第77話 軍神の家
オーレリア家の一件から、数か月が経った。
エリーゼの協力があったおかげか、最近はセドリック家、アーヴィング家には新たな動きは見られない。そのため、規模が膨れ上がった裏稼業の組織体制の強化や地盤固めに時間を費やしていた。
この間で、俺はこの世界へ転生してから二年という期間が経過していた。
五大貴族家のうち、三家を裏から支配することに成功している。この短期間の成果としては上々だろう。街やスラムの様子も随分と良くなっている。
まだ焦ることはない。それは理解しているが、アーヴィング家を攻める糸口が掴めていないことも事実だ。
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そんなある日。俺はセラフィナと共に、次の標的であるアーヴィング家について、改めて情報を整理することにした。
「アーヴィング家について、あんたが集めた情報を教えてくれ。改めて整理したい」
俺はそう切り出した。
「アーヴィング家は、この国の軍事全般を司る家系です。国境の防衛、治安維持、そして王家の護衛。この国のあらゆる武力に関わる実務を、一手に引き受けています」
「規模は」
「正規の常備軍だけでも、数千人規模と聞いています。これまでのどの貴族家よりも、遥かに大きな組織です」
その数字に俺は内心、僅かに身構えた。これまでの標的とは明らかに桁が違う。
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「当主は」
「ガイウス・アーヴィングという人物です。四十九歳。祭祀の場で、あなたも遠目に見ているはずです」
「屈強な体格の、武人然とした男だったな」
「はい。若い頃から実戦を数多く経験してきたと聞いています。国境沿いの魔物の討伐や、隣国との小競り合いなど、常に最前線に立ち続けてきた人物で、軍神と呼ばれ尊敬されているようです」
「そういう男が当主をやってる家だ。これまでのバルドやロレンツォとは、明らかに格が違うということか」
「その通りです。武力という点では、これまでのどの相手とも比較になりません。それにガイウスは、部下からの信望も厚いと聞いています。実力と人望で組織をまとめ上げているようです」
「厄介だな。恐怖や脅しで組織を支配してる相手なら、まだ崩しやすいんだが」
俺は頭の中で、これまでの標的たちを思い返した。契約で組織を縛っていた男。麻薬への信仰で地位を得ていた男。金と権謀術数で成り上がった男。それぞれ、信条という弱点があった。だが純粋な武力を信条とする相手は、初めてだった。
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「正直、困ってる」
俺はそう素直に認めた。
「困る、というのは」
「これまでは、前世の裏社会での経験がある程度通用してきた。闇金融、麻薬、人身売買。どれも俺が実際に関わってきた商売だった」
「今回は性質が大きく違いますね」
「ああ。正規の軍事組織を相手にした経験は俺にはない。裏社会の抗争と、国家の軍隊を相手にするのとでは、根本的に次元が違う」
セラフィナはその言葉に、少し考え込んでいた。
「それでも、何か糸口はあるはずです。これまでの貴族家にも、それぞれ表の顔と裏の顔がありました。アーヴィング家にも、恐らく同じような構造があるはずです」
「裏の顔、か」
「はい。五大貴族家の中で、アーヴィング家だけが清廉潔白であることは考えにくいのです。お互いに裏の顔を共有しているからこそ、同じ利益を得る対等な関係としてこれまで成り立っているのではないかと」
「そうだな。それはその通りかもしれない」
「正規の軍事組織という表向きの体裁の裏に、何か非合法な仕組みが隠されている可能性は十分に考えられます」
「例えば、どんなものが考えられる」
「これまでの貴族家の例で考えれば、私兵組織、あるいは正規の指揮系統から外れた、独立した部隊。何かしら表には出せない、汚れ仕事を担う存在があってもおかしくありません」
セラフィナのその言葉に、俺は頭の中で少し光明を見出した。
「軍隊そのものを、真正面から相手にする必要はないということか」
「はい。表の軍とは別に、何か秘密裏に運用されている部隊があるとすれば、そこが狙い目になるはずです」
「調べる必要があるな」
*
「もう一つ気になることがある」
俺はそう続けた。
「セドリック家との繋がりだ。エリーゼの情報だと、捕吏の中に、アーヴィング家の紋章の兵士が混ざっていたという話だった」
「正規軍が、司法家系の手先として動くとは考えにくいです」
「ああ。だとすれば、その混ざっていた兵士も正規軍とは別の何かの可能性があるな」
セラフィナの考えは腑に落ちるものだ。いくら五大貴族家の権力が強いとはいえ、形式上は王族や貴族院による監査もあるはずだ。そんな中で冤罪による逮捕のために、自由に正規軍を動かせることは考えにくい。
前世の俺も、表の権力者たちの裏の組織だった側面もある。この実例からも、裏の繋がりには、裏の組織が背後にいる可能性は十分に考えられることだ。
「まずは、アーヴィング家の内情を探る必要があります」
「エリーゼにも、協力を頼めるか」
「はい。既に連絡を取っています。何か分かり次第、報告があるはずです」
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数日後、セラフィナから報告があった。
「トーア、エリーゼ様から通信が届きました」
「何か分かったか」
「詳しいことはまだ聞けていません。明日、以前の小屋で落ち合って、直接話をしたいとのことです」
「慎重だな。そうしなければいけない重大な事が分かったのかもしれない」
エリーゼと明日、直接会うことにした。
*
その日の夜、俺は一人、宿の一室で今日のセラフィナとの会話を振り返っていた。
グラハム家、ファーレン家、オーレリア家。これまでの三つの貴族家とは性質が大きく異なる相手。純粋な武力、そして正規の軍事組織という、これまでにない種類の壁が目の前に立ちはだかっていた。
前世でも、未知の相手と対峙したことは何度かあった。そういう時は決まって、相手の力の源そのものを正面から崩そうとするのではなく、その周辺にある隙を丹念に探すことにしていた。
今回も同じだ。ガイウス・アーヴィングという、軍神とも呼ばれるような男を真正面から崩す必要はない。その足元に何が隠されているのか。それを見極めることがまず最初の一歩だ。




