第78話 王女の決断
翌日、俺はセラフィナと共に、以前と同じあの小屋へと向かった。エリーゼは既に到着していた。
「わざわざお呼びしてしまいすみません」
エリーゼはそう切り出した。
「いや、いい。直接会って話すべきことがあったんだろう」
「はい。話は少し複雑になりますので、順番に説明します」
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「まず最初に、最近のアーヴィング家に対する調査の中で、秘匿された部隊の存在が判明しました」
「やはりそうか。どんな組織だ」
「通称、"黒鴉"と呼ばれる部隊であることが分かりました」
「その黒鴉というのは」
「政敵の排除、反抗する者への粛清。表には出せない汚れ仕事を専門に扱う、アーヴィング家の秘密部隊です」
「秘密部隊とは」
「グラハム家の紋官隊、オーレリア家の波影は、貴族家の業務を担う組織として公に活動しています。しかしこの黒鴉は、存在そのものが隠されており、限られた者しか知りません」
話が見えてきた。表向きは尊敬を集める軍の総帥。しかしその裏は闇の掃除屋、ということか。
「アーヴィング家は、五大貴族家を含めた有力な貴族家の粛清機関を担う役割として地位を築いてきた家、ということです」
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「規模は」
「詳しくはまだ分かりません。ただ、ガイウスの直属部隊だという話です」
「セドリック家との繋がりは」
「今回のオズワルドの件で、セドリック家から何らかの要請があったと考えられます。捕吏に混ざっていたアーヴィング家の兵士は恐らく、この黒鴉の一員だったのでしょう」
秘密組織であるからには当然だが、詳細までは掴めていないようだ。このあたりはエリーゼの仮説が多い。
「頭を務める人物が一人、そしてその下に何人かの実力者がいるという話だけは、得ています」
「その頭というのは」
「名前までは分かりませんが、恐らくガイウスの最も信頼の厚い部下だという話です」
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「この黒鴉という組織のことで分かったことは以上です」
「分かった。この情報はどうやって得たんだ」
「貴族院の有力者である一人の者から得た情報です。黒鴉の存在は貴族院の中でも、ごく一部しか知りません」
「なぜそいつは、あんたに黒鴉のことを教える気になったんだ」
「王家への忠誠とは違うと思います。貴族院の中にも五大貴族家の専横を快く思わない層がいる、ということになるのでしょう」
「それが誰なのか、俺に教えることはできるか」
「申し訳ありませんが、あなたでも教えることはできません。この者の身の安全に関わることだからです」
万が一にも黒鴉の存在を密告したことがばれれば、自分はもとより家が粛清されかねない、といったところだろう。これは仕方がない。ここまで情報を得られればまずは上出来だ。
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「今回、あなたと直接会って話すことにしたことの理由は、この黒鴉の存在を知ったためです」
「どういうことだ」
「このような組織がいると分かった以上、王城の中も安全とは言えません。通信魔道具での会話を盗み聞きされる恐れもあります」
「なるほどな。慎重すぎるくらいでちょうどいい」
「はい。もし私とあなたという存在が繋がっていることがアーヴィング家やセドリック家に露見した場合、強硬手段に出る口実を与えかねません」
スラムでは俺の存在は既に広く認識されている。情報は封鎖しているが、貴族家が本腰を入れて調査すれば、そこまで労せずとも俺が裏市場を乗っ取っていることに辿り着けるだろう。
王女が俺のような第三勢力と繋がっていることが知られれば、自分達の権力が脅かされかねないと、なりふり構わず潰しにかかることは当然のことだ。今後もより慎重に進めるべきだろう。
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「アーヴィング家を落とすためには、この黒鴉を潰す必要があるな」
俺は頭の中で状況を整理し、こう切り出した。
「今までのように取り込むことはしないのですか」
セラフィナがこう尋ねる。
「しないつもりだ。今回は完全に黒鴉を消し去る」
「なぜですか。あなたの考えを教えてください」
「こういう汚れ仕事専門の連中を生かしておくのは、危険性の方が高い」
俺は前世での経験を踏まえて、セラフィナへ説明した。
俺は常にこういう連中を警戒して生きてきたこと。
こういう組織は雇用主との強い繋がりがあることが多く、交渉や説得、脅しなどが通じにくいこと。あるいは金の繋がりなら、金で裏切られるリスクがあること。
こういった背景から、一度敵対して生かしておくと、今後ずっと狙われることを警戒しなければいけなくなること。
「俺だけならいい。しかしその標的はセラフィナ、あんたも含まれることになる。ガロやルーシャたち、グラナイトの連中もそうだ。全員を守ることは俺にはできない」
セラフィナは緊張した表情を浮かべる。
「だから黒鴉は一人残らず全員、消えてもらう。まだ規模や組織の詳細が分からないが、やらなければいずれ俺達が消されるだろう」
セラフィナは静かに頷いた。エリーゼは俺がこう考えることはおそらく予想していたのだろう。特に表情は変わらない。
*
「それと、もう一つお話ししたいことが」
「何だ」
「今後あなたが黒鴉に手を出すとなれば、ガイウスが正規軍の動員を申請する可能性があります」
「だろうな。秘密組織とはいえ公にアーヴィング家と対立することになる。格好の口実だろう。しかし軍隊を動かされたらさすがにまずいな。スラムごと俺の組織が飲まれかねない」
「その通りです。ですが私に一つ、考えがあります」
「聞かせてくれ」
「正規軍の動員には正式な申請と、王家の承認が必要です。王家に実権がないとはいえ、この承認手順は形骸化していません」
「つまり、あんたが承認を止めるということか」
「はい。正当な理由が確認できるまで出兵は認められない。そう突っぱねます」
「ガイウスが、それに納得するか」
「簡単にはいかないでしょう。ですが少なくとも、時間を稼ぐことはできるはずです」
その提案に俺は内心、頷いた。エリーゼの王族という立場は、こういう手続き上の壁として確かに機能するだろう。
「助かる。あんたがいなければ、この作戦は成り立たない」
「それが私の役割ですから」
エリーゼはそう言って、静かに微笑んだ。
*
「一つ聞いていいか」
俺はそう切り出した。
「今回のことで、あんた自身にもかなりの危険があるはずだ。それでも協力してくれるのはなぜだ」
エリーゼは少し考えた。
「以前にもお話ししましたが、私はこの国を変える力をあなたに見出しています。そのためなら危険は厭いません」
「それだけか」
「それだけではないかもしれません」
エリーゼはそう言って、少し視線を逸らした。
「私は王女ではあるものの何の実権もなく、政務にも形だけしか関われていません。王城では孤立していると言えます」
「なぜだ、仮にも王女なんだろう」
「仮にも王女だから、です。必要以上に王家へ肩入れすることで、五大貴族家に目を付けられてしまいます。それこそ粛清を恐れて」
エリーゼは言葉を続ける。
「私が"天啓"を授かったことは、実はこれまで誰にも明かしていないのです。父である王にすらも。知っているのはあなた方だけです」
「なぜだ。そんな力を授かったとなれば、王城でも味方が増えると思うが」
「いいえ。むしろ私を取り込もうとする敵が増えるのみでしょう。ここ何代もの王族に発現していなかった天啓を授かる、若くて無能な王女となれば、恰好の傀儡の材料として、政治闘争のきっかけとなってしまいます」
「下手をすると、五大貴族家内での争いにも発展しかねません。今よりもさらに国が乱れることで、あなたが神から受けた啓示の通り、この国は崩壊を迎えるのでしょう」
俺は政治のことは分からないが、確かにそうかもしれない。
「私は王城では味方もおらず、ずっと孤立していました。だから……」
エリーゼは少し間を置いて、こう言った。
「言葉を選ばずに言わせてもらうと、このようなことをあなたと企むことが、楽しいとさえ感じています」
エリーゼはこう続ける。
「王女という立場からも、これまで友人と言える者はいませんでした」
「あなたとこうして話す時間が、私にとって少しずつ、大切なものになっているのかもしれません」
その言葉に俺は、僅かに意外な感覚を覚えた。
「政治的な利害だけじゃない、ということか」
「はい。恐らくそうです」
その返答に俺は少し間を置いた。前世では俺も、ガキの頃以外は友人と言える者はいなかった。組織の部下は恐怖や実利で従っていたのみで、ある意味では孤独な立場だった。
俺は、この世界ではセラフィナを始め、幾人かはまだ気楽に会話できる者がいることを自覚した。エリーゼも似たような感情なのかもしれない。
「分かった。あんたのその気持ちも、無駄にはしない」
「ありがとうございます」
「作戦の詳細は追って詰めていく。また連絡する」
「分かりました」
*
小屋を後にしながら、俺は頭の中で、これまでの情報を整理した。
黒鴉という非合法の部隊。ガイウスの出兵という最大のリスク。それをエリーゼの王家という立場で抑え込む。この作戦の骨格はようやく固まりつつあった。
次は黒鴉の内部構造を、詳しく洗い出す段階だ。頭、そして幹部たち。その、それぞれの人物像を見極めた上で、初めて確実な攻略の道筋が見えてくるはずだ。
これまでの三家とは違い、今回は最初から"取り込み対象"としない方針を決めていた。粛清や暗殺を生業とする者たちだ。恐怖でも実利でも簡単に寝返る相手とは思えない。ならば、確実に排除するだけだ。
軍神の家、その裏に潜む闇の部隊。次に対峙すべき相手の輪郭が少しずつ鮮明になりつつあった。




