる構成員も同じく、無力化する必要があること。
その足で、ガイウスを直接攻めるつもりであること。
「俺達の誰も負けられないのか。なかなかの重圧だな」
ガロがそんな軽口を叩いた。
「そうだな。誰かが失敗すれば、俺達は全員死刑だろうな」
俺はそう切り返した。
「これを成し遂げないと、アーヴィング家を攻め落とすことができない。すまないが頼む」
無理を言っていることは承知している。いくら俺に恩がある連中とはいえ、失敗すれば自分のみではなく彼らの家族、仲間にも危険が及ぶ。
だからこそ失敗できないが、彼らの協力が得られないことには成功は有り得ない。俺は素直に頭を下げる。
「俺はあんたには恩があると勝手に思ってる。返す機会をくれてると思うことにするさ」
ガロがそう軽く笑って言った。
「そうそう。今更、頭下げられても調子狂うぜ」
カインもそれに続いた。
「私は今度、訓練に付き合ってくれれば、それでいい」
ルーシャがそう、あっさりと言い切った。
「……仲間思いなんだな、あんたたち」
サガンが苦笑いしながら、そう呟いた。
*
「具体的に、誰が誰を相手にするかを決めておく」
作戦の詳細を詰めていく。
「まずはルーシャ。あんたには真っ先に、弓の狙撃手を押さえてもらう」
「何で私が狙撃手の相手なの」
「あんた以外だと遠くから弓で狙われるとどうしようもない。ある意味最も危険な相手だ。真っ先に潰したい」
「トーアにも矢は当たらないよね」
「俺にも当たらないが、相手に近づく手段が俺にはない。あんたはその身体能力とスキルで何とかできるはずだ」
「そう。分かった」
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「ガロ。あんたは、近接戦が得意と思われる奴の相手をしてもらう」
「まあそうだろうな。相性から考えるとそれしかない」
「あんたの力なら、相手がいくら強くても接近戦なら何とかできるはずだ」
「評価が高くて嬉しいね。任された」
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「サガン。あんたは土魔法の使い手だ」
「土魔法か。やり合ったことはないな」
「こいつはどうやら、相手を締め上げて嬲り殺しにするような魔法の使い方が好きらしい。あんたの力なら何とか逃れられるかもしれない」
「そうか。まあ力勝負なら負けない。何とかしてみせよう」
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「俺は、気配を消すスキルを持つと思われる奴の相手をする」
「そっちの方が面白そう」
ルーシャがまた呑気なことを言い出した。
「このスキルが本当なら、俺が最も相性が良いはずだ。その後、ガイウスとの戦いも控えている。消耗せずに勝ちたい」
「ガイウスもあなたが相手をするの」
「その時の状況次第だ。黒鴉を順調に処理できたとしても、ガイウスが他にどんな手を隠しているか分からない。何かがあっても対処できる余力を残しておきたい」
「そう。分かった」
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「カイン。あんたには波影の連中と共に、この四人以外の面子の押さえと捕縛を頼む」
「分かった。波影って奴らは何人いるんだ」
「二十人は出す。相手も精鋭かもしれないが、こっちも訓練は欠かしてない。聞いているあんたのスキルがあれば問題ないだろう」
サガンがこう答えた。カインのスキルで相手の意識を逸らし、その間に捕らえるというやり方だ。
カインのスキルは、集団戦の補助には滅法強い。相手は十人前後と予想されるが、波影からはその倍の人数を出してもらうことにした。これで何とかできるだろう。
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「あとはグラナイトの連中に、拠点の周りを張ってもらう。もし逃げる奴、外から戻ってくる奴がいれば、捕らえてもらう」
「グラナイトの方は既に話を通してあるんですか」
セラフィナがそう尋ねた。
「ああ。オズワルドとヴィンスには既に伝えてある。人員もいつでも動かせるように待機させてるはずだ」
「これで包囲の準備は整いましたね」
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断片的な情報の寄せ集めからここまで輪郭を掴めたのは、セラフィナの真如があってこそだった。それでも実際に対峙するまで、正確な詳細は分からない。相手のスキルの正式な名称も、正確な効果範囲も、まだこの目で確かめたわけではない。
前世でもこういう不確定な情報のまま、勝負に挑まなければならない場面は何度もあった。完璧な情報が揃うのを待っていては、いつまで経っても動き出せない。ある程度の輪郭が見えた時点で踏み込む決断も必要だった。
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「セラフィナが導き出した黒鴉の拠点と考えられる場所を、グラナイトのヴィンスに探らせて裏取りをさせてる。奴は黒鴉の一員と思われる奴に会っている。そいつが出入りしていることが確認できたら、そこが黒鴉の拠点で間違いないだろう。確定次第、決行する」
黒鴉、そしてその先にいる、ガイウス・アーヴィング。軍神の家、その裏に潜む闇を一気に刈り取る時が近づいていた。拠点の確定さえ待てば、全てが動き出す。




