第65話 揺籠
「石棺の件も報告しておく」
俺はセラフィナに、そう切り出した。
「ゴドウィンという男を、そのまま実務担当として使う予定だ。あの男は契約書さえあれば、雇い主が誰でも構わないと割り切ってる人物だった」
「使い勝手が良さそうな人物ですね。最後は揺籠ですか」
*
オズワルドから聞いた揺籠という施設。その場所をセラフィナに尋ねた。
「揺籠の具体的な場所は」
「街の外れです。石棺のように遠くはありません。徒歩でも三時間ほどで着けるはずです」
「馬車はいらないか」
「今回は歩いて行けます」
*
数日後、俺はその施設を訪れた。外観は小さな研究施設のような建物だった。表向きは魔道具の研究所、という看板が掲げられている。
中に入ってまず目に付いたのは、無数の小さな檻が並んでることだった。その一つ一つに、おそらくフェアリーという種族の者が閉じ込められている。手のひらほどの小さな身体。背中には薄く、透き通るような翅が生えていた。
奥を見ると、透明な繭のような入れ物一つ一つに、フェアリーが横たえられている様子が見える。揺籠に見えなくもないが、これがこの施設の語源だろうか。
その揺籠のような入れ物からは細い管が伸びており、それが大きな結晶状の装置へと繋がっていた。
装置は絶えず、青色の淡い光を放っていた。おそらくフェアリーたちから抜き取られた魔力が可視化されているのだろう。その光の美しさとは裏腹に、揺籠の中の彼女たちの姿はあまりに痛々しかった。
*
俺は近くにあった一つの檻に目を留めた。
「あんた、名前は」
中のフェアリーは俺を見上げた。声は蚊の鳴くような、小ささだった。
「……ミィ」
「ここには、いつから」
「分からない……ずっと前から……」
小さな声でそう答えた後、ミィと名乗るフェアリーは力なくうなだれた。それ以上言葉を続ける気力すら残っていないようだった。
「見学ですか」
*
声をかけてきたのは白衣を着た、一人の女性だった。
「あんたが責任者か」
「マグダと申します。この施設の研究員兼所長です」
その名乗りに俺は僅かな違和感を覚えた。この女の目には単なる実務者とは違う、何か暗い熱のようなものが宿っていた。
*
「フェアリーたちの様子は」
「魔力の抽出効率は順調です。多少、個体の消耗はありますが、許容範囲内です」
「消耗、というのは」
「魔力を絞り尽くせば、当然衰弱します。稀に死に至る個体もいますが、補充は容易ですので」
その淡々とした説明に、俺は内心強い不快感を覚えた。命を単なる資源として扱う言葉遣い。これまで見てきた他の施設の責任者とは、また違う種類の人物だ。
前世には魔力というものは存在しないため、こういう様子を見ることは初めてだった。借金を返済できない奴から、資源として臓器を抜き取って金にすることは俺にとって珍しくなかった。だが、こういう小さな生き物を資源として非情に扱う光景は、そんな俺にとっても不快らしい。これまで自分では気付けなかった感情だった。
*
「あんた、元はどこかの研究機関にいたのか」
俺はそう尋ねた。
「かつては王立の魔道具研究所に籍を置いておりました」
「なぜ辞めた」
マグダはそう問われて、僅かに口の端を上げた。
「研究のためには、生きた被検体が必要でした。国の許可なしに実験を進めていたところ露見しましてね」
*
「実験、というのは」
「魔力の耐性を調べるための、簡単な検証です。被検体は下級の使用人でしたが、上の者たちは大袈裟に騒ぎ立てました」
「その被検体はどうなった」
「残念ながら命を落としました。ですが、貴重なデータが得られました」
その口調には罪悪感の欠片すら感じられなかった。むしろ成果を語る、誇らしげな響きすらあった。
*
「あんた、この仕事を楽しんでるのか」
俺はそう、あえて直接尋ねた。
マグダはその問いに僅かに微笑んだ。
「楽しんでいる、というより興味深いのです。魔力という不可視の力を、こうして可視化し抽出する。この研究は、私の生涯のテーマです」
「フェアリーの命よりも、研究の方が大事だと」
「命はいずれ尽きるものです。ですが、この研究から得られる知見は、後の世に残ります」
その回答に俺は、この女が単なる雇われの実務者とは違うことを理解した。この女自身が、この施設の思想そのものを体現していた。
ゴドウィンのような無関心とは根本的に質が異なる。前世でもこういう、研究のためなら手段を選ばない人間を何人か見たことがあった。信念があるだけに、恐怖や利害だけでは動かせない厄介さがある。
この女をそのまま取り込むことは、恐らくできないだろう。危険な思想を持つ人間として、然るべき処遇が必要になりそうだ。
*
檻の中のフェアリーたちを、俺は改めて見渡した。小さな身体で必死にこちらを見つめ返してくる者もいた。彼らのその目には、まだ消えていない生きる意志が確かに宿っていた。先ほどのミィという名の、あの小さな声も頭の中に残っていた。
揺籠という名のこの場所。本来命を育むはずの名前が、ここでは命を絞り尽くすための装置の名前として機能していた。
花翳、石棺、揺籠。三つの施設、それぞれの実態を俺はこの目で確かめた。次はこれら全てを一気に、片付ける段取りを組み立てる時だった。




