第60話 商いの裏側
シンダーズとグラナイト、二つの勢力への対処を終え、俺はいよいよオーレリア家に目を向けることにした。
「オーレリア家について、あんたが知ってることを教えてくれ」
俺はセラフィナに、そう切り出した。
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「オーレリア家は、この国の商業と流通を司る家系です。表向きは貿易の管理、市場の規制など経済の中枢を担っています」
「裏では」
「密輸、そして人身売買。それと闇市場の運営に深く関わっているという噂です」
「密輸されてる品目は何だと思う」
「詳しくは分かりません。ただ、この国では手に入りにくい異種族の労働力や、規制されている魔道具、稀少な素材などが有力な候補だと思われます」
「稀少な素材、というのは」
「フェアリーの魔力結晶、ドワーフの鉱物加工技術など、この国では正規のルートではなかなか手に入らないものです。密輸で得られるならそれだけ高値で取引できます」
その言葉に俺は、記憶の奥にあったあの説明を思い出した。この世界に転生する前、神のような存在から断片的に聞かされた話の中に、確か地球にはいない種族の存在が含まれていた。
「エルフ、ドワーフ、フェアリー。この国にはそういう種族が実際に暮らしてるんだったな」
「はい。人間ほど数は多くありませんが、この国のあちこちにそれぞれの集落を持って暮らしています」
「あんたは直接会ったことは」
「学者として多少の交流はあります。ただ、それぞれ人間社会とは距離を置いて暮らしていることが多いです。だからこそこうして密輸や労働力として狙われやすいのかもしれません」
その説明に俺は、頭の中で断片的だった知識を少しずつ具体的な像に組み替えていった。
その説明に俺は頭の中で、これまでの標的と比較した。財務のグラハム家、祭祀のファーレン家、そして今度は商業。この国の経済を支える様々な領域が、それぞれ貴族家の裏の顔と結びついている。
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「当主は」
「ロレンツォ・オーレリアという人物です。四十七歳。合理主義、実利主義で有名だと聞いています」
「どういう男だ」
「"全てには値段がある"というのが彼の口癖だそうです。人の命ですら値段をつけて、取引の対象にする。それだけ冷徹な人物だという評判です」
「他に噂はあるか」
「事業の乗っ取りや事業譲渡を繰り返して、力をつけてきた人物だとも聞いています。表向きの手段だけでこれだけの規模を築いたとは考えにくいです」
「具体的な話は」
「以前、ある商人一家が彼に目をつけられたそうです。最初は些細な取引から始まり、少しずつその一家の商売に深く食い込んでいった。気づいた時には事業のほとんどを乗っ取られていたと」
「その一家は、どうなった」
「表向きは事業譲渡という形で、円満に処理されたことになっています。ですがその後、一家の人間の消息を聞いた者はいないそうです」
その話に俺は内心、感心した。恐怖や暴力に頼らず、じわじわと相手の生活そのものに、入り込んでいく。前世でもこういう遠回しな、しかし確実な手口を何度か見たことがあった。派手さはないが、それだけに厄介な相手だった。
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「武力は」
「"波影"という私兵組織を抱えています。詳しいことはまだ分かりませんが、恐らく密輸や人身売買の実行部隊として機能しているものと思われます」
「規模は」
「そこまでは私の耳にも入ってきていません。ただ、貴族家の私兵として動くほどですから、それなりの実力者が揃っているはずです」
「頭は」
「そこまではまだ掴めていません」
「そうか。調べる必要があるな」
これまでの経験から、貴族家の裏の顔を暴くにはまず暴力の担い手を正確に把握する必要があった。バルドの紋官隊、イグナーツの現人神ルーシャ。それぞれの家にそれぞれの武力があった。オーレリア家の場合、それが波影ということになる。
密輸や人身売買という商売そのものには、前世でも深く関わったことがあった。組織の傘下にあった輸送ルートを使い、様々な荷物を国境の向こうへ運んだこともある。人間を荷物として扱う感覚には、当時から慣れていた。今こうして、その商売を暴く側に回っているのは皮肉なものだった。
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「港の方から調べを進めるのが、いいかもしれません」
セラフィナは続けた。
「オーレリア家は、この国の主要な港を管理下に置いています。密輸をするならそこを経由するのが最も自然です」
「ゴブに、港の様子を聞いてみるか」
「それも一つの手です。ただ、港には貴族の目が直接届いています。慎重に動く必要があります」
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数日後、俺は港の周辺を実際に歩いて回ることにした。
この街の最も賑わう区域だった。荷を積んだ船が次々と入港している。荷揚げ作業員たちの掛け声が絶えず響いていた。表向きは活気のある、健全な商業地区に見えた。
商人たちが忙しく行き交う中、俺はあえて目立たない格好でその様子を観察した。行商人風の身なりは、こういう場所では最も疑われにくい。前世でもこういう地味な変装は何度も使ってきた手だった。
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数日しばらく観察を続けるうちに、俺はいくつかの違和感に気づいた。
ある日の深夜、明らかに通常の荷揚げ作業とは違う時間帯に動く船がある。木箱の運び方一つにも、不自然な緊張感が見て取れた。
運んでいる連中の目つきも、普通の荷揚げ作業員とは明らかに違っていた。常に周囲を警戒し、必要以上に口数が少ない。この手の人間の空気は、前世で何度も見てきたものとそっくりだった。
その時だった。木箱の一つから微かな呻き声が聞こえた気がした。
俺はその場に留まったまま耳を澄ませた。気のせいではなかった。確かに人の声だった。誰かがあの箱の中に押し込められている。
運搬人たちはその声に気づいているのかいないのか、無表情のまま木箱を荷馬車へと積み込んでいった。慣れた手つきだった。恐らく、こういう作業を何度も繰り返しているのだろう。
「これは確かに何かある」
俺はそう内心、確信を深めた。木箱の中身が何であるかはもはや疑う余地がなかった。人身売買というあの噂は、確かな実態を伴っていた。
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オーレリア家という、この国の商業を支配する一族。その裏の顔をこれから一つずつ暴いていく。グラハム家、ファーレン家で確立してきた型を当てはめるだけだ。
この街の裏稼業を完全に俺の手の中に収める。その最終段階が今、始まろうとしていた。グラナイトとの約束も頭の隅にあった。あの老人が若い連中の行く末を見届けたいと言っていた姿を思い出す。この一件を片付ければ、この街の裏側は名実共に一つの手の中に収まることになる。




