第53話 決意
祭祀から数日後、俺はセラフィナと共に、エリーゼとのやり取りを改めて振り返っていた。
「天啓、というスキルについて、セラフィナはどこまで知ってた」
俺はそう尋ねた。
「存在自体は知っていました。王家に代々稀に発現する力だという伝承は、貴族の間でも語り継がれています。ただ実際にその力を持つ人間に会ったのは初めてです」
「あんたの見立てでは、どんな力だと思う」
「未来の断片を垣間見る力、というのが伝承通りなら、恐らく本人の意思で自由に発動できるものではないのでしょう。ルーシャ様の神域のように、常時能動的に使える力とは性質が違うはずです」
「あの王女が本当にこの天啓を持っていると思うか」
「天啓が発動しないと私の真如でも分析できないので確実ではありませんが、エリーゼ様が何らかの特別なスキルを持っていること自体は間違いありませんでした」
セラフィナの真如が、エリーゼの中に特別な力があることを捉えたのだろう。
他にも、エリーゼがグラハム家とファーレン家の失脚を予知していたことも根拠として挙げられる。この情報は厳しく統制しており、ガロやカインが裏切っていない限りは漏れることは考えられない。その可能性もゼロではないが、彼らが今、家族や仲間を捨ててまで俺を裏切って他の貴族家につくことのメリットがない。
状況から考えて、やはりエリーゼが天啓を持っていると考えることが自然だ。
*
「王女の申し出、どう思う」
俺はそう続けた。
「情報という武器は、これまで俺たちに足りなかったものだ。ただ、素直に受け取っていいのか、少し引っかかる」
「危険はある、ということですか」
「前世でも、こういう申し出は何度も受けてきた。表向きの権力者が裏の力を利用しようとする時は、大抵二つの理由がある。一つは、本当に対等な協力関係を望んでる場合。もう一つは、こちらを使い捨ての駒として利用するだけの場合」
「エリーゼ様は、どちらだと」
「まだ判断がつかない。ただ、あの目には覚えがある。追い詰められた人間だけが持つあの目だ。演技には見えなかった」
「はい、私も嘘ではないと見受けました」
前世でも、こういう目をした人間に何度も出会ってきた。追い込まれた末に、それでもまだ何かを変えたいと願う人間の目。そういう人間は大抵裏切らない。裏切る余裕すら既に失っているからだ。組織の掟に縛られた人間や、家族のために動く人間も同じような目をしていた。彼らは選択肢が限られているからこそ、目の前の一つの道に全力で賭けるしかない。エリーゼも恐らく、同じ種類の人間だ。
「それでも慎重に、進める必要がある」
俺はそう続けた。
「向こうの情報を鵜呑みにはしない。裏を取りながら少しずつ、信用できるかどうかを見極める。前世でも、そうやって生き延びてきた」
セラフィナはその言葉に、頷いた。
「その姿勢には賛成です」
*
その夜、頭の中で、あの数字を確認した。
768
788から、さらに僅かに動いていた。
――対話そのものにも、意味があるということか。
これまでは誰かを救い、誰かを従わせることで、この数字が動いてきた。
だが今回は少し違う。ただ、この国の中枢にいる人物と言葉を交わしただけだ。それでも数字は動いた。
あの存在が見ているのは結果だけではなく、この国の均衡そのものに関わる、あらゆる変化なのかもしれない。この推測が正しければ、今後、単なる暴力や取引だけでなく、こういう対話そのものにも注意を払う価値がありそうだった。
この結果から考えると、エリーゼはこの国の均衡に関わる人物とみてよいのか。今後、彼女を使ってみる余地はありそうだ。
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「次の標的について相談したい」
後日、俺はセラフィナへそう切り出した。
「残る三家、それぞれの裏の顔について、あんたが知ってることを教えてくれ」
「分かりました」
セラフィナはそう言うと、頭の中の知識を整理するように話し始めた。
*
「オーレリア家は商業を司る家系です。表向きはこの国の貿易と、市場を統括しています。裏では密輸、人身売買、そして闇市場の運営に深く関わっているという噂です」
「アーヴィング家は」
「軍事と治安を司る家系です。表向きはこの国の防衛を担っています。裏では非合法の傭兵の斡旋、そして暗殺依頼の元締めをしていると言われています」
「セドリック家は」
「司法を司る家系です。表向きはこの国の法秩序を守る立場にあります。裏では貴族の都合に合わせて冤罪を捏造したり、賄賂によって判決そのものを操作したりしていると聞きます」
*
「三家ともそれぞれ、厄介な性質を持ってるわけか」
俺は頭の中で、それぞれの情報を整理していった。
「その中で次に狙うべきは、オーレリア家だと俺は思う」
「理由を聞かせてください」
「グラハム家で闇金融を、ファーレン家で麻薬市場を、既に俺たちの管理下に置いてる。両方ともこの国の裏の経済に深く関わる領域だ。オーレリア家の密輸や闇市場も根っこは同じ経済圏にある」
「つまり、既に持ってる基盤の延長線上にある、ということですか」
「そうだ。裏の商業をまとめて押さえられれば、この国の闇の経済そのものを一つの手の中に収められる。軍事や司法とはまた違う種類の、強力な武器になる」
「なるほど。それに、既に二家を支配下に置いている以上、残りの家もいずれ、警戒を強めるはずです」
「その通りだ。アーヴィング家やセドリック家にこちらの動きが、これ以上知られる前に、経済の地盤を確実に固めておきたい。奴らが力を合わせてこちらに対抗してくる前にな」
*
「他に、軍事と司法、両方を同時に敵に回すのは、危険すぎる」
俺は続けた。
「先に経済を押さえて、資金源と情報網を確保しておく。それができれば、残る二家との直接対峙も、より有利に進められるはずだ」
セラフィナはその説明に、深く頷いた。
「理にかなっています。それに、オーレリア家の闇市場という仕組みは、恐らくこれまでのグラハム家、ファーレン家とも、何らかの繋がりがある可能性があります。調べを進めれば、新たな発見もあるかもしれません」
「そうだな。次の標的は、オーレリア家に決まりだ」
俺はそう宣言した。
*
この街に転生してから、まだそう長くない。それでもグラハム家、ファーレン家という二つの大樹を、確実に切り崩してきた。次は、この国の商業そのものを裏から支配する一族。
ここまではカルマ値の減少が順調に思えるが、裏市場の地盤固めも必要だ。残る道のりはまだ長い。それでも、この歩みを止めるつもりはなかった。オーレリア家の正体を暴くところから、次の戦いが始まることになる。




