第52話 邂逅
儀式が終わり、広場では民衆に開かれた催しが始まっていた。
大道芸人らしき者たちがあちこちで芸を披露している。屋台からは香ばしい匂いが漂ってきた。先程までの厳粛な空気とは打って変わって、賑やかな祭りの雰囲気が辺り一帯を包んでいた。
「少し街の様子や、他の貴族家の動きをできるだけ見ておきたい」
俺はセラフィナにそう告げた。今後のためにも、この国の表舞台の空気を直接、目に焼き付けておく価値はある。
「私も同行します」
セラフィナは、そう即答した。
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貴族の社交の場を遠目に見ようと、人混みを進み始めた時だった。見知らぬ兵士が一人、俺たちの前に現れた。
「グラハム家の随員の方々、少しよろしいでしょうか」
その口調は丁寧だった。だが、有無を言わさぬ響きも同時に感じられた。
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俺はあえて逆らわず、大人しく後をついていった。セラフィナも黙って隣を歩いていた。
兵士に案内された先は、祭祀の会場から少し離れた場所にある小さな小屋だった。周囲の喧騒からは隔絶された、静かな一角だった。
*
小屋の中に入ると、そこには一人の女性が立っていた。
王女であるエリーゼだった。
近くで見ると、遠目に見た時よりも若々しい印象があった。それでいて、その目にはこの年齢には、そぐわないほどの深い落ち着きが宿っていた。
「護衛はここまでで結構です」
彼女がそう告げると兵士たちは、外へ下がっていった。
小屋の中には俺とセラフィナ、そしてエリーゼの三人だけが残された。窓の外を見ると、護衛たちが周囲をさりげなく取り囲んでいる。だが中にいる自分たちに対する敵意は感じない。むしろ、この王女自身が誰にも聞かれたくない話をするために、あえて人払いをしているような気配があった。
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「よくぞお越しくださいました」
セラフィナが慌てて膝をつこうとしたが、俺はその肩に手を置き、それを制止した。
「その必要はない」
俺はそう言い切った。この王女の前で、へりくだるつもりは端からなかった。
エリーゼはその様子を見て、僅かに目を細めた。
「お初にお目にかかります。エリーゼ・ヴァルディアと申します」
その丁寧な挨拶に俺は、素っ気なく返した。
「俺達に、何の用だ」
その返答にエリーゼは一瞬、驚いたような表情を見せた。それから、どこか納得したような色が、その目に浮かんだ。
「随分と率直な物言いをされるのですね」
「回りくどいのは性に合わない」
「この国の貴族なら、まずまともにそんな口の利き方はしません」
「あんたにとってはそうかもな」
その短いやり取りだけで、エリーゼの中で何かが、確信に変わったようだった。
「あなたはこの国の生まれではありませんね」
俺はそれには答えなかった。だが、その沈黙自体が既に答えになっていた。
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エリーゼはしばらく、俺の顔をじっと見つめていた。それから静かに本題を切り出した。
「単刀直入に伺います。グラハム家とファーレン家に、何をされたのですか」
「何の話だ」
俺はあえて白を切った。この場で簡単に手の内を明かすつもりはなかった。
「惚けても無駄です。私には"天啓"と呼ばれる力があります」
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「天啓、というのは」
「この国の未来に関わる重要な出来事を、時折垣間見る力です。数ヶ月前、私はグラハム家が何かに飲み込まれていく光景を見ました。それから最近、同じことがファーレン家にも起きているのを見ました」
「その光景に俺が映ってたということか」
「はい。黒髪の男がその中心にいました」
「この国では黒髪、黒目という色彩は、これまで一度も見たことがありません。それに、グラハム家、ファーレン家両方の随員として、その場に控えている素性の知れない人物。そこまで揃えば天啓が示していたのがあなただということは、もう疑いようがありません」
その説明に俺は少し驚いた。この世界にはまだ、俺の知らない力がいくらでもある。ルーシャの"神域"とはまた別種の力だと思うが、この王女。一体何がどこまで見えているのか。
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「それで、俺に何を望む」
「望みというより確かめたいことがあります。あなたはこの国をどうするつもりですか」
その問いに俺は少し考えた。正直に答えるべきか、はぐらかすべきか。この王女の目的がまだ見えていない。
「今のところは五大貴族家の歪みを一つずつ、正してるだけだ」
「歪みを正すというのは、五大貴族家の裏の顔を取り除く、ということになるのでしょうか」
「善意でやってるわけじゃない。ただ結果として、そうなってるだけだ」
「それでも、この国にとっては確かな変化です。私は長年この国の歪みを正したいと思ってきました。ですが私一人では何もできませんでした」
その言葉には、これまで一人で抱え込んできた孤独の色が滲んでいた。
「あんたはこの国を変えたいのか」
「はい。ただ私には力がありません。天啓は未来を垣間見ることはできても、それを変える力そのものではないのです」
「だったら、俺を利用したいということか」
「そう受け取っていただいても構いません」
その率直さに俺は少し、興味を惹かれた。この王女は単なる権力の傍観者ではないらしい。
「あんたが俺に協力する見返りは」
「まずは王家の情報、そして貴族院の内情。私が知り得る限りの情報を、あなたに提供します」
「王女という立場で、そこまでの情報が集められるのか」
「表向きの政務には深く関わっていません。ですが、この城の中で誰が何を話しているか、耳に入る機会はいくらでもあります。長年誰にも期待されない立場だったからこそ、逆に警戒もされてきませんでした」
その言葉には自嘲めいた響きが、僅かに混じっていた。長年傀儡に近い立場に置かれてきた人間だけが持つ、独特の距離感だった。
その提案に俺は頭の中で、算段を立てた。表舞台の情報網。これはこれまで俺が持っていなかった種類の武器だった。
*
「それがどうした」
俺はあえて素っ気なく、そう返した。
「あんたは俺の敵か」
その問いにエリーゼは少し、考えるような間を置いた。
「まだ分かりません。だからこそ、こうしてお話ししているのです」
エリーゼは一拍置き、一層真剣な表情でこう言った。
「あなたは何者ですか。何を目的に動いているのですか」
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その問いに俺は、すぐには答えなかった。セラフィナに視線を向ける。彼女もこちらを見ていた。言葉にはしなかったが、どこまで話すべきか、考えを探っているのが分かった。
セラフィナが僅かに頷いた。それは俺への合図というより、彼女自身の中での判断の答えのように見えた。
少なくとも、この王女は嘘をついている人間の様子には見えない。天啓という正体不明の力の真偽はさておき、その言葉の端々には裏のない真剣な響きがあった。
*
「今はまだ話せない」
俺はそう答えた。全てを明かすには、まだ判断材料が足りなかった。
「構いません。今すぐの答えは求めていません」
エリーゼはそう言うと、懐から小さな道具を取り出した。古びた装飾の施された、円盤状の魔道具だった。
「これをお渡しします」
「何だこれは」
「王家に伝わる通信用の魔道具です。遠く離れた場所からでも、対になった道具を通じて言葉を交わすことができます」
「なぜこんなものを俺に」
「王家に実権がなくなってから既に、数百年が経っています。この道具もその頃から、宝物庫の奥深くで死蔵されていたものです。使い道を失っていました」
「あなたがこの国をどう変えていくつもりなのか。私にはまだ分かりません。それでも、あなたと繋がりを持っておく価値はあると、そう判断しました」
俺はその道具を黙って受け取った。
「気が向いたら使う」
「それで構いません」
エリーゼはそう言って、微かに笑みを見せた。これまでの探るような表情とは、少し違う初めて見る類の表情だった。
*
「最後に、あなた方のお名前を教えてください」
この女が今どんな考えでいるのかはまだ掴めていない。しかし、実権が無いとはいえ仮にも王女だ。使える駒にできる可能性がある。――名前くらいは教えても問題ないだろう。
「トーアだ。姓は無い」
「セラフィナ・リンハートと申します」
「トーアにセラフィナ、リンハート家のご令嬢ですね。ありがとうございます」
しまった。失念していたが、セラフィナの家はこの国の貴族の一員だ。不用意に名乗らせるべきではなかったか。しかしもう遅い。
――それなら。
「そうだ。優秀な参謀として共に動いてもらっている。何もできないあんたたち王家とは違い、彼女のおかげで今のところ順調に動けている」
「トーア、いくら何でも失礼が過ぎます」
セラフィナから苦言を呈されるが、それを制止して続ける。
「あんたが何を変えたいと思っているのかは知らない。だが、俺を利用したいなら、王女であるあんた自身にも動いてもらうことも必要になるだろう。それがこの国の法に触れること、道義に反する汚いことであってもだ」
「それができないと言うなら、俺達のことを少しでも知るあんたには消えてもらうことになる」
裏社会の交渉としては初歩的な手段だが、脅しをかけるとともに、相手の決意を確認する方法を取ってみる。
――さて、この女はどう出るか。
「私は、天啓を授かった王族の身として、今日は覚悟してこの場に臨んでいます。まだ初対面で私を信用できないことはもちろん承知の上です。しかし、この国の歪みを正すために、手段は選ばないつもりです」
「だからこそ、あなたを支援するために手を汚すことは厭いません。今は、私のこの覚悟を知っておいて下さい」
なるほど。この王女もそれなりの考えがあるらしい。この国の王族がどれだけのことができるのかはまだ分からないが、使い道は大いにあるだろう。
「分かった。しかし俺達はお互い、何ができるのかをまだ知らない。あんたにどこまで話して何を頼むか、一度考えさせてもらう」
「分かりました。聞き入れていただき、感謝します。これからよろしくお願いします」
*
小屋を出ると、外の喧騒が再び耳に戻ってきた。
「予想外の展開でした」
セラフィナがそう呟いた。
「ああ。だが悪い話じゃない」
俺は懐にしまった魔道具の感触を確かめながら、そう答えた。この国の表舞台の中枢と初めて、直接繋がりを持った。それが今後どういう意味を持つのか、まだ判断はつかなかった。
それでも、この出会いがこれからの展開に大きな意味を持つことだけは確かだろう。




