第59話 古き縄張り
シンダーズの一件を、俺はセラフィナに報告した。
「ジンと幹部二人は処刑して首を晒した。デズモンドの時と同じやり方だ」
「これで、シンダーズという勢力は実質的に消えたことになりますね」
セラフィナはそう言って頷いた。
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「聞きたいことがある」
俺はそう切り出した。
「ルーシャの強さと、魔力の量には何か関係があるのか。あの女の異常な戦いを見て少し気になった」
「ああ、その話ですか」
セラフィナは、興味を惹かれたような、表情を見せた。
「この世界では魔力量が多い人間ほど、身体能力そのものも高くなる傾向があります。単に魔法を使うための燃料、というだけではなく、身体を強化する基礎的な素養として機能しているのです」
「つまりルーシャは元々、飛び抜けて魔力量が多かったということか」
「恐らくそうでしょう。私は真如で人の魔力がある程度分かりますが、彼女ほど魔力を持った人間は他に見たことがありません」
その説明に俺は頭の中でこれまでの光景を整理し直した。薬による強化は、あくまでその素の力をさらに押し上げるための上乗せに過ぎなかったということだ。
「あれだけの強さなら、素の状態でもこの街の大半の人間を圧倒できるだろうな」
「はい。それに関しては間違いないかと」
この説明で一つ安心したことがある。あんな強さの人間が他にもいるのではないかという懸念もあったが、どうやらあの女は特殊個体のようだ。今は敵ではないが、慎重に扱う必要もありそうだ。
「あんたはどうなんだ。魔力量は」
「私は学者としては、平均以上ですが戦闘向きの高さではありません。ルーシャさんのような身体的な強さには直結しない種類の魔力です」
その説明に俺は少し納得した。真如というあの分析能力も恐らく、身体強化とは方向性の異なる魔力の使い方なのだろう。
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「それで、グラナイトの方はどうしますか」
セラフィナが、そう、話を進めた。
「もう伝わってるはずだ。あの規模の見せしめだ。グラナイトの耳にも確実に入ってる」
「様子を見ますか」
「いや。もう待つ必要はない。直接訪ねる」
「危険はありませんか」
「ある。だが、シンダーズを潰した今こちらの意図は既に向こうも分かっているはずだ。あえて隠す必要もない」
俺はそう言って頭の中で次の段取りを組み立てていった。グラナイトの本拠地はゴブから既に聞き出していた。この街の古い区画にある酒場が、その表向きの拠点らしい。
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数日後、俺はガロと共にその酒場を訪れた。
古びた木造の建物だった。看板には既に色褪せた文字で店名が刻まれている。中に入ると、静かな喧騒が耳に届いた。
「ここの責任者に、話がある」
俺はそう店内に、声をかけた。
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カウンターの奥から一人の老人が姿を見せた。背筋はしっかりと伸びているが、その顔に刻まれた皺の深さから、恐らくかなりの高齢と見て取れた。
「儂はオズワルドという。ここのまとめ役だ」
「俺はトーアという。こっちはガロだ」
「お前、トーアがシンダーズを潰したのか」
「そうだ」
「話は聞いておる。随分と派手にやってくれたのう」
その口調には敵意より、むしろ興味の色が強く滲んでいた。値踏みするような視線が、俺の全身を一度なぞる。長年、こういう場を生き抜いてきた人間だけが持つ、相手の器量を測る目だった。
「お前の用件は分かってる。儂たちを取り込みに来たんじゃろう」
「そうだ。この街の裏稼業を俺の管理下に置いてる。グラナイトもその一部になれば、悪い話じゃないはずだ」
「悪い話とは言い切れんな」
オズワルドはそう言って少し笑った。
「儂たちはシンダーズとは性質が違う。あやつらはただの無法者だったが、儂たちはこの街の弱者を救うために裏稼業をやっておる」
「弱者を救うために」
「表の法では救えない連中がおる。まっとうに生きようとしても食えない人間が山ほどおる。儂たちの闇市場や風俗は、そういう連中の最後の受け皿じゃ」
その説明に俺は少し意外な感覚を覚えた。この街の裏社会にこういう思想を持つ組織があるとは、想像していなかった。
「グラナイトはいつからある組織なんだ」
「儂も詳しくは知らん。ただ、少なくとも二百年は続いてるらしい」
「あんた自身はどういう経緯で頭になった」
オズワルドはしばらく黙っていた。それから静かに、語り始めた。
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「儂は小さい頃、両親を亡くしてな。神殿の孤児院に預けられた」
「神殿、というのは」
「貴族が運営してる悪質な施設じゃ。成人になった時、使えるスキルを授かった子供はそのまま貴族に召し上げられる。使えない子供は奴隷として売り飛ばされる」
「で、あんたは」
「儂は"特殊:施療"というスキルを授かった。ちょっとした怪我や病を治せる程度じゃが、それでも回復系は貴重なスキルじゃ」
「それで、何で貴族に召し上げられなかったのか」
「儂はあの神殿に使い潰される未来しか見えなかった。だから逃げた。この街に流れ着いたところを、ここの先代に拾われたのが始まりじゃ」
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「ここではよくしてもらった。組織の連中を儂のスキルで癒し続けてるうちに、支持を集めてな。気づけば儂が頭になっていた」
その語りには、これまでの生涯の重みが確かに滲んでいた。前世でも、こういう下から成り上がった人間の話を何度か聞いたことがある。それでも目の前で直接語られる話には、また違う実感があった。
「あんたの目的も似たようなものに見えるのう。グラハム家、ファーレン家。両方とも被害者を救済してきたって話だ」
「そうだ。俺はこの国の歪みを正すために動いてる」
「お前自身、相当歪んでおるように見えるが」
この老人はそんなことを言って少し笑った。
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「昔からシンダーズのような連中は何度か現れた。それでも何とかこの街の縄張りを守ってきた」
オズワルドはそう続けた。
「今回は勝手が違ったのか」
「うむ。シンダーズほど勢いのある連中には押され気味でな。縄張りも少しずつ奪われてきた」
「対抗しなかったのか」
「対抗したかったとも。だが、ここ二十年ほど貴族の召し上げが酷くてのう。戦える若い連中がそもそも足りておらん」
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「そういう連中や貴族の圧力もあって、正直、厳しい状況じゃった」
その言葉には隠しきれない疲労が滲んでいた。長年、この街を守り続けてきた組織が少しずつ追い詰められていく様子が目に浮かぶようだった。
「そこでじゃ。儂たちを取り込みたいなら、証を見せてくれ」
「証、というのは」
「オーレリア家を抑えてみせよ。この街の裏稼業を全て押さえてみせたら、儂たちもお前の下につこう」
オズワルドは、そう言って、僅かに、目を細めた。
「儂のところの若い連中に生きる道を与えてくれるならな。儂ももう六十八じゃ。生きられてあと数年じゃろう。この老いぼれの目が黒いうちに、若い連中の行く末を見届けておきたい。それだけが今の儂の望みじゃ」
その提案に俺は内心、少し笑った。
「どうせやるつもりだった。乗ってやる」
「気に入った。楽しみにしておるぞ」
オズワルドは、そう言って初めて、はっきりと笑みを見せた。
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「一つ聞きたい。グラナイトとはどういう意味だ」
「花崗岩という石が語源じゃ。溶岩が長年かけて固まってできた石らしいのう。硬い石で、家の材料にも使われておる」
「なぜ石の名前が語源なんだ」
「昔の話で儂も知らん。儂は勝手に、石ころも集まれば家になる。そう思っておる」
この老人は、この組織を俺のような者たちの家と言いたいのだろう。その言葉に俺は特に感慨を覚えたわけではなかった。しかし悪くない理屈だ。この老人の下でグラナイトが生き延びてきた理由の一端を見た気がした。
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この街の裏社会、二つの大きな勢力。片方は力で完全に消し去った。もう片方は条件付きで味方につく道筋が見えてきた。
オーレリア家。この街の商業、そして密輸と人身売買、そして闇市場を裏で支配する一族。次に崩すべき相手が既にはっきりとしていた。




