第72話 街の変化
オーレリア家の一件から一か月ほどが経った。
グラハム家の闇金融に始まり、ファーレン家の麻薬市場。そして今回のオーレリア家の裏の顔である花翳、石棺、揺籠を押さえ、これらの供給元である人身売買や、他国への密輸を潰した。その結果、この街の裏市場は全て俺の管理下の置かれる形となった。
これだけ大きな変化をこの街に根付かせるにはまだまだ期間が必要だろう。事実、この急な変化に対する戸惑いもあったり、私腹を肥やしていた連中の反発もあった。
この一か月ほどは主にグラナイトに、そういった連中への説明や、強い反発に対する押さえをやってもらっていた。俺という存在はまだ隠しておきたいため、あくまで表向きはグラナイトが取り仕切っている形を取っている。俺は裏で、グラナイトの長であるオズワルドと協議し、指示を出していた。
それが少し落ち着きを見せたタイミングで、俺はセラフィナと共に街の様子を見て回ることにした。
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「随分と雰囲気が変わりましたね」
セラフィナが明るい表情でそう言った。
彼女はオーレリア家との一件で、初めて自分の手で人を「処理」することがあった。
俺は、人殺しは向き不向きがあると思っている。罪の意識に押しつぶされたり、フラッシュバックに悩まされたりで精神を病んでしまう奴を多く見てきた。今のところセラフィナにはその兆候は見られないが、彼女の心中で上手く整理できたのだろうか。
「そうか。俺はまだこの世界に来てそれほどの期間が経ってない。どう雰囲気が変わった」
「以前は異種族の姿を見かけることはほとんどありませんでした。おそらく、今回の一件が各種族にも伝わっているのでしょう。数は少ないですが、今は普通に街を歩いています」
実際、街の通りにはエルフやドワーフの姿が、ちらほら見えるようになっていた。
確かに言われてみれば、俺はこれまでに街で彼らを見かけることは無かった。もともと街にいたのかもしれないが、攫われることに怯えて姿を隠していたのかもしれない。それがこうやって姿を見せていることは、街が大きく変わったことの証明の一つだろう。
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「巡花の再編も順調に進んでるようです」
セラフィナはそう話題を変えた。俺もカインからの報告も受けている。
「カインさんも随分と忙しかったようですね。冒険者ギルドも少しずつ健全化してきているようです」
「そうらしいな。近いうちに一度、カインへ話を聞きに行ってみる」
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その後、俺は波影の詰め所にも立ち寄った。サガンが部下たちに、何やら指示を出しているところだった。
「調子はどうだ」
俺はそう声をかけた。
「悪くない。最近、新しい仕事にもようやく慣れてきたところだ」
以前までは、波影はオーレリア家の裏の顔を支える商船護衛、つまり他種族の人身売買や他国への密輸品の運搬を主な業務としていたが、今は表向きの商船護衛を続けながら、グラナイトと連携して石棺や揺籠の商品を護衛する仕事に切り替えつつある。
「部下たちの反応は」
「最初は戸惑ってた奴もいたけどな。正直なところ、前までの「密輸品」の運搬は参ってる奴もいた。啜り泣く声を聴きながら仕事してたんだ。それも仕方ねえ。だが今は正規の商船護衛に切り替えた分、堂々と仕事ができる」
サガンはそう言って、快活に笑った。
「ドレットの代わりの人材は」
「まだ育成中だ。ただ、あんな奴が二度と出ないよう、しっかり目を光らせておく」
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道の途中で、俺たちはリタと出くわした。オーレリア家の商品として攫われてきた少女だ。以前より随分と明るい表情をしていた。
「トーアさん、セラフィナさん」
リタはそう言って、駆け寄ってきた。
「元気そうだな」
「はい。今はセラフィナさんの紹介で、商店の手伝いをしています」
「そうか。孤児院には連絡してるのか」
「はい、手紙でやり取りしています。少ないけど毎月仕送りもできるようになりました」
おそらくスラムの連中から、俺のことは多少聞いているはずだが、怯える様子はない。結果的に俺によって助け出され、働き口が見つかり、食べることに困らなくなったことを感謝しているようだ。それならそれでいい。
「あの後、他の子供たちは」
俺はセラフィナへそう尋ねた。
「何人かは故郷の家族の元へ送り届けました。それ以外の子も、リタのように働き口を探していた子は、この街でまっとうな仕事に就けるよう手配しています」
セラフィナがそう補足した。
「良かった」
リタはそう言って小さく微笑んだ。
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その様子を見ながら、俺はこれまでの道のりを振り返った。
「バルドやイグナーツの様子は」
俺はそうセラフィナに、尋ねた。
「バルドは相変わらず、大人しく政務をこなしています。イグナーツも同様です。二人とも今のところ、反抗する意思は感じられません」
「ロレンツォもいずれ同じようになるだろうな」
「恐らく。ただあの男は反骨心をまだ持っているだけ、他の二人より少しは時間がかかるかもしれません」
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街の様子を見て回った数日後、セラフィナから話があった。
「オズワルドさんから伝言が届いています」
「何だ」
「花翳、石棺、揺籠。全て順調に運営が切り替わっているとのことです。若い連中にもそれぞれ新しい仕事の割り当てを進めているとのことです」
「悪くない報告だ」
「花翳の方は、媼さんが残った者たちの生活の面倒を丁寧に見ているそうです。以前とはまるで違う、落ち着いた雰囲気になっていると」
「そうか。混乱が無いならそれでいい」
「石棺ではゴドウィンさんが、新しい生産品目をいくつか試しているようです。ドワーフたちの加工技術を活かした日用品の製造も始めたとか」
「あの男らしいな。実利があれば何でもやる。任せておいて問題ないだろう」
「揺籠は、借金のカタとして送られてきた者が既に数人います。それと自ら志願して、報酬目当てに来る者も少しずつ増えているようです」
「無理やり絞り取られる場所から、自分の意思で稼ぎに来る場所に変わったわけか。想定通りだな」
「はい。以前のあの陰惨な光景とは全く違う雰囲気だと聞いています」
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「他にもグラナイトでは、これまでは余裕が無くて受け入れできなかった者を、少しずつ受け入れしているようです。シンダーズが無くなったことと、縄張りが増えて食い扶持が得られるようになったからと」
「そうか。オズワルドには奴なりの理念があるから問題はないと思うが」
「トーア、あなたには逆らわないようにしっかり教育しているから安心しろ、とのことです」
グラナイトという組織が、この街の裏側で確実に機能し始めている。オズワルドが望んでいた「若い連中の生きる道」が少しずつ形になりつつあるようだ。
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その夜、ねぐらの一つにしているスラムのある宿で休もうとしていた。
入口の木戸が三回ノックされる。
「トーア、いますか」
また三回、ノックされる。
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俺はこの街で、いくつかのねぐらを毎日変えて暮らしている。俺がいつ、どこのねぐらにいるかは、セラフィナにしか伝えていない。
また、「余程の事」が無い限りは、セラフィナにも俺のねぐらには来ないように言っている。俺の居場所の特定を避けるためだ。
つまりこうしてセラフィナが訪ねてくるのは、余程の事が起きた、ということだ。
また、もしセラフィナが俺のねぐらに来る場合の符丁を決めてある。
一つ例を挙げると、ノックを二回してセラフィナが名乗り、またノックを二回する。この場合、セラフィナが何者かに脅されて無理やり俺のねぐらに来ていることを意味する。
今回の符丁は「緊急事態」であることを指す。
まずはセラフィナや俺に危険が無いことに安堵しつつも、セラフィナを部屋へ招き入れた。
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少しセラフィナの顔に焦りの様子が見える。
「どうした、何があった」
「緊急です。今、私の家に人を待たせています。私の家に移動してから話をしましょう」
つまり、人には聞かせられない話ということか。今ここで余計な問答をしている場合ではなさそうだ。
「分かった。行こう」
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街は良い方向に変わりつつある。しかし急激な変化は当然、俺達の行動が露見するリスクになっていることには間違いない。天秤の傾きが元に戻りかねないことではなければいいが。まずはセラフィナの家で話を聞くことからだ。




