第62話 値札のついた命
波影の情報を集めた後、俺は人身売買の現場にもう一歩、踏み込むことにした。
「港の倉庫をもう少し、詳しく調べる」
俺はセラフィナに、そう告げた。
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数日後、深夜。俺はあの倉庫の近くに身を潜めていた。
木箱が次々と運び込まれてくる。以前見た時と同じ光景だった。だが今回はもう少し近くまで接近することができた。運搬人たちの数は以前より幾分少なかった。今夜は小規模な取引なのかもしれない。
月明かりだけが頼りの薄暗い倉庫の周辺で、俺はじっと機会を窺っていた。
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木箱の一つが荷馬車から下ろされる際、蓋の隙間から微かな光が漏れた。誰かが中から動いた気配があった。
運搬人たちがその場を離れた隙にその木箱に近づいた。蓋を慎重に開ける。
中にいたのは一人の少女だった。恐らく十四か十五歳ほどか。手足を縛られ猿轡を噛まされている。目には涙の跡が幾筋も乾いていた。着ている服は薄汚れ、あちこちが擦り切れていた。長時間、あの箱の中に押し込められていたのだろう。
俺はその口の布を取り除いた。
「……助けて」
少女は掠れた声でそう絞り出した。その声には絶望と僅かな希望が、同時に混ざり合っているようだった。
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「名前は」
「リタ……です」
俺は縄を素早く切り離した。少女は震える手で、自分の身体を確かめるように抱えた。
「何があった」
リタはしばらく言葉を失っていた。それから途切れ途切れに話し始めた。
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「私、孤児院にいました。ある日大人たちが来て、"働き口がある"って……」
「孤児院、というのは」
「隣の街の小さな孤児院です。食べる物にもいつも困ってて……。だから"働き口"って聞いた時、みんな喜んでついていきました」
「それで」
「気づいたらあの箱に詰め込まれてました。他にも何人も同じような子が……。私たちをどこかに売るって話してるのを聞きました」
その証言に俺は内心、静かな怒りを覚えた。前世でもこういう手口は何度も目にしてきた。困窮した子供に希望のある言葉を投げかけ、そのまま商品として扱う。それでも目の前で実際に震える少女を見るのはまた違う感覚だった。
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「他の子たちは」
「分かりません。私だけ別の箱に……。多分、他の子たちも同じようにどこかに運ばれてます」
その言葉に俺は頭の中で素早く計算した。この一件、既に進行中だ。今夜、この場で全てを止められるわけではない。それでも目の前のこの少女だけは確実に救い出せる。
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俺はリタを連れてその場を離れた。セラフィナの家に、彼女を匿うことにした。
「売られた子供を一人だけ連れ出してきた」
俺はセラフィナに、そうリタを紹介した。
「怯えているようですね。無理もありません」
「詳しい話はまた後で聞きます。まずは休んでください」
セラフィナがそう言うと、リタは小さく頷いた。それから堪えきれなくなったように、静かに泣き始めた。
その様子を俺は、少し離れた場所から見ていた。前世ではこういう場面に何度も立ち会ってきたはずだった。それでも今、この光景に対して以前とは少し違う感覚があることに、俺自身気づいていた。
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リタが泣き疲れて寝静まった頃、セラフィナにこう告げた。
「他にも何人もの子供が、こうしてどこかに運ばれてるらしい」
「オーレリア家は、どこまでこの商売を続けてきたのでしょうか」
「分からない。だが恐らく長年続けてきたはずだ。表向きの貿易という顔の裏で」
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「売られた者がどこに、行き着くのか。それも確かめる必要がある」
俺はそう続けた。
「オズワルドなら何か知っているかもしれない」
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数日後、俺はグラナイトの酒場を再び訪れた。
「売られた人間や異種族がどこに行き着くのか知ってるか」
俺はオズワルドにそう尋ねた。
「大体は知っておる」
オズワルドはそう答えた。
「見目麗しいエルフや、人間の子供は花翳という、闇風俗に回される。魔力が多く身体の小さいフェアリーは揺籠。身体が屈強なドワーフや、それ以外の者は石棺で強制労働じゃ」
「やはり全員、奴隷契約で縛られてるのか」
「そうじゃ。無理やり結ばされた契約紋で、逃げられんようにしておる」
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「花翳、というのは」
「街はずれに闇風俗専門の区画がある。表の風俗では禁じられてる異種族や未成年の子供が、そこにおる。この街の人間もそれを承知で利用してる面がある。公にはできんが知る者は知ってる、公然の事実だ。オーレリア家の裏の資金源の一つになっとる」
「グラナイトの闇風俗とは違うのか」
「儂らのはまた性質が違う。食えない女に稼ぎ口としてやってもらってるだけじゃ。異種族や未成年には決して手を出さん」
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「揺籠、というのは」
「魔道具を作るのに必要な魔力を、人から抽出する設備がある施設のことじゃ。表向きは魔力の高い種族の犯罪者に対する刑罰ってことになっとる。だが実態は、オーレリア家が表の商売で使う魔道具の材料として、攫ってきたフェアリーから無理やり絞り取っとるだけじゃ」
「なぜフェアリーなのか分かるか。俺は人間しかいない国からの流れ者で、他種族に会ったことがなくてな」
「種族的に人間の数倍の魔力を持っておる。効率良く魔力を抽出できるからと、身体が小さくて扱いやすいからじゃろう。儂らが言うのもなんだが、非道な行いじゃ」
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「石棺は」
「炭鉱じゃ。人間の男やドワーフなんかを労働力として使っとる。中でも、有用な生産スキルを持つ者は、表には出せない品を作らされとる」
「表には出せない品、というのは」
「二種類ある。一つは王家や他の貴族家が発行してる紋章入りの品の、精巧な偽物じゃ。ドワーフの緻密な加工技術があれば、本物と見分けがつかんものが作れる」
「偽物をどこに売る」
「他国じゃ。この国じゃすぐに足がつく。だが遠くの国に持ち出せば、本物として高値で捌ける」
「もう一つは」
「密造した武器だ。この国では平民の武器製造は厳しく規制されとる。貴族への反逆に繋がらないようにのう。それをかいくぐって密かに作らせとる。こちらも他国へ密輸出しとるらしい。地味だが需要は堅い商売じゃ」
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「これを俺が乗っ取ったら、どうする。花翳、揺籠、石棺。全部あんたのところで引き継げるか」
俺はそう切り出した。
オズワルドはしばらく、考え込んでいた。
「前も言ったが、うちの若い連中に生きる道になるならな。ただし非道な行いに手を貸すつもりはない。そこを履き違えるなよ」
「分かってる。今より悪くはしない」
長年、裏稼業に身を置いていたオズワルドから詳しい情報を得ることができた。攻める糸口を考えることはできるだろう。俺は満足してグラナイトの酒場を後にした。
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この街に来て様々な被害者を、見てきた。契約に縛られた者、薬に依存した者。しかし、こうして直接人間そのものを商品として扱う現場を目にしたのは初めてだった。
値札をつけられた命。それがこの国の商業を支える一族の裏の顔だった。人を金額で測るという発想自体は、前世でも当たり前のように目にしてきた。それでもこうして、実際に震える小さな身体をこの目で見た後では、その発想の醜さが改めて身に染みた。
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この一件を片付ける。それは、もはや単なる標的の攻略ではなく、この街にこれ以上、こういう子供を生み出させないための確かな一歩だった。
それに、天秤――カルマ値も大きく動くはずだ。
オーレリア家、そして波影。この商売の根そのものを、断ち切る時が来ていた。




