↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
外道転生 〜元裏社会の帝王、千のカルマを賭けた贖罪の成り上がり〜  作者: 中原九尾
第2章:ファーレン家編「祈りは麻薬たり」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

49/85

第49話 屈服

 ルーシャを担いでイグナーツの部屋に戻ると、こちらも片付いているようだった。


 護衛の男たちは皆、床に転がっている。誰も身動きが取れない様子だった。イグナーツ自身も透明な鎖のようなもので椅子ごと縛られている。


 部屋の隅には、廊下で相対していたはずの護衛が数人、まとめて転がされていた。誰一人、意識を失ってはいないようだったが、身動き一つ取れずにいる。ガロの仕事ぶりは、想像していた以上に手際が良かった。


「イグナーツと護衛は全員、俺のスキルで縛ってある」


「このままで危険はないのか」


「俺のスキルで縛られている間は、動けないだけじゃなくスキルが発動できない。この状態なら危険はない」


「そうだったのか。強力だな。もっと早く知っていれば、色々な場面で使えたかもしれない」


「使いどころは選ぶけどな。相手に触れないと発動できない。まあ、これくらいできないと紋官隊の隊長なんて務まらないさ。カインのスキルにもかなり頼ったが」


 ガロはそう言って少し笑った。以前の重苦しい表情とは明らかに違う軽さがあった。この男が組織の中枢を担っていた時代の技量が、こういう場面で確かに生きている。


     *


 俺はルーシャを床に寝かせて、イグナーツの前に立った。


 イグナーツの顔からみるみる血の気が引いていった。両手両足を縛られたまま、椅子の上で、ただ、目を見開いている。先ほどまでの傲慢な態度はもう、どこにも見当たらなかった。


「ルーシャが……現人神が敗れるなど……お前は一体何なんだ」


 その声には隠しきれない動揺があった。俺はその様子をしばらく眺めた。この街に来てから、何度も見てきた表情だった。絶対だと信じていたものが崩れた時、人間は皆、同じような顔をする。


「勘違いするな。ルーシャが俺に負けたんじゃない。お前が間抜けだったせいだ」


     *


「まず圧倒的に戦闘経験が足りなかった。この女のスキルは恐らく自分の攻撃と防御にしか予知が働かないようだな。だが手段がなければ予知も意味を持たない。自分の護衛のために閉じ込めて経験を積ませなかったお前自身が、今回の裏目を作った」


 イグナーツは何も言い返せなかった。両脇を固めていた護衛たちも、それぞれガロの縛鎖に縛られたまま動けずにいる。


「次に、ルーシャを従わせるために安易に薬へ頼ったことだ。あれだけの力にわざわざ時間制限という弱点を作ったのはお前だ」


「最後に、お前が自分のスキルに引きこもって何もしなかったことだ。薬を追加で渡してやれば俺の負けだった」


 俺はそう言ってイグナーツを見下ろした。


「お前は自分の掘った落とし穴に自分で落ちた。それだけの話だ」


 その皮肉にイグナーツの顔から完全に色が消えた。何か言い返そうとして口を開きかけたが、結局言葉にならず、また閉じた。


     *


「これから、お前を連れていく場所がある」


「どこへ……」


「グラハム家の本拠地。地下にいい部屋がある」


 俺はガロに目配せした。ガロもその意味を正確に理解しているようだった。


「あそこか。デズモンドが使ってた、あの部屋だな」


 ガロがそう言うとイグナーツの顔がさらに青ざめた。あの部屋の噂は貴族の間にも多少は届いているのだろう。


     *


「そこで何をする気だ」


 イグナーツの声は僅かに震えていた。


「あんたが、まだまともに話を聞く気がないなら、そこでじっくり考えてもらうしかない」


「や、やめてくれ。何が望みだ」


 その反応の速さに俺は内心、少し呆れた。あの部屋の名前を出すだけで、これほどあっさりと折れる。バルドの時よりも随分と脆かった。契約という土台の上で権威を保っていたバルドとは違い、この男は信仰という、もっと曖昧な土台に頼っていたぶん、恐怖への耐性そのものが薄かったのかもしれない。


 前世でもこういう人間を何人も見てきた。表向きは強大な権威を纏っていても、その内実は、ただの脅しに弱い、臆病な男に過ぎない。神殿の意匠で飾り立てられた屋敷の中で、この男は長年、自分自身を、絶対的な存在だと思い込んでいたのだろう。その化けの皮が、これほど簡単に剥がれるとは、少し拍子抜けするほどだった。


     *


「要求は三つだ」


 俺はそう切り出した。


「一つ、麻薬事業の全てを俺の管理下に譲渡する。二つ、ルーシャの身柄を俺に引き渡す。三つ、この件を他の貴族院には一切漏らさない」


「そんな……全てを失えというのか」


「全てじゃない。表向きの当主の座は、そのまま残してやる。ただ、実際に動かす人間が変わるだけだ。バルドも、そうやって今も座に留まってる」


「拒むなら、あの部屋へ案内する。選ぶのはあんただ」


 イグナーツはしばらく黙り込んでいた。それから絞り出すように答えた。


「……分かった。全て、その通りにする」


     *


「今すぐ簡易な契約を結んでもらう」


 俺はそう言って懐から紙とペンを取り出した。あらかじめセラフィナに用意させておいたものだった。


「内容は単純だ。この場を離れた後、逃げないこと。そして後日、正式な契約を拒まないこと。この二つだけだ」


「そんなもので、何が縛れる」


「契約魔法は、あんたも知ってるはずだ。本人の意思で交わした約束は、簡易なものでも確かに拘束力を持つ」


 イグナーツは震える手で、その紙に署名した。


「細かい契約の内容は、これから詰める。俺の方の学者を、あんたの元へ送る」


 俺はそう言ってイグナーツを見た。


「セラフィナという女だ。正式な書面は彼女が作る。それまでに下手な小細工をすれば次はない。この世から消えてもらうだけだ」


 イグナーツは力なく頷いた。


     *


 俺は床に寝かせていたルーシャを改めて見下ろした。呼吸はまだ荒いままだった。


「この女は俺が連れていく。治療が必要だ」


「……好きにしろ」


 イグナーツの声にはもう抵抗する気力すら残っていなかった。


 俺はガロとカインに屋敷を出る合図をした。ルーシャを背負ったまま俺たちは屋敷を後にした。


 この街の麻薬市場、そして現人神という存在。両方ともようやく、俺の手の中に収まろうとしていた。


 グラハム家に続いて、ファーレン家も傀儡にできた。この街の裏側を支配する五大貴族家のうち、既に二つが俺の意向で動くようになった。


 前世では、これほどの規模の支配を一代で成し遂げることなど、想像もしなかった。この世界の摂理は少しずつ、俺に都合の良い方向へ傾き始めているのかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。