第58話 燃えかすの末路
シンダーズの本拠地は、街の外れにある荒れ果てた廃墟だった。かつては何かの工房だったのだろう。崩れかけた壁と錆びついた設備の残骸が、月明かりの下で不気味な影を落としていた。
俺、ガロ、そしてルーシャ。三人でその建物の前に立った。
*
「ここまで来てから言うのもなんだが、武器は無くていいのか」
手ぶらで同行したルーシャに尋ねてみた。
「私、あなたに勝つために素手の訓練をしているの。今日はいい機会」
「いいね、こんな美女にモテて羨ましいなトーア」
この二人、敵の本拠地を目の前にして余裕の態度を崩さない。
方や現人神と呼ばれこの国最強と言われる人物、方や紋官隊の隊長として多くの人間を捕えてきたであろう人物。強がりには見えない。こういう場は慣れているのかもしれない。
緊張して動けないよりは余程マシかと自分に言い聞かせる。
「行くぞ」
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中に踏み込むと、松明の灯りの下、二十人ほどの男たちが雑然とたむろしていた。酒を飲んでいる者、薬をやっている者、さまざまな様子だ。
中心にいる痩せた若い男が、こちらに気づき目を見開いた。
「……お前、スラムの」
男はそう呟いた。ジンという頭らしい。
「俺のことを知ってるのか」
「スラムにいる黒髪の男が闇金融と麻薬市場を搔っ攫ったってのはこの街の裏じゃ有名だ。まさか、こんな辺鄙な所まで直接来るとはな」
「随分と詳しいな」
「そりゃそうだ。この街で裏稼業をやってりゃ嫌でも分かる。俺達にとっても他人事じゃなかったんでな」
その言葉には隠しきれない敵意が滲んでいた。俺の存在が既に、この男の縄張り意識を大きく刺激していたらしい。
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「ジン、だったな。話がある」
「話す気はねえよ。お前が俺たちの縄張りを荒らしてる。それだけで十分だ」
ジンはそう言うと、両手を前に突き出した。手のひらに赤い光が灯り始める。
「何しに来たのか知らねぇが、ここで死んでもらう」
ジンの部下たちが口々に囃し立てた。
「頭の魔法スキル"炎渦"を喰らえばこいつら燃えかすだ」
「殺せ、ジン」
ジンの手のひらに、渦を巻く炎が膨れ上がっていく。
なるほど、魔法系スキルか。シンダーズ(燃えかす)の名前の由来はこいつの炎の魔法から取ったものか、などと益体もないことを考えていた。
俺のスキルで反射できる可能性は高いが、魔法を受けるのは初めてだ。本当に反射できるか分からない。まずは避けるべきだろう。
だが、その魔法が放たれることはなかった。
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一瞬でルーシャが、ジンの目の前に立っていた。
「……は」
ジンが間の抜けた声を上げた、次の瞬間。彼の両腕が肩の付け根から、宙を舞った。
鮮血が噴き出す。ルーシャの拳による一撃は剣すら使わず、人の腕をいとも容易く引きちぎっていた。
炎の光が消える。ジンは自分の失った腕を呆然と見つめていた。悲鳴すらまだ上げられずにいた。
「ぎゃ、あ、あああああ」
遅れて絶叫が響き渡った。
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「な、なんだ、あの女は」
部下の一人がそう叫んだ。それが合図だった。
ルーシャが動いた。廃墟の中を疾風のように駆け抜けていく。相手に剣を抜く暇すら与えない。拳と蹴りだけで次々と、男たちが床に崩れ落ちていった。
武器を構える間もなく殴り飛ばされる者。逃げようとした瞬間、背後から蹴り倒される者。誰一人として、彼女にまともな反撃を加えられずにいた。
二十人という数は彼女にとって、もはや意味を成していなかった。
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俺とガロはその光景を、少し離れた場所から眺めていた。
「……凄まじいな」
ガロが隣でそう漏らした。
「ああ。数を捌くにはちょうどいいと思ったが、これは想像以上だ」
「あんたとやり合った時とはまるで別人だな」
「薬なしでも、これか。どうやったら人間がこんな強くなれるんだ」
ガロはそれに、乾いた笑いを返した。
「これは生まれつきだろう。魔力量が飛びぬけて高いんだろうな」
この世界では、魔力と人間の強さが関係しているのだろうか。
今ここで考えるべきことでもない。後日、セラフィナに聞けばいいだろう。
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数分もしないうちに、廃墟の中は静まり返っていた。立っているのはルーシャと俺たち、それだけだった。
「終わったよ」
ルーシャがそう言って軽く伸びをした。息一つ乱れていない。
「上出来だ」
俺はそう答えた。
「そう。じゃあ今度私の訓練相手よろしく」
俺は何も答えなかった。
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「ジンと、幹部らしい連中を二人押さえてある」
ガロがそう報告した。
「他の連中は」
「意識のある奴だけ縛ってある。使い道があるなら、紋官隊の方でしばらく預かっておく」
「そうしてくれ。まだ使える駒になるかもしれない」
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両腕を失ったジンと、拘束された二人の幹部。三人はガロによって、グラハム家の地下、あの部屋へと連れて行かれた。
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尋問は、長くはかからなかった。
シンダーズのこれまでの目的。グラナイトとの関係。ジンは最初、頑なに口を割ろうとしなかった。それでも両腕を失い、痛みと恐怖にさらされ続ける中で次第に言葉を漏らし始めた。
「グラナイトとは元々、犬猿の仲だった。縄張りを奪い合ってきた……それだけだ」
その証言に大きな驚きはなかった。それでも、両者の関係が単なる共存ではなく、潜在的な対立関係にあるという情報は、今後の判断材料として価値があった。
知っていることを全て吐き出させた後、三人にはデズモンドと同じ末路が待っていた。
鼻を削がれ、額に焼き印で"外道"の二文字が刻まれる。生きたまま四肢を一つずつ、切り落とされていく。絶叫が地下室の壁に反響し続けた。最後に、痛みと恐怖で引きつった顔のまま首を切り落とされて、全てが終わった。
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恐怖に怯えた表情の三つの首は翌朝、スラムの十字路に晒された。
この街に、また一つの見せしめが生まれた。燃えかすと呼ばれた集団は、その名の通り燃え尽き、灰も残さず消え去った。
この光景を目にした街の人間はまた、俺の名をより深く記憶に刻むことになるだろう。恐怖という感情は、時に暴力そのものより雄弁にこの街を支配する道具になる。
残るは、グラナイトがこの光景を見てどう動くか。それだけだった。




