第63話 花翳
「オズワルドからかなり情報を聞けた」
オズワルドから聞いた情報を整理して、セラフィナへ伝えた。
「なるほど。どれもオーレリア家の裏の顔として、大きな資金源になっていそうですね」
「そうだ。仮にオーレリア家を潰したとしても、ここを野放しにすると第二のオーレリア家が出かねない。そうなる前に先に俺が押さえてしまう。それに」
「それに、何でしょうか」
「今よりはまだマシな運営体制にして、グラナイトに任せるつもりだ。あいつらを取り込む手段にする。オズワルドもそれを望んでいる」
オズワルドと話をした方針をセラフィナにも伝えた。
「分かりました。私の仕事も増えそうですね」
花翳、石棺、揺籠を無事押さえることができれば、奴隷契約の解除など、セラフィナの手も必要になってくるだろう。彼女もそれを理解しているようだ。
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「まずはどう動くのですか」
セラフィナからの問いに、俺は少し考えてこう答えた。
「オーレリア家に感付かれる前に、短期間のうちに一気に押さえるべきだとは思っているが……」
「何か気になることがあるのですか」
「俺は人間以外の種族に会ったことがない。これまでの経験にはないことだ。どう攻めるべきか、まだ決め切れていない」
前世の経験から、人間の思考はある程度理解しているつもりだ。しかし、エルフ、フェアリー、ドワーフといった種族は会ったことも話をしたこともない。人間と同じ感覚で考えてもよいものか、判断できずにいた。
「種族ごとに生活の基盤や思想に違いはあっても、そこに大きな違いはありませんよ。今の境遇から救われることを拒絶する種族はいないかと」
確かにそうか、とは思う。他種族と多少交流のあるというセラフィナの発言を信じるしかない。
「その通りだな。やはり一度、それぞれを見てくることにする」
「それが良いと思います。まずはどこに行きますか」
「花翳だな。客として簡単に入り込めそうだ」
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数日後、俺は街から大きく外れた、闇風俗の区画に足を踏み入れた。
前世でもこういった街の管理をしていたが、闇風俗街の独特な雰囲気は、この世界でも変わらないらしい。表向きは何の変哲もない閑散とした通りだが、夜になると明かりが灯り、人の出入りが絶えなくなる。
この区画の中に、一際大きな屋敷があった。これが花翳の本拠地のようだ。やはり公然の事実であり、遊びに来たと思われる適当な男へ尋ねると、簡単に情報を得ることができた。
俺は客を装い、その屋敷に足を踏み入れた。
中は外観からは想像もつかないほど、豪奢な内装だった。廊下の奥から複数の女性の声が、聞こえてくる。エルフと思われる女性たちに混じって、幼い人間の少女の姿も見えた。年の頃はリタと、そう変わらないだろう。彼女たちは一様に着飾らされていたが、その目には生気がほとんど、感じられなかった。
「いらっしゃいませ」
出迎えたのは、エルフと思われる、年老いた女性だった。
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外見は人間と大きく変わらない。
違いは、大きく尖った耳と、この国の人間とは違う顔立ちだ。種族的に見目麗しい者が多いと聞いているが、日本人の感覚で言うなら、北欧系の美女にさらに幻想的で静謐な雰囲気を纏ったと例えられるだろうか。高い金を出して抱きたくなることも頷ける。
この老婆も、若い頃はさぞかし美女であったのだろう。今もその雰囲気は保っている。
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「あんたがここの責任者か」
「媼とお呼びください。ここのまとめ役をしております」
媼と名乗った女性は丁寧に頭を下げた。その所作には長年この場所で生きてきた者特有の、諦めにも似た静けさがあった。
「あんた自身も以前は」
「はい。若い頃はここで客を取っておりました。年老いてからはこうしてまとめ役に」
その答えに俺は内心、この施設の構造を理解した。若いエルフを使い潰し、年老いた者を管理役として留め置く。逃げ場を与えない、閉じた仕組みだった。
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「ここで働く女たちは、みんな望んでここにいるのか」
俺はあえてそう尋ねた。
媼は僅かに目を細めた。
「妙なことをお聞きになりますね。客がそんなことを気にされるとは思いませんでした」
「気になっただけだ。答えたくなければそれでもいい」
媼はしばらく俺の顔を探るように見ていた。それから静かに口を開いた。
「望んでと言える者は、恐らく一人もおりません。全て密輸されてきた者、あるいは借金の形に売られてきた者です」
「あんたもその一人だったのか」
「はい。もう五十年以上も前の話です」
その年月に俺は少し驚いた。五十年もの間この仕組みの中に留め置かれ続けてきたということだ。故郷を離れ、この街に連れてこられ、若さをこの場所で使い尽くし、老いてなおこの場所から離れられずにいる。人間よりも長寿だというエルフだからこそ、余計にその年月の重みが際立って感じられた。
「逃げようとは思わなかったのか」
「何度も思いました。ですが、逃げれば家族がどうなるか分からない。この年になれば、逃げた先で生きていく術もありません」
その答えに俺は、頭の中でリタの姿を思い浮かべた。まだ十四か十五歳のリタ。そして五十年以上、この場所に縛られてきた媼。同じ人身売買の被害者でも、その年月の差はあまりにも大きかった。もしリタをあのまま救い出せていなければ、いずれこの老いたエルフのような末路を辿っていたのかもしれない。
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「あんた、本当はこの仕事が、嫌なんじゃないか」
俺はあえて単刀直入に、そう切り込んだ。
媼は僅かに目を伏せた。すぐには答えなかった。
「答えたくないならそれでもいい。ただ俺は、あんたを告げ口するために来たわけじゃない」
俺はそう続けた。
「初対面の男に本音を話す義理はないだろう。それでも、あんたの今の暮らしについて、もう少し聞かせてくれないか」
まず危険はないと相手に伝える。次に、答えなくてもいいという逃げ道をあえて用意する。これは前世で、詐欺師や交渉人がよく使う話術だ。相手に応じる義務がないと、伝えれば伝えるほど逆に警戒心が緩み口が軽くなる。人間の心理とはそういうものだった。この世界の人間にも同じ手が通用するかどうか、試す価値はあった。
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媼はしばらく沈黙していた。それから、ゆっくりと口を開いた。狙い通り、その警戒が僅かに緩んだのが分かった。
「……正直に言えば、この仕事に誇りなどありません。若い娘たちが次々と消耗していくのを見送るだけの日々です」
「消耗する、というのは」
「心を病む者、身体を壊す者。それぞれの末路です。私はその様子をただ見ていることしかできません」
その声には、これまでの事務的な口調とは違う、微かな感情の揺れが滲んでいた。
「不満を口にしたことは」
「ありません。誰に言えば良いのです。この仕組みの中で不満を漏らせば、次は自分の身が危うくなるだけです」
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「もし、この仕組みが崩れたらどうする」
俺はそう切り出した。媼は僅かに目を見開いた。
「崩れる、というのは」
「オーレリア家を俺が潰す。その後、あんたたちをこの場所から解放するとしたら」
「……あなたに何が、できるというのです」
媼は疑わしげな目で、俺を見た。
「あなたはここに、客として来た一人の男に過ぎません。オーレリア家は、この国の商業を司る貴族家です。それを潰すなど」
「グラハム家、そしてファーレン家。既に二つの貴族家を、俺の管理下に置いてる。スラムの噂はあんたは聞いてないか」
その一言に媼の表情が、僅かに動いた。信じられない、という色と、それでも僅かな期待とが同時に浮かんでいた。
媼はしばらく俺の顔を、じっと見つめて、こう呟いた。
「それが本当なのか、あなたに何ができるのか。私には分かりません」
それから静かに頭を下げた。
「ただ、もしそれが本当なら。私たちにできることがあれば、何でも協力いたします」
*
俺はその言葉に頷いた。この施設の内部からの協力者。それはこの後の攻略において、貴重な足がかりになるはずだった。恐怖でも、恩でもなく、解放という一点で結ばれる協力関係。これまでとは少し違う種類の繋がりだった。
花翳という名のこの場所。美しい名前とは裏腹に、そこには長年閉じ込められた命の重みがあった。次は石棺、そして揺籠。他の施設の実態も確かめる必要があった。




