第74話 アーヴィング家の影
俺たちはすぐさまグラナイトの酒場へと向かった。
幸い、オズワルドはまだ店にいた。
「こんな時間に何の用じゃ。何かあったのか」
「ああ。詳しく説明している時間は無いが、今すぐ身を隠してほしい」
「どういうことじゃ」
「セドリック家から、あんたの逮捕命令が出た情報を掴んだ。おそらく三、四時間のうちに捕吏がここに来る」
オズワルドは少し驚いたような顔をした。それでもすぐに頷いた。
「そんなことになっておるのか。最近目立ちすぎたせいかのう」
「そうだろうな。今、あんたが貴族に捕らわれる訳にはいかない。すぐに動いてほしい」
*
「その前に、表向きの責任者をあんた以外の誰かに変える必要がある。グラナイトの長としての、あんた宛ての逮捕命令を無効にできるかもしれない」
その話を聞いて、オズワルドは少し考え込んだ。
「儂の代わりに、若いのを矢面に立たせるのか」
「今、逮捕状に名指しされてるのはあんただ。あんたが既に責任者でなくなれば、その令状は意味を持たなくなるかもしれない」
オズワルドは黙り込む。
「今のグラナイトからあんたがいなくなることは避けたい。理由は分かるな。納得してほしい」
その言葉で、オズワルドは決意したような表情を浮かべ、一人の男へ向けてこう言った。
「ヴィンス、聞いた通りじゃ。儂の代わりをやってくれるか」
「もちろんだ。散々おやっさんに世話になった身だ。例え貴族に殺されても文句は言わねえ」
ヴィンスと呼ばれた男はそう言い、快諾した。
「このヴィンスという男は」
「若い連中の取りまとめをさせておる。儂とは違い頭の回る男じゃ。セドリック家が端から儂を殺す気じゃなければ、何とか切り抜けてくれるであろう」
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俺はすぐさま、セラフィナに指示した。
「ヴィンスへの代表者の変更手続きを、正式な書面で残しておいてくれ」
「はい。日付も今、この瞬間にしておきます」
セラフィナが素早く書類を作成していく。
「時間はなさそうじゃ。儂はまず石棺へ逃げることにする。ヴィンス、すまんがしばらくは任せた」
オズワルドは店の裏口から姿を消した。
*
「エリーゼ、聞こえるか」
俺は魔道具に、再び呼びかけた。
「はい」
「オズワルドは既に責任者ではなくなった。今はヴィンスという者が代表だ。先ほど言っていた審査の異議に使えそうか」
「分かりました。捕吏の到着を遅らせるのは難しいですが、こちらから正式な再審査を要求する、という形で進めます」
「どれくらい効果がありそうか」
「セドリック家も無視はできません。王家との無用な軋轢は避けたいはずです。時間稼ぎ程度にはなるはずです」
その提案に俺は内心、頷いた。実権のない王家の、僅かに残された建前上の権利。それでも使い方次第では、確かな武器になる。
*
その夜、捕吏がグラナイトの酒場を訪れた。だがそこにいたのは、オズワルドではなく新たにグラナイトの代表者となったヴィンスだった。
「オズワルドという人物は」
「オズワルドは先代の代表だ。今は俺が代表を務めてる。何か用か」
その返答に捕吏たちは、明らかに戸惑っていた。名指しされた当人が既にこの場にいない。しかも王家からの審査要求という、面倒な手続きまで発生していた。捕吏ではどうすべきか判断できない。
「今回はこれで引き上げる。追って沙汰があるだろう」
捕吏の頭らしき男がそう言い残し去っていった。一旦はこの場は凌ぎきったようだ。
外から様子を眺めていた俺はひとまず安堵した。しかしまだ油断はできない。
*
翌日、俺は再びエリーゼと魔道具を通じて話をしていた。
「今回の一件、なぜこれほど急にセドリック家が動いたのか気になっています」
エリーゼがそう切り出した。
「あんたの天啓は、何か示してるのか」
「はっきりとは見えません。ただ漠然と、セドリック家の背後に別の家の影があるような、そんな感覚があります」
「別の家、というのは」
「今回の捕吏の中に、アーヴィング家の紋章をつけた兵士が混ざっていたという報告を、末端の職員から受けました。司法家系の実行部隊にしては、少し不自然です」
その情報に俺は、頭の中で素早く繋げた。
「セドリック家単独の動きじゃない、可能性があるということか」
「はい。アーヴィング家が実行部隊として、セドリック家に協力してる。あるいは、その逆かもしれません」
「軍事と司法。二つの家が手を組んでるとしたら、厄介だな」
「そうですね。ただ、今は王家の審査要求を出してあります。これはすぐには終わらない手続きのため、しばらく時間を稼げるでしょう。その間に何か情報があればお知らせします」
「分かった。今回は助かった。何か礼になることがあれば言ってほしい」
*
「それならば。一つお願いがあります」
「何だ」
「私とまた直接会って下さいませんか。直接伺いたいことがあります」
この女が聞きたいことは想像できる。以前会ったときに伏せたことだろう。この王女はもっと深い部分を知りたがっているのではと推測する。しかし、この女は天啓という力を持っている。この力のことは詳しくは分からないが、迂闊なことを言うとどんな影響があるのか分からない。
「今じゃだめなのか」
「ええ、できれば直接、伺えれば」
「何を聞きたいのか分からないが、まあいいだろう」
「ありがとうございます。それでは早速、明日の正午、以前お会いした広場の外れにある小屋まで来て下さいますか」
*
このやり取りを横で静かに聞いていたセラフィナへ尋ねてみる。
「どう思う」
「恐らく、エリーゼ様はトーア、あなたの目的や正体について知りたいのでしょう」
「やはりそうか。俺もそう思う」
「どうするつもりですか」
「分からない。今はあんたしか俺のことは知らないが、これを他の者へ言うことの影響が読めない」
セラフィナは少し考えて、こう言った。
「私は、エリーゼ様には明かしても良いと思います」
「なぜそう思う」
「今回の件、いくら王族とはいえ、エリーゼ様にとっても危ういことになるはずです。セドリック家から見ると、王女が裏社会の武力組織の味方をした構図となります」
「そうかもしれないな」
「私は時々、エリーゼ様と通信で会話しています。国を変えたいという想いは伝わってきますが、自分に力がないことを度々嘆いておられました」
「そうか」
「はい。今回のことはおそらく、ご自身が危険を冒してでもあなたに協力する、という意思表示のようにも見えるのです」
「セラフィナ、あんたはそう思うんだな」
セラフィナはこう断言した。
「はい。今回、エリーゼ様はご自身の有用性を証明して見せました。それなら、彼女へもあなたの情報を伝えることで、今後も同様に手を借りれると思います。また……」
「なんだ」
「エリーゼ様は自身の手札を先に全てあなたへ晒した形になります。それならあなたの手札も見せること、それが彼女の信頼を得るために、公平な気がします」
俺はセラフィナの言葉を聞き、考え込む。
思い返せば、前世の俺の人間関係は、恐怖と実利のみで構成されているものが大半だった。セラフィナやガロ、ルーシャたちとの、信頼という目に見えない関係性はこの世界で初めて得たものだ。
どちらが良いのか、俺には判断できるほどの経験がない。それでも、この世界に来てからこれほどスムーズに事を運べているのは、間違いなくこういった要因もあるだろう。それなら、この関係性を強化することも今後のためになるはずだ。
「分かった。エリーゼにも話ことにしよう」
「ええ、その方が良いと思います」
「明日はセラフィナ、あんたも同行してくれ。唯一、俺の事を知るあんたにも念のため立ち会ってもらいたい。エリーゼに口外できない契約もしたい」
*
今回の件は、結果として王女であるエリーゼの助力によって危機を逃れることができた。また、セドリック家だけではなく、アーヴィング家の影が見えることの情報を得ることもできた。事前に情報を得られることの貴重さは、前世の頃から身に染みて理解している。
今後もエリーゼの助力を得るために、この世界に来てからセラフィナ以外に初めて俺の情報を明かすことにした。これがどう出るかは、まだ分からない。ただ、情報を明かすことにより得られる信頼というものも、俺自身が無視できないと思いつつあった。




