第68話 義理の行方
翌日、俺は再びガロとルーシャを連れ、波影の詰め所を訪れた。
「今日はサガンがいるはずだ」
ガロがそう確認するように言った。
「ああ。昨日と同じ手順で頼む」
俺は二人にそう告げた。
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詰め所に足を踏み入れると、昨日と同じように複数の男たちがこちらに視線を向けた。ただ、その様子には昨日とは明らかに違う緊張感が漂っていた。ドレットの失踪が既に噂として広まっているのかもしれない。
「サガンに会いたい」
俺はそう告げた。
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しばらくして、奥から一人の男が姿を見せた。
身長は190cm~2mほどの巨体に引き締まった体躯、顔や腕には歴戦の傷跡が刻まれている。そして厳つい顔立ちの中に落ち着いた目つき。ドレットとはまるで違う、静かな威圧感があった。
「俺がサガンだ。俺に話があるってのはあんたか」
「そうだ」
「それで俺に、何の用だ」
周囲の男たちは遠巻きにこの様子を見守っていた。誰も口を挟もうとはしない。サガンという頭の判断を、静かに待っているのだろう。この統率の取れた空気こそが、シンダーズとは決定的に違う部分だった。
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応接間らしき部屋に通されて、一対一の会話となった。
「まずはあんたの部下、ドレットのことだ」
俺はそう切り出した。サガンの表情が僅かに動いた。
「あいつがどうした」
「昨日、始末した」
「……やはり、そうか」
サガンはそう小さく呟いた。
「昨日から姿が見えないと聞いていた。嫌な予感はしてたんだ」
サガンはしばらく沈黙していた。それから静かに口を開いた。
「……そうか」
その反応に俺は内心、少し意外に感じた。もっと激しい反発が返ってくると思っていた。
「驚かないんだな」
「驚きはしない。いずれこうなるだろうと思ってた」
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「ドレットの波影でのことは知ってたのか」
「そりゃこう見えても頭だからな。知ってた。あいつのやり方は行き過ぎてた。何度も注意したが、あいつは聞く耳を持たなかった」
「なぜ放置してた」
「古株だったからだ。組織の古参の人間を、簡単には切れない。それにあんなだったが、能力は確かだった。使い勝手が良かった分、目を瞑ってた部分もあるが……」
他にも何か言いたそうだったが、少し間を置いてこう続けた。
「あんたが始末してくれたことに、感謝すべきなのかもな」
サガンはそう言って、自嘲めいた笑みを見せた。
「いずれ俺自身が始末しなきゃならないと思ってたやつだ。それをあんたが代わりにやってくれたと思うことにする」
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「で、わざわざ関係ない組織のごたごたに首を突っ込んで終わりじゃないだろう。何か目的があってこんなことしたんだろ。一体何の目的でこんなことしたんだ」
「そうだ。本題に入る」
俺はそう続けた。
「オーレリア家の裏稼業を俺が潰す。そのために、あんたたち波影を俺の傘下に収める」
サガンはその言葉に目を見開いて、こう言った。
「あんた、何を言っているのか理解してるのか。そんなことできるはずがないだろう」
「俺は既にグラハム家の闇金融、ファーレン家の麻薬組織を支配化に置いている。いきなりこんなことを言われて今は信用できないかもしれないが、証拠を見せることもできる」
この言葉に、サガンはしばらく黙って考え込んだ。
*
「……つまり、オーレリア家の闇市場を管理している俺たちを取り込むつもりか」
「そうだ。花翳、石棺、揺籠。全て既に内情は掴んでる。あんたの部下も、あんた自身も、これまで通りの居場所を失うことはない」
この言葉に、サガンはまた黙って考え込む。言葉を荒げるでもなく、一方的に拒否するでもない。この男は、見た目にそぐわず慎重な人物らしい。これだけの闇市場を管理する組織のトップなだけはある、ということか。
「見返りは」
「今よりまともな待遇になる。少なくとも、ドレットのような人間に振り回されることはなくなる」
サガンはしばらく、考え込んでいた。
「部下たちの生活は」
「保証する。奴隷契約などで縛るのではなく、実利で繋がる関係にする」
「あんたの申し出を拒否したらどうなる」
「ここまで話したんだ。ドレットを見れば分かるだろう。出来ないとは思うなよ」
この言葉にサガンは一瞬眉を顰めるが、すぐに元の表情に戻る。
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「一つ聞いていいか」
サガンがそう切り出した。
「あんたは何のために、こんなことをしようとしてる」
「この国の歪みを正すためだ」
「随分と大層な理由だな」
「善意じゃない。結果としてそうなってるだけだ」
その答えにサガンは小さく笑った。
「その方がまだ信じられる。綺麗事だけの人間は大抵、信用できない」
「あんたも部下への義理を大事にしてきたそうだな。そういう男の方が俺には扱いやすい」
「褒められてるのか皮肉なのか、分からんな」
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少し間を置いた後、サガンはこう呟いた。
「俺も今の状況を良しとしている訳じゃない。貴族の私腹を肥やすために、女子供や他種族を苦しめていることはもちろん分かってはいる。だが、俺だけが反発したところで殺されて終わりだし、部下たちがどうなるか目に見えている。だが……」
「だが、何だ」
「もしあんたに、本当にこの状況を変える力があるなら、今までの行いの償いにはならないかもしれないが、協力することもできなくもない」
「曖昧な言い方だな。何を言いたい」
「あんたは既にグラハム家とファーレン家の裏稼業を支配化に置いたと言った。嘘じゃなければそれだけの力があるんだろう。今、危機に陥ってもどうにかできる自信があるからこやって俺と話をしてるんだろうが、俺にはあんたにどれだけの力があるのかまだ分からない。だから」
そう言うなり、サガンは目にも留まらぬ速さで俺に殴りかかってきた。
俺はあえて、その大きな拳を顔面で受け止める。
一瞬大きな衝撃を受けたが、次の瞬間、サガンの巨躯が後方へ大きく吹き飛んだ。
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「……な……なに……が……」
自分の打撃が自分に反射されたことは理解できていない様子だ。まだ何が起きたか分かってないだろうが、これ以上、俺のスキルの情報を与える必要もないだろう。
俺は倒れているサガンを見下ろし、こう言った。
「ご覧の通り、俺も戦うことはできる。あんたの不安は解消できたか」
よろめきながら体を起こそうとするサガンに向けて、こう続けた。
「俺だけじゃなく、他にも強い協力者もいる。他にも、俺には優秀な参謀も付いている。妄想を語っている訳ではないことは、これから理解してもらえばいい」
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「答えは」
俺はそう促した。
サガンはしばらく、俺の顔を見つめていた。それから静かに頷いた。
「分かった。波影はあんたの下につく」
「賢明な判断だ」
「賢明というより、これ以上部下を危険に晒したくないだけだ。あんたが口だけではないことは理解した。ドレットのような失敗を繰り返すつもりはない」
「分かった。悪いようにはしない。俺の名前はトーアという。これからよろしくな」
慎重な男だが、望み通りの答えを得られたことに俺は満足してこう返答した。
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「一つ気になることがある」
サガンがそう切り出した。
「ロレンツォにはこの件をどう報告すればいい。定期的な報告の義務がある」
「そこは心配しなくていい。しばらくはこれまで通り報告を続けてくれ。ただし内容は、こちらの指示に従ってもらう」
「偽装しろ、ということか」
「そうだ。オーレリア家が異変に気づく前に、こちらの準備を整える必要がある」
サガンはその説明に、小さく頷いた。
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俺はサガンを連れ、外の広間へと戻った。ガロとルーシャがそこで待っていた。
「決着したのか」
ガロがそう尋ねた。
「ああ。波影は俺たちの下につくことになった」
サガンはその場にいる、ガロとルーシャの姿を改めて、見渡した。
「随分と豪華な面子だな。グラハム家とファーレン家を抑えたことはやはり本当なんだな」
「そうだ。これからあんたら波影にも、彼らと一緒に動いてもらうことになるだろう」
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ルーシャはサガンを、じっと観察するように見ていた。
「あなた、トーアの意味の分からない力にやられたみたいね」
「そうだな。気が付いたら地面に転がっていた」
「トーアにはまだ、私でも勝てないもの。そのうち勝てるようになるために、訓練してるの」
「へえ、現人神でも勝てないのか。俺は手も足も出なかったが、やられっ放しは性に合わない。俺も久々に訓練するか」
物騒な会話をしているようだが、聞かなかったことにする。
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波影の部下たちに向かって、サガンは声を上げてこう言った。
「今日から俺たちはこの男の下につく。異論は認めない」
「一つ忠告しておく」
ガロがそう口を、挟んだ。
「隊長格として部下をまとめてきた経験から言うが、下の人間にはこまめに事情を説明してやった方がいい。急な方針転換ほど不満が溜まりやすいものだ」
「参考にする」
サガンはそう素直に、頷いた。
*
サガンとの交渉はこうして決着した。波影という暴力装置。それが正式に俺の管理下に入った。
なぜこれほどあっさりと、サガンは俺を信用する気になったのか。頭の中でその理由を改めて考えてみた。
もともと貴族が支配する現状に不満があったことは聞いているが、それを変える術を持たず、仕方なく従う他なかったのだろう。グラナイトもそうだが、こういった連中は実績を見せることでより信頼を得ることができるはずだ。
そのためにも、残るオーレリア家の当主、ロレンツォとの直接対峙を制し、この街の裏稼業を完全に俺の手の中に収める。これは必ず成功させなければいけない。




