第56話 燃えかす
オーレリア家への準備を進めていたある日のことだった。
ガロが少し慌てた様子で、報告に訪れた。
「闇金の事務所がまた襲われた。二軒目だ」
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「詳しく聞かせてくれ」
俺はそう促した。
「窓口の一つが何者かに荒らされた。帳簿を燃やされて金を根こそぎ持っていかれたらしい。それと麻薬の売人が何人か路地裏で暴行を受けてる」
「怪我人は」
「命に別状はないが、何人かはまともに歩けない状態だ。相手ははっきりとこちらを狙って動いてる」
「一般の商店にも被害は出てるのか」
「ああ。近くの露店が巻き添えで何軒か荒らされたらしい。関係のない連中まで迷惑を被ってる」
「犯人の目星は」
「まだはっきりしない。ただ、こういう嫌がらせはこの一月ほどで何度か続いてる」
ガロが付け加えた。
「前に、紋官隊でも似たような報告を何度か受けたことがある」
「その頃から目をつけられてたのか」
「いや、あの頃はまだ俺たちの管轄とはあまり縁がなかった。ただ、噂だけは耳に入ってきてた。手癖の悪い若い連中の集まりだ、という程度の話だったが」
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「シンダーズの仕業かもしれません」
セラフィナがそう口を挟んだ。
「確か、シンダーズというのは」
「この街の裏社会に、以前から存在する勢力の一つです。比較的新しく結成された、無法者の集団だと聞いています」
「あんたの耳にも噂が入ってたのか」
「学者として、この国の裏の事情もある程度は調べておく必要がありました。この街の均衡を把握する上でも」
その名前に俺は頭の中で記憶を辿った。以前この街の裏事情を調べる中で、確かこの名前を耳にしたことがあった。
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「シンダーズというのは、確か『燃えかす』という意味だったな」
俺はそう呟いた。
「よくご存知ですね」
「以前ゴブからそれとなく聞いたことがある。後先を考えず、暴力と利益だけで動く連中らしい。俺の前世で言えば半グレに近い」
「半グレ、というのは」
「まともな組織立った掟も義理もない。ただ群れて暴力を振るい、金儲けの手段を選ばないような連中のことだ。組織の看板を背負ってるわけじゃないから、責任の所在も曖昧なことが多い。だからこそ余計に始末が悪い」
「なるほど。統率された組織より御しにくい、ということですね」
「そうだ。話が通じる相手ならまだ、交渉のしようがある。だが、そもそも話し合いという発想自体を持ってない連中は、力でねじ伏せる以外に道がないことが多い」
「あなたの前世でもそういった者たちがいたんですね」
「ああ。組織に『燃えかす』なんて名前を付けるような奴らだ。失う物が無い、命知らずな悪党であることを売りにしてるんだろうな」
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「他にも、この街にはグラナイトという勢力があります」
セラフィナは続けた。
「確かそうだったな。そちらは」
「古くから存在する伝統的な組織だと聞いています。義理と縄張りを、重んじる気風があるとか」
「俺の前世で言えば、任侠道のやくざ組織みたいなものか」
「その表現が正しいかは分かりませんが、恐らく近い性質のものかと」
「連中も闇市場や裏稼業を動かしてるのか」
「詳しくは分かりませんが、非合法の商売に関わっているのは間違いないようです。ただ、シンダーズのような無軌道な稼ぎ方とは、少し性質が違うという話も耳にしたことがあります。一般の人にはあまり害は無いとも」
「シンダーズとは、対立してるのか」
「そこまでは私も、詳しくは分かりません。ただ、この街の裏社会にはその二つの勢力が、それぞれの領分を保ちながら共存しているようです」
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俺は頭の中で状況を整理していった。
この街の裏社会には、俺が把握していなかった二つの大きな勢力が既に根を張っていたということは知っていた。
しかし、まだこの世界に転生して1年半程度しか経っていない。
グラハム家、ファーレン家という貴族家の裏の顔を押さえてきた一方で、こういう街の裏側そのものを支配する組織の存在まで、これまで対策する余裕は無かった。
前世でも、地方の裏社会を制圧する際、その土地に既に根を張っている勢力を見落とすことは、致命的な失敗に繋がった。表の権力構造ばかりに気を取られ、街の隅々を実際に支配している存在を後回しにしてしまい、後で反撃を喰らったこともあった。今回もその轍を踏みかけていたのかもしれない。
「今まで、様子を見てたわけですか」
「いずれ、何らかの接触があるだろうとは思ってた。ただ、まだこの街の裏社会の全体像を把握しきれていなかった。だから、あえてこちらから動かなかった」
俺の管理下に置いた闇金融と麻薬の流通。これらはいずれもシンダーズにとっても、シンダーズのこれまでの顧客層と重なる部分があったのだろう。
「向こうも、俺たちの動きに気づき始めたということだな」
「恐らく、顧客がこちらに流れていることに気づいたのでしょう。それで苛立ちをこちらの下部組織にぶつけている」
「分かりやすい連中だ」
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「どう対処しますか」
セラフィナがそう尋ねてきた。
「まずは詳しく調べる必要がある。相手の規模も性質も、まだはっきりしていない」
「調査を進めますか」
「ああ。この街の裏稼業を確実に俺の手の中に収めるには、遅かれ早かれ、この二つの勢力とも決着をつける必要がある。人手不足でもあるし、可能なら取り込みたい」
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オーレリア家への攻略を進める前に、まず、この街の地盤そのものを完全に、固めておく必要がある。焦って次の標的に手を出せば、背後から思わぬ形で足を掬われかねない。
これまで、貴族家という表向きの権威を持つ相手を一つずつ屈服させてきた。だが、こういう無秩序な裏社会の勢力は、また違う種類の厄介さを持っている。組織立っていない分、交渉の糸口すら掴みにくい。
それでも、やるべきことは変わらない。まずは相手の正体を正確に掴む。それから、潰すか取り込むか判断すればいい。この街の裏側に生きる全ての者をいずれ、俺の意向一つで動く駒に変える。それがこの街に来て以来、変わることのない、俺の目指す到達点だった。




