第76話 それぞれの居場所
エリーゼとの対話から数週間後、様子を見にグラナイトの酒場を訪ねた。
ちょうど、ヴィンスが酒場にいた。
「おやっさんの代わりはまだ務まらねえが、何とかやってるさ」
本人はそう言うが、セラフィナからは彼が表に立つ形でグラナイトは問題なく機能していると聞いている。
「そうか。オズワルドはほとぼりが冷めたらここへ戻ってもらうが、高齢でもある。あんたが後継者のつもりで指名したんだろう。引き続き頼む」
「まだ恩返しもできてねえし、長生きしてもらわねえとな。俺がおやっさんの仕事をがんばるさ」
彼はオズワルドには並々ならぬ恩を感じているのだろう。これなら心配いらないはずだ。
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エリーゼによると、王家からのオズワルドに対する審査要求は、通常だと数か月はかかる手続きのようだ。
エリーゼには引き続き注視させているが、急にアーヴィング家やセドリック家が動く可能性は低いようだ。また別の名目を得れば話は別だが、形式的には王家から釘を刺された形になる。しばらくは奴らも大きな動きは取らないだろうとの見方だ。
その間に裏市場の地盤を固めつつ、アーヴィング家を攻める策を考える時間にしても良さそうだ。今はアーヴィング家をどう押さえるべきか、まだその糸口は掴めていない。
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俺は久しぶりにカインの様子を見に行くことにした。巡花の拠点の近くで落ち合う。
「久しぶりだな」
俺はそう声をかけた。
「ああ。最近は巡花の再編にかかりきりだった」
「巡花は今、どうなってる」
「ようやく落ち着いてきた。薬草採取だけじゃなく、他の依頼もこなせるようにした。ファーレン家の顔色を窺う必要もなくなったからな」
「仲間たちの様子は」
「以前より随分と明るくなった。無理な量を押し付けられることもなくなったしな」
カインには緑葉と深紅について、俺の考えは伝えてある。
麻薬ではあるが比較的、依存性の低い緑葉は嗜好品として生産と流通を継続すること。深紅は量を絞って流通させることで、緑葉では満足できない層に新たな麻薬生産へ目を向けさせないこと。
表向きには、深紅の素材は沈痛の素材採取という名目で、冒険者ギルドで採取依頼を続けさせている。
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「あんた自身はどうなんだ」
俺はそう尋ねた。
「悪くない。ようやくまともな仕事ができてるって実感がある」
カインはそう言って少し笑った。以前の疲れた表情とは明らかに違っていた。
巡花は、ファーレン家の命令で麻薬の素材ばかりを収集させられ、原料への加工までやらされていた。自分達の仕事が麻薬依存者を増やしていることは理解しつつも、五大貴族に逆らうことで仲間たちがどんな目に遭わされるか。カインはその板挟みになっていた。
収集の難易度が高い深紅の素材は継続して巡花で請け負ってもらっているが、名目上は医療用薬品の素材としての依頼になっている。麻薬に加工していることは頭であるカインしか知らないし、加工はスラムで食い詰めている無い連中にやらせている。巡花のメンバーは本業へ集中できるようになった。
今は、冒険者ギルドの本来の業務である、正規の市場に出回る素材の収集や、魔物の討伐依頼が効率良くこなせるところまで体制が整ったようだ。
「仲間の中には家族に仕送りを始めた奴もいる。以前の稼ぎじゃ考えられなかったことだ」
その報告に俺は内心、頷いた。
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「ギルドの方は」
「そっちもいい方向に進んでる。ルーシャ様が討伐依頼で随分と活躍してくれてる」
「本当か」
「ああ。あの人が一人加わっただけで、討伐効率がまるで違う。無用な怪我人も減った」
「他には」
「以前は危険な依頼を無理やり押し付けられることもあったが、今はそういうこともなくなった。ギルドの運営自体が、まともになってきてる証拠だと思う」
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カインと別れた後、俺は冒険者ギルドの前まで寄ってみた。
ギルドの建物を眺めていると、以前より出入りする冒険者と思われる人間の数も増えているようだった。
「良い傾向だ」
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その数日後、セラフィナの家に顔を出しに来たルーシャと偶然会った。
今、彼女がどんな生活をしているのか、聞いてみるのも良さそうだ。
「ルーシャ。あんたの活躍ぶりを、カインから聞いた」
「当然。私に任せておけば、間違いないから」
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「一つ聞いていいか」
俺はそう切り出した。
「冒険者ギルドでの仕事は、性に合ってるのか」
「合ってる。現人神として祭祀の場に立たされる以外にすることの無かった頃より、よっぽど楽しい」
ルーシャはそう言って笑みを浮かべた。
「本当の意味で自由になった、って感じがする」
ルーシャはそう続けた。
「薬で従わされていたときと違って、誰かに命令されるんじゃなく自分の意思で依頼を選べる」
「以前の立場と今の生活はそんなに違うのか」
「全然違う。あの頃は常に見張られて、祭祀の日以外はろくに外にも出られなかった。今はこうして自由に街を歩ける」
「それは良かった」
「あなたのおかげって、言えばいいのかしらね」
その言葉に俺は少し、考えた。
「礼を言われる筋合いはない。ファーレン家を押さえる目的の一つに、あんたを利用することが含まれていただけだ」
「そういう遠慮のない言い方、嫌いじゃないわ」
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「私、現人神という立場に矜持を持っているの」
ルーシャは意外なことを言った。
「この国で最も強い武人の称号。事実、戦いの数は少ないけど、あなた以外には負けたことがない」
「そうか。あれだけの力だ、俺だって勝ったとは思っていない。逃げ回っただけだ」
「どんな相手でも逃がさず勝てる自信があった。それがあなたには通用しなかった」
いつになく真剣な表情で続ける。
「あなたに「戦闘の経験不足」って言われて、考えた。それはあなたが暗に、私に経験があればあなたの意味の分からないスキルを打ち破れる、そういう意味だと思ったの」
「そうだな。あんたの身体能力と"神域"の力があるからこそ、俺も逃げ回るしかなかっただけだ」
「私は、どんな相手だとしても逃げ回るという選択が思い浮かばなかったと思う。あなたがその手本を示してくれたから、今は理解できるけど」
俺は静かにルーシャの話に耳を傾ける。
「私はあなたに感謝してるの。ファーレン家と麻薬から私を解放してくれたこと」
「あなたがやろうとしていることも、ある程度は分かってる。五大貴族家の裏の仕事をあなたが押さえようとしていること。それでこの街が良くなってきていることも」
「私ならどうやったらこんなことができるんだろう、ってずっと考えてた」
「結局、何が言いたいんだ」
「私があなたに協力するのは、あなたの考えや行動を見たいからなの。戦闘だけじゃない。こういうことがきっと経験として、私の選択肢を増やしてくれるはずだと思ってる」
なるほど。そういうことか。
負けた相手に勝つための成長をしたいが、その方法が分からないと言ったところか。
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「あなたは私のこの考えはどう思う」
「間違ってはいない。戦闘の引き出しは戦闘でしか得られない訳ではないしな」
「よかった」
「ただし、あんたは素直すぎる。俺で良ければ、一つ助言をしてやろう」
「なに、どんなこと」
「俺の喧嘩の流儀だが、どれだけ相手に得意なことをさせないか、相手の嫌がることをするかを常に考えていた」
「例えば」
「そうだな。分かりやすいところだと、打撃の得意な奴と戦う場合。泥や水場などの足場の悪い所、狭い室内などの拳や蹴りが自由に打てない場所へ誘い込むと、相手は実力を発揮できなくなる。他には、こちらは武器を使って相手の攻撃が当たらない距離から攻撃する、とかだな」
「相手に実力を出させない方法を考えろ、ということね」
「そうだ。俺があんたにやったこともまさにそれだ。力や技を鍛えるだけが戦いじゃない。あんたは圧倒的な力があるだけに、こういうことを考える必要が今までなかったかもしれないが、それでは通用しない相手にこれから出会うかもしれない」
「なるほど。分かった。とても参考になった」
俺は前世では決して喧嘩最強だった訳ではないが、常に自分が有利、あるいは相手が不利になる状況を作ることで、喧嘩に負けることはほとんどなかった。これは身体を鍛えるとか技を磨くのとは別の話だ。
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「これから魔物討伐に行くの。一緒に来る」
「今日は遠慮しておく」
「つまらない。まあいいわ。また今度ね、トーア」
ルーシャはそう言って軽く手を振り、去っていった。
*
その背中を見送りながら、俺はこれまでの駒たちとの関係を頭の中で整理した。
恩を売ることで繋がったガロやカインとの関係。実利で繋がったサガンとの関係。そしてルーシャはまた少し違う協力関係が築かれつつあった。
前世では、こういう利害を超えた繋がりを持ったことはほとんどなかった。強いて言えばガキの頃、まだ組織に染まる前につるんでいた連中との関係に少し似ているのかもしれない。
俺に関わることで少しずつ、それぞれの居場所を見つけていく人々。その様子を見ながら俺は、この道のりがまだしばらく続くことを改めて実感していた。




