第5話 検証
翌日から、俺は意図的に小さな衝突を拾い歩くようになった。
スラムのような場所では火種はいくらでも転がっている。賭博の揉め事、酔っ払いの喧嘩、縄張りを主張するだけの間抜けな脅し。俺はそのどれにも、あえて首を突っ込んだ。
目的は金でも義理でもない。あのスキルの正体を掴むことだった。実力も、正体も分からない道具を、いつまでも使わずに抱えているのは、危険なだけで、何の得もない。
わざと賭博場でいかさまを指摘してみせたり、酔っ払いの肩に軽く体をぶつけてみせたりした。反応は大抵似たようなものだった。相手は苛立ち、拳を振るってくる。俺はそれをあえて受ける。それだけで検証の材料はいくらでも手に入った。他人の怒りを、実験材料として利用する。この街の連中には、その程度の使い道しか、今は見出していなかった。
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まず確かめたのは、拳や刃といった直接的な攻撃についてだった。
三日の間に五度、似たような小競り合いを起こした。結果はいずれも同じだった。殴られれば、殴った相手が代わりに殴られたような衝撃を受けて崩れる。刺されれば、刺した相手が代わりに刺されたような傷を負う。俺自身の身体には一瞬の痛みだけが走り、直後には傷一つ残っていなかった。
一度、試しに相手の得物をじっくり見極めてから受けたこともある。粗末な棍棒だった。振り下ろされた瞬間、確かに頭部に衝撃を感じた。だがそれも一瞬だった。次の瞬間には、棍棒を振っていた男自身が脳震盪を起こしたように地面に倒れていた。
――やはり、直接受けた攻撃は確実に返る。
その一点は、もう疑う余地がなかった。この街で、この力の存在を知る人間は、まだ一人もいない。それだけで、俺は、他の誰よりも優位な位置に立っている。
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次に確かめたのは、直接的でない被害についてだった。
ある時、酔った男に胸を強く突かれた。その勢いで俺は後方に倒れ、積んであった木箱に頭をぶつけた。
突かれた衝撃そのものは、いつも通り男に返った気配があった。だが木箱にぶつけた頭の痛みは、しっかりと残った。手で触れると瘤ができているのが分かる。
――なるほど、そういうことか。
もう一度、似たような状況を作った。今度は坂道の上で相手に肩を押させ、意図的に転倒した。案の定、押された衝撃自体は返ったが、坂を転がって擦り傷を負った膝は、そのまま痛みが残った。二度確かめて、俺はこの違いを確信に変えた。
相手から直接受けたダメージだけが対象になる。その後の転倒や衝突といった、いわば"二次的な"被害は対象外らしい。反射されるのは、あくまで加害者から直接叩き込まれた、その一撃だけだ。この線引きを知らないまま戦い続けていたら、いつか、痛い目を見ていたかもしれない。
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この検証を進めるうちに、俺はいくつかの仮説を頭の中で組み立てていった。
例えば、火。もし誰かが直接、俺に炎を叩き込んできたら、それは反射されるはずだ。だがその炎が周囲の建物に燃え広がり、逃げ場を失って焼かれるという展開になったら、それは間接的な被害として、俺の身にそのまま降りかかる。
毒についても、同じ理屈が成り立つのではないか。相手が目の前で直接毒を盛ってきたなら、それは反射される。だが知らない誰かが運んできた食事に、いつの間にか毒が混ぜられていたとしたら――その毒を口にした瞬間、"直接の加害者"はもうその場にいない。反射する対象そのものが存在しないことになる。
だとすれば、暗殺という手段に対しては、これは完璧な防御にはならない。むしろ油断すれば簡単に命を取られる穴が、いくらでも残っている。前世でも、直接手を下すより遠回しに対象を追い込むやり方の方が、後腐れが少なく効果的だった。実際、俺自身も、そういう手口を、何度も使ってきた。もしこの世界にも同じ発想をする人間がいれば、俺のこの力は宝の持ち腐れになるかもしれない。頼りすぎるのは危険だ、という結論が、また一つ積み重なった。
落石、水没、自然災害。そういった加害者のいない被害は、そもそも反射という現象が発生する前提が成立しない。
あの空間で聞いた話も、頭の中で改めて整理し直した。この世界には俺の知らない病があるかもしれない。もし何らかの病に冒されたとして、その病そのものには明確な"加害者"が存在しない。となれば、それもまた、この力の対象外だろう。前世で言えば、殴られて怪我をするのと、風邪をひいて熱を出すのとでは、まるで別物だ。この力が防いでくれるのは、あくまで前者だけだ。
この仕組みは、あくまで「誰かが直接、俺に危害を加えようとした、その瞬間」にのみ働く。逆に言えば、その"瞬間"をうまく回避されれば、このスキルは何の役にも立たない。
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「初見殺し、対策されると脆い」
俺はそう自分に言い聞かせるように呟いた。
この力は、相手がまだ俺の正体を知らない時にこそ、最大の効果を発揮する。だが一度でも、その仕組みを見抜かれれば、相手は直接攻撃を避け、別の手段――間接的な破壊、環境そのものを利用した攻撃に切り替えてくるだろう。そうなれば俺は途端に無防備になる。だからこそ、見抜かれる前に、相手の口を封じておく必要がある。それが、この力を長く使い続けるための、唯一の運用ルールになる。
前世で言えば、隠していた手札が一度割れてしまえば二度目は通用しない。それと同じ理屈だ。
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もう一つ、確かめておきたいことがあった。範囲の広い攻撃、あるいは複数人からの同時攻撃に対して、この力がどう作用するのか。
実際、五度目の小競り合いでは、二人同時に殴りかかってきたことがあった。結果は、それぞれの拳がそれぞれの持ち主に個別に返っていった。同時に攻撃されても、反射自体は一対一の対応で律儀に処理されるらしい。だとすれば、大人数に囲まれた場合、こちらが受けるダメージの総量そのものは、ゼロに近いはずだ。だが、それはあくまで全員が直接攻撃だけを選んだ場合の話だ。
もし、その大人数の中の誰かが周囲を巻き込むような範囲攻撃を仕掛けてきたら、話は変わってくる。爆発、あるいは広範囲を薙ぎ払うような一撃。直接、俺の身体に触れた部分だけが反射され、その周りの余波としての被害――倒壊する建物、飛び散る破片――は、間接的な被害として、そのまま俺の身に降りかかる可能性がある。
これについては、まだ実地で試す機会がなかった。慎重に、そういう場面を選んで作る必要がある。焦って無謀な検証をすれば、命を落としかねない。命を無駄に賭ける趣味は、前世でも持ったことがなかった。
だが少なくとも、この数日で、俺はこの力の骨格を大まかに掴んだ。
直接受けた攻撃は反射される。俺自身の受けるダメージは一瞬だけで、すぐに元に戻る。だが、それ以外の間接的な被害には一切無力だ。
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この力を、どう使うべきか。答えはもうはっきりしていた。
誰にも、この仕組みを明かしてはならない。見せる時は初見の相手、しかも直接攻撃を仕掛けてくることが確実な場面だけに限る。もし誰かに見抜かれたら――その相手は、二度目の機会を与える前に始末するしかない。それが、この街で、この力を持ち続けるための、最低限の代償だった。
前世で、情報統制の重要性は身をもって学んでいた。この力もまた、その延長線上にある。誰にも知られない限り、これは絶対的な武器になる。だが知られた瞬間、それはただの脆い賭けに変わる。
人前で、この力を頼りすぎるのも危険だ。あくまで表向きは、体術と度胸で切り抜けているという体裁を保つべきだろう。この力の存在自体、"大したことのない戦闘スキル"程度に誤魔化しておく。それが一番安全な運用だ。
俺は、その事実を頭の奥深くに刻み込んだ。
あとは、この力を使って何を成すか。まだその答えは見えていなかった。だが少なくとも、この街で生き延びるための道具は、ようやく手の内に収まった気がした。使い方さえ間違えなければ、この街の誰よりも、優位に立てる。それだけの確信はあった。




