第73話 迫る手
「トーア、とにかく私の家まで急いで下さい」
俺を急かすセラフィナ。彼女がここまで焦るのは初めてだ。余程のことだろう。とにかく速足で彼女の家まで急ぐ。
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セラフィナの家に着くと、机の上にあの通信用の魔道具が置かれていた。淡い光を放っている。彼女の表情には、まだ隠しきれない焦りが残っていた。
「エリーゼと通信が繋がっているのか」
「はい、そうです。まずは王女殿下、エリーゼ様の話を聞いてください」
待たせている人というのは、このエリーゼのことだったのだろう。
「エリーゼ、聞こえるか」
俺はそう声をかけた。
「トーア、良かった。すぐに伝えなければならないことがあります」
その声には切迫した響きがあった。
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「何があった」
「セドリック家が動いています。グラナイトのオズワルドに対して、冤罪による逮捕命令が既に出されました」
その一言に俺は内心、緊張を強めた。
「冤罪、というのは」
「詳しい罪状はまだ掴めていません。ただ、司法家系の名の下に、密輸への関与という容疑がかけられていると聞いています」
「証拠はあるのか」
「恐らく捏造でしょう。セドリック家はそういった手段を平然と使います。証拠の有無自体、彼らにとっては大きな問題ではありません」
「実行はいつだ」
「今夜です。既に捕吏が動き始めていると」
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「なぜそんなに急いでるか分かるか」
「恐らく、この街でのグラナイトの急激な勢力拡大に、セドリック家が警戒を強めたのでしょう。今のうちに芽を摘んでおきたいのだと思われます」
「あの老人一人を狙ってくるとはな」
「組織の要を確実に叩く。理にかなったやり方です。セドリック家という家系は、力ではなくこういう、じわじわとした手口を得意とするようです」
俺は頭の中で素早く状況を整理した。
俺という存在を隠している以上、今の状況はグラナイトの勢力拡大に映るのは当然のことだ。
オズワルドという求心力が貴族に捕らわれることで、グラナイトが機能不全に陥ることは目に見えている。グラナイトの元でせっかく軌道に乗りかけた裏稼業が破綻しかねない。
破綻するだけならまだしも、もしオズワルドが殺されるようなことがあれば、怒り狂ったグラナイトの連中がセドリック家に殴り込みかねない。そうなると、俺達の裏稼業を取り締まる口実を与えてしまう。今までの成果が全て失われるだけでなく、グラハム家、ファーレン家、オーレリア家の裏稼業を俺が乗っ取った実態も見えてしまうだろう。
そうなってしまうと、俺やセラフィナはもちろんだが、ガロ、ルーシャ、サガンといった協力者たちも捕まるか、お尋ね者として追われる身となるだろう。もう挽回は不可能になる。
今、オズワルドを渡すわけにはいかない。
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「今から間に合うか」
「今すぐ動けば、恐らくまだ間に合います」
「詳しい場所と時間は」
「捕吏が集結するのは司法家系の詰め所です。そこからグラナイトの酒場へ向かうはずです。距離から考えて、あと三、四時間ほどで到着するかと」
「三、四時間か」
俺はそう呟いた。決して余裕のある時間ではない。
「エリーゼ、あんたはどこからこの情報を」
「私の"天啓"のことは以前にお伝えしましたね。時間が無いので詳しい説明は省きますが、天啓による予知と、貴族院の末端の職員から偶然聞けたことです。」
「そうか。助かる」
「これくらいのこと、あなたと繋がっている証として当然です。私にできることは、こういう形の協力しかありません」
その言葉には、僅かな誇らしさが滲んでいた。表舞台の情報網という、この王女の価値が、今まさに証明された瞬間だった。
*
「これからどうしますか」
セラフィナがそう尋ねてきた。
「まずはオズワルドを、安全な場所に逃がすことが最優先だ。次に、表向きの責任者を一時的に別の人間に変える」
俺はそう頭の中で、段取りを組み立てていった。前世でもこういう、急な手入れの情報を掴んだ時は、何よりも速さが全てを決めた。躊躇っている暇はない。
「代わりは誰に」
「グラナイト内の誰かにやってもらうしかない。今、他の責任者をじっくり選ぶ余裕はない」
「責任者を変えるだけで、意味があるのですか」
「逮捕状には恐らく、オズワルドという個人の名前が明記されてるはずだ。あの男が既に責任者でなくなれば、令状そのものが意味を持たなくなる可能性がある。書類上の抜け穴だ」
「なるほど。狙われているのはあくまで"名指しされたその人物"というわけですね」
「そうだ。俺の前世でたまに使われた手法だ。この国とは法律が違うだろうから絶対に通用するとは言えないが、やらないよりはましだ」
「なるほど。捕吏そのものは、どうしますか」
「無闇に敵対する必要はない。オズワルドさえ確保できなければ、向こうもすぐには動けないはずだ」
俺はそう判断した。
*
「エリーゼ、あんたには引き続き、貴族院の動きを見張っておいてほしい。それともう一つ頼みがある」
「何でしょうか」
「こちらの段取りを終わるまで、少しでも時間を稼ぎたい。あんたの立場で何かできることはあるか」
「王家には重大な案件について、審査に異議を唱える権利が、形式上残っています。ほとんど使われたことのない名目上の権利ですが、それを使えば多少の時間稼ぎにはなるはずです」
「それで頼む」
「分かりました。何か進展があれば、すぐに伝えます」
通信を切った後、俺はセラフィナに向き直った。
「急ぐぞ」
「はい」
俺たちはすぐさま、セラフィナの家を飛び出した。グラナイトの酒場まで、時間との勝負だった。
*
この街の裏側に確実に、根を張り始めていた俺たちの支配。その目に見える広がりが皮肉にも、敵の目を引き寄せる結果になっていた。目立ちすぎることの代償が、こうして思わぬ形で跳ね返ってきた。
前世でも、急速に勢力を拡大しすぎた組織が、他の組織や警察の標的にされる場面を何度も見てきた。この街でも同じ理屈が当てはまるということだろう。
天秤の傾きが、ここで逆に振れることだけは避けなければならない。オズワルドという一人の老人の運命が、今この一手にかかっていた。




