第51話 祭祀
祭祀の日取りが決まり、俺はセラフィナと共に、当日の段取りを詰めていた。
この国に来て以来、貴族の裏側にばかり関わってきた。表向きのこういう公式行事に参列するのは、これが初めてだった。作法の一つも知らないまま出れば、要らぬ注目を集めることになりかねない。
「参列するにあたって、最低限の作法を頭に入れておく必要があります」
セラフィナはそう言って、いくつかの決まり事を順に説明していった。
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「まず、祭祀の場では王家に対して深く頭を垂れること。次に、五大貴族家の当主以外は決められた区画から出てはならないこと」
「他には」
「儀式の最中は私語を慎むこと。それと、祭壇に近づいてはならないこと。この三つを守っておけば、大きな失礼にはなりません」
「俺は一般の参列者として行くのか」
「今回はバルドとイグナーツ、両家の随員という扱いで参列します。表向きはあくまで彼らの補佐という立場です」
「セラフィナも一緒に来るのか」
「はい。私もあなたの補佐という名目で、随員の枠に紛れ込ませてもらいます。真如でその場の空気を、直接確かめておきたいので」
その説明に俺は頷いた。前世で言えば代理出席のようなものだろう。都合が良かった。表向きの顔役が別にいて、実際の権力は裏で動く。この国に来てから何度も繰り返してきた構図が、ここでもそのまま当てはまっている。
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「祭祀では、何が行われる」
「王家が国の安寧を祈願する儀式を執り行います。その後、広場で民衆にも開かれた催しが続きます。五大貴族家はそれぞれ決められた席で、儀式を見守ることになります」
「この国の王もその場にいるのか」
「いえ。今の王は高齢で病を患っています。ここ数年は王族不在でしたが、今年はエリーゼ王女が王の名代として儀式に出席するという案内があったようです」
「王女か。どういう人物なんだ」
「詳しくは私も知りません。ただ聡明な方だという評判は、聞いたことがあります。表舞台にはあまり出ず、多くを語らない方だとも」
その名前に俺は少し興味を惹かれた。まだ一度もまともに、その存在を意識したことがなかった。これまで俺の関心は常に、この国の裏側にあった。表舞台の頂点にいる人間について、深く考える機会はこれまでなかった。
「王族以外にこの国を、実質的に動かしてる人間はいるのか」
「宰相がいます。王が病床にある今、実務のほとんどは宰相が取り仕切っていると聞きます」
「どんな男だ」
「そこまでは私も詳しくは知りません。ただ五大貴族家のいずれにも属さない、生え抜きの官僚だという話です。祭祀の場にも恐らく姿を見せるはずです」
その情報を俺は頭の中に留めておいた。五大貴族家の外側にいながら国の実務を動かす人間。今後無視できない存在になるかもしれない。
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祭祀当日、王都の広場はこれまで見てきたどんな光景とも違っていた。
人々が大勢集まっている。貧富の差を問わず、誰もが同じ方向を見つめていた。広場の中央には、あの均衡の女神像が静かに佇んでいる。以前この街に来たばかりの頃、この像を見上げていたことを思い出した。あの頃はまだこの国の構造すら、ろくに分かっていなかった。
周囲には着飾った貴族たちの姿も見える。それぞれの家紋を掲げた旗が風に揺れていた。この一角だけで、この国の権力構造がそのまま可視化されているようだった。
バルドとイグナーツはそれぞれ、緊張した面持ちで決められた席に着いていた。俺はその後方、随員のための区画に控えていた。
この二人が、こうして並んで座る光景を見るのも初めてだった。かつては互いに独立した五大貴族家の当主同士だったはずが、今は二人とも同じ人間の意向で、動く駒に過ぎない。そのことをこの二人以外の誰も知らない。この光景そのものが、俺の積み上げてきた成果の一つの証だった。
周囲の席には残る三家の、当主らしき姿も見えた。
恰幅の良い、いかにも商人然とした男。恐らくオーレリア家の当主だろう。
屈強な体格に幾つもの傷が、刻まれた顔つきの男は、アーヴィング家の当主に違いない。
そして痩身で神経質そうな目つきの男が恐らく、セドリック家の当主だ。
名前までは分からないが、それぞれの姿をこの目で確認できただけでも十分な収穫だった。次に狙う相手の顔を事前に知っておく。それだけでこれから先のリスクが減らせるはずだ。
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やがて儀式が始まった。神官らしき人々が祈りの言葉を唱え始める。その言葉の意味までは俺には分からなかった。それでも、この国の人々にとってこれがどれほど重要な儀式なのか、その空気だけで十分に伝わってきた。
祈りの声が一段落した頃、祭壇の脇に白い衣装を纏った、見覚えのある人影が現れた。
ルーシャだった。
現人神としての正装なのだろう、以前対峙した時とはまた違う、儀礼的な装いをしている。表情は静かで落ち着いていた。あの薬に意識を覆われている様子は、今はどこにも見当たらない。
民衆の間から僅かなどよめきが起こった。この国にとって現人神の姿を直接目にする機会はそう多くないのだろう。
セラフィナが隣で、小さく息を呑む音が聞こえた。
「あの様子なら心配なさそうです」
俺はそう小声で伝えた。セラフィナは僅かに頷いた。
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儀式の中心、壇上に一人の女性が姿を見せた。
白を基調とした豪奢な衣装。長く伸びた金色の髪。凛とした佇まい。
おそらくこの女性がエリーゼ王女だろう。
遠目にも、その所作の一つ一つに隙がないことが分かった。長年、権力の場に立ち続けてきた人間だけが持つであろう、独特の落ち着きがあった。
王女の視線が一瞬、こちらへ向いた気がした。気のせいかもしれない。それでもその一瞬、彼女の表情に微かな変化が見えた気がした。視線が合った瞬間に相手が何かに気づいたような、そんな微妙な空気の変化だった。
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「あれがエリーゼ王女か」
俺は小さく呟いた。
これまで俺は、この国の裏側にばかり目を向けてきた。貴族の腐敗、闇金融、麻薬。この国の表舞台に立つ人間と直接、対峙する機会はこれまで一度もなかった。
だが、この国の均衡を戻すという試練を考えれば、いずれ、この表舞台とも無関係ではいられなくなる。裏側だけを削り続けても、この国そのものの形は変わらないかもしれない。表と裏、両方に手を伸ばす必要が出てくる可能性は、頭の隅に留めておくべきだった。
この王女が今後、俺にとってどういう存在になるのか。まだ何も分からない。それでも、この祭祀という場で初めて、この国の中枢に一歩近づいた実感があった。
儀式はまだ続いていた。俺はその様子を静かに見守り続けた。




