第64話 石棺
「花翳の件、報告しておく」
俺はセラフィナに、そう切り出した。
「媼というまとめ役から協力を取り付けた。内部からの協力者が確保できたのは大きい」
「良い成果です。次はどうしますか」
「どっちでもいいが、石棺に行ってみるか」
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オズワルドから聞いた石棺という施設。俺は、その場所をセラフィナに尋ねてみた。
「石棺の具体的な場所は」
「街から離れた、廃坑になったはずの旧炭鉱の跡地です。ただ」
「ただ、何だ」
「街から徒歩で、丸一日はかかる距離にあります。花翳のように簡単に行き来できる場所ではありません」
この世界は俺の前世より文明が遥かに遅れており、車やバイクはもちろんだが、自転車すらない世界だ。
これまではスラムや首都近辺の徒歩で行ける範囲のことだったが、移動手段については完全に意識に無かった。
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「さすがに徒歩で丸一日は厳しい。何か移動手段はないか」
「馬車が良いと思います。商人や貴族は所有していますので、紋官隊を通じて借りれるかと。馬車なら半日ほどで着けるはずです」
「そうか。ガロに頼んでみるか」
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俺はガロの元へ、向かった。
「石棺という施設まで行きたい。馬車を借りられるか」
「紋官隊の馬車なら手配できる。ただ、馬で早駆けすれば、数時間で着くはずだが」
「馬には乗れない」
「……そうか。じゃあ馬車を、用意しておく」
ガロはそう言って、少し意外そうな顔をした。前世でもこの身体でも馬を扱う機会は一度もなかった。今後、乗馬の練習を考えないといけないかもしれない。
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数日後、ガロが手配した馬車で石棺へ向かうこととなった。
御者はおそらく紋官隊のガロの部下のようだ。余計なことを聞いてこないのはいいが、馬車とはこんなに遅く、乗り心地の悪いものなのか。
前世では俺は、中学生の頃からバイクを乗り回し、組織で頭角を現した頃から車に変わった。エンジンで動く快適な乗り物は有難いものだったのかと痛感させられる。
車はさすがに無理だが、バイクは長い間乗っていたこともあり、自分で整備できるほどの知識はある。この世界にガソリンは無いが、魔道具などで代用できないか。全てが片付いたら、セラフィナに相談してみるのもいいかもしれないな。彼女の真如なら、俺の説明をうまく構造化してくれるに違いない。馬車に揺られているせいか微睡みだした意識の中で、そんな益体もないことを考えていた。
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石棺と呼ばれる旧炭鉱に到着した。
表向きは閉鎖された廃坑と聞いていたが、地下からは金属を打つ音が聞こえてくる。かつてこの街の経済を支えていたはずの坑道が、今は全く別の目的で利用されているらしかった。実態は裏の目的のために今も稼働している炭鉱なのだろう。
入り口付近で警備の男を一人、見つけた。俺はその男をあっさりと無力化し、中へと入っていった。
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地下深くに広がっていたのは、想像を絶する光景だった。何十人ものドワーフと思われる男たちが、鎖に繋がれたまま採掘作業を続けていた。小柄でありながらがっしりとした体格。豊かな髭を蓄えた者も多かった。しかし彼らの痩せ細った身体、そして虚ろな目が、この場所の過酷さを物語っていた。
誰もこちらを見ようとしなかった。抵抗する気力すら既に失われているのだろう。ドワーフといえば本来、鉱物加工の技術に秀でた、誇り高い種族だと聞いていた。その誇りが、この場所では跡形もなく削り取られているようだ。
空気は淀み、粉塵が絶えず舞っていた。まともな換気設備すら整っていないのだろう。
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俺は近くにいた、一人のドワーフに声をかけた。
「あんた、名前は」
ドワーフは俺を、警戒するように見上げた。
「……なぜ聞く」
「少し話を聞きたいだけだ」
「ドルグだ」
「ここにはいつから」
「もう三年になる。故郷の集落が襲われて、連れてこられた」
「家族は」
「分からん。散り散りになった。生きてるかも分からねえ」
その短いやり取りに俺は、この場所の重みを改めて実感した。
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「誰だ、お前」
声をかけてきたのは恰幅の良い、人間の男だった。
「あんたが監督か」
「ゴドウィンだ。ここは部外者が入っていい場所じゃねえ」
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「この連中は、いつからここに」
「知ったこっちゃねえ。俺は上から言われた通り、こいつらを働かせてるだけだ」
その言葉に俺は内心、この男の質を見極めた。悪意というより無関心。命令されたことを機械的にこなすだけの人間に見えた。
「あんた自身は、なぜこの仕事を」
「食うためだ。他に大した理由もねえ。前の仕事が潰れてな。ここなら稼げるって紹介されただけだ」
「後ろめたさは」
「あるわけねえだろ。慣れちまえばただの仕事だ」
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「彼らの待遇を変えるつもりは」
「ねえよ。効率よく採掘量を稼ぐことだけが俺の仕事だ。連中の待遇なんぞ、考えたこともねえ」
俺はその返答に頭の中で、この男をどう扱うべきか算段を立てた。
「ここで作らせてる偽物や、武器のことも知ってるか」
俺はそう鎌をかけた。
「ああ、それか。腕のいい奴に貴族の紋章入りの、酒瓶を作らせたり、武器をこっそり組ませたりしてる。他国に流すためだって話だ。詳しいことは俺も知らねえが」
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「オーレリア家が潰れたら、あんたはどうする」
「潰れる、だと」
「そういう可能性があるという話だ」
ゴドウィンはしばらく考え込んでいた。それから肩をすくめた。
「別にどうもしねえよ。俺は雇われてるだけだ。給金さえまともに出りゃ、雇い主が誰でも構わねえ」
「今の給金は、まともなのか」
「悪くはねえ。ただ、当たり前だがこの場所の仕事を進んでやりたがる奴は少ない。人手を集めるのにいつも苦労してる。上のやつら、きついノルマを指示してくるしな」
その返答に俺は少し、意外な感覚を覚えた。この男にはオーレリア家への忠誠心も思想も何もない。ただの実務者だった。
これは都合が良い。この男をそのまま実務担当として、こちらの管理下に置き換えられれば、施設の運営を大きく混乱させることなく体制を切り替えられる。
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「今後、待遇の改善を指示することになる。従えるか」
「あんたが次の経営者になるのか」
「まだ分からないが、オーレリア家ではなくなる予定だ」
「給金がまともなら、何でもいいと言っただろう。そうなるなら、次は契約書を持ってきてくれ」
ゴドウィンはそう答えて、興味なさそうに目を逸らした。
*
鎖に繋がれたドワーフたちを、俺は改めて見渡した。彼らを今すぐ解放することは、まだできない。それでも、この施設の実態、そしてゴドウィンという男の性質を確実に把握できた。
石棺という名のこの場所。生きたまま石の棺に、閉じ込められた者たちの姿があった。次は揺籠。最後の施設の実態を確かめる必要があった。




