第61話 波影
港での発見を、俺はセラフィナに報告した。
「木箱の中に人が押し込められていた。人身売買という噂は本当だった」
「証拠を掴んだということですね」
「ああ。さすがに今はまだ踏み込むようなことはしないが。次は波影についてもっと詳しく知る必要がある」
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「ガロに聞いてみるか」
俺はそう提案した。
「同じ五大貴族家の武力組織なら、こういう荒事の噂にも詳しいはずだ」
数日後、俺はガロの家を訪ねた。
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「波影について知ってることを教えてくれ」
「波影か。オーレリア家の私兵組織だな。表向きは商船の護衛が仕事ってことになってる」
「実態は」
「密輸品の運搬、そして口を割りそうな連中の始末。荒事全般を請け負ってる」
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「頭は」
「サガン・ドレイクって男だ。腕は確かだって、もっぱらの評判だな」
「スキルは」
「戦闘系の"怒濤"とか言ったか。詳しいことは俺も知らねえが、かなり厄介な力らしい」
「どう厄介なんだ」
「腕っぷしそのものを、何倍にも押し上げる類の力らしい。それだけに単純に強い。一対一ならまず負けねえって話だ。実際に見たわけじゃねえが、そういう噂があちこちで聞こえてくる」
その名前に俺は、頭の中で記憶を刻んだ。
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「サガンはどういう男だ」
「部下への義理を大事にする男らしい。あの手の荒くれ者にしちゃ珍しいタイプだ。だからこそ部下からの信頼は厚いって話だな」
「義理堅い、というのは具体的には」
「昔、部下の一人が密輸の仕事中に大怪我を負ったことがあったらしい。普通なら使えなくなった駒は切り捨てるところだが、サガンはそいつの治療代を自分の懐から出して面倒を見たって話だ」
「無軌道な男ではなさそうだな」
「サガンとは面識はねえが、紋官隊の間でも"話の分かる相手"だって評判は聞いたことがある。荒事の縄張り争いでも無駄な血を流さないよう、気を配る男だったとか」
「そうか、分かった。他に幹部は」
「ドレットって奴が一人いる。こっちはサガンとは正反対の質だ」
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「どう違う」
「サガンが義理堅い男だとすれば、ドレットは純粋な暴力狂だ。スキルは"威圧"。相手を恐怖で竦ませる力らしい。それを使って人を痛めつけるのが好きな男だって話だ」
「威圧、というのは何か分かるか」
「相手の身体を竦ませて、まともに動けなくするらしい。一度睨まれただけで腰を抜かした奴もいるって話だ。ただ、意識のはっきりした奴にはあまり効かねえって噂もある」
「具体的には」
「弱ってる奴に効きやすいってことだろうな。あいつらの密輸品で逃げようとした荷を威圧で動けなくして、見せしめに生きたまま痛めつけて楽しんでたって話を聞いたことがある。仲間内でもあいつだけは扱いに困ってるって噂だ。あんたが始末したデズモンドと同類ってことだろうな」
「サガンとは違い話は通じなさそうだな」
「紋官隊の中でも危険視されてた。あいつと関わるとろくなことにならないって、みんな避けてたな」
その説明に俺は内心、僅かに眉を寄せた。動物的な暴力嗜好を持つ人間。理屈より本能で動く分、交渉の糸口が掴みにくい。組織にとってもいずれ扱いきれなくなる爆弾のような存在だ。
「波影全体の人数は」
「はっきりとは知らねえが、三十人前後ってところじゃねえか。ただの荒くれ者じゃなく、それなりに訓練された連中らしい」
「シンダーズとは、まるで違うな」
「そりゃそうだ。あっちは烏合の衆だったが、波影は貴族家の正式な私兵だ。格が違う」
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セラフィナの家に戻り、俺は集めた情報を整理して伝えた。
「サガン・ドレイクという頭。義理堅い男らしい。それとドレットという、暴力狂の幹部。合わせて三十人前後の組織だ」
「波影を、どう攻略しますか」
セラフィナがそう尋ねてきた。
「サガンが義理堅い男なら、話が通じる可能性がある。だが、ドレットは恐らく無理だ」
「ドレットを排除する必要が」
「ああ。あの手の人間を生かしたまま、組織に組み込むのは危険が大きすぎる」
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「サガンを取り込み、ドレットを排除する。これが波影攻略の、基本方針になる」
俺はそう頭の中で整理した。ガロやカインの時と同じ型だ。恐怖と恩、そして義理という感情に訴えかける。この街に来て何度も、繰り返してきた手順が、また、ここでも有効に機能するはずだった。
「サガンをどう、取り込むおつもりですか」
「まだ決めてない。ただ、義理を大事にする男なら、こちらの誠意や条件次第で話に乗ってくる可能性はある。バルドやイグナーツのような、恐怖だけの支配とは少し違うやり方が必要になるかもしれない」
「それは良い兆候かもしれません。恐怖だけで繋いだ駒より、こちらの方が長く使える協力者になる可能性があります」
その指摘に俺は頷いた。ガロやカインとの関係が、まさにそうだった。最初は恐怖から始まった関係が、いつしか確かな信頼へと変わっていった。サガンも同じ道を辿るかもしれない。
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オーレリア家の暴力装置、波影。その頭であるサガンと、幹部のドレット。この二人の対比が、この組織の最大の攻略の鍵になる。
この街に来て、これまで何人もの人間を駒として取り込んできた。恐怖で従わせた者、恩で繋いだ者、それぞれの理由でこちら側についてきた。サガンという男が、どちらの型に当てはまるのか、まだ確信は持てない。それでも義理という感情を持つ人間なら、必ず付け入る隙がある。
人身売買という、この一件の核心にもう一歩近づいた。次は実際に、被害者の実態をこの目で確かめる必要がある。それがこの街の歪みを正すための、避けて通れない道だった。




