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外道転生 〜元裏社会の帝王、千のカルマを賭けた贖罪の成り上がり〜  作者: 中原九尾
第2章:ファーレン家編「祈りは麻薬たり」

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第48話 対ルーシャ

 ルーシャが両手剣を振り上げた。


 あの巨大な刃が、まっすぐ振り下ろされる。並みの人間なら、それだけで、命を落とすだろう一撃だった。俺はそれをあえて受けた。反射さえ発動すれば、この一撃はそのまま彼女自身に返るはずだった。


 だが剣が触れる寸前、彼女の力が僅かに緩んだ。以前と同じだ。完全な回避ではない。それでも直撃を避け、掠める程度の一撃に抑えられていた。


 剣の腹が俺の肩を打った。鈍い痛みが走る。反射は発動した。だがその量はあまりに僅かだった。


     *


「……何なの、この力」


 ルーシャは肩を撫でながらそう呟いた。


 この女の予知は伊達ではない。俺のスキルの正体を完全には見抜けなくとも、何かがおかしいと察知し、力を瞬時に加減してくる。真っ向から受け続けても決定打にはならない。


 だからこそ正面から力比べを挑むつもりはなかった。今は時間を稼ぐ。それだけでいい。


 考えてみれば、自分の手でこうして誰かと直接やり合うのは、前世でも三十を過ぎてからほとんどなかった。あの頃は大抵、部下にやらせるか、あるいは金と情報で片をつけていた。こんな風に真正面から、一対一でやり合う感覚は随分と久しぶりだった。


 やることは既に決まっている。まず、この部屋の外へルーシャを誘導する。こんな狭い部屋の中で、あの大剣を何度も振り回されれば、天井や壁がいずれ崩れる。巻き込まれれば反射ではどうしようもないことは、検証済みだ。


 あとはとにかく時間を稼ぐ。それだけだった。


     *


 ルーシャの剣が再び迫る。今度は横薙ぎだった。俺はそれを紙一重で躱した。


 剣が通り過ぎた場所にあった石柱が真っ二つに切断された。切り口はまるで豆腐でも斬ったかのように滑らかだった。破片が周囲に飛び散る。反射できないからには、まともに受けるわけにはいかなかった。


 ――いや、恐らく、俺を直接狙っていない。


 その考えが頭をよぎった。今の一撃もその前の一撃も、俺自身の身体ではなく周囲の石柱や壁を、正確に切り裂いている。もしかすると、俺のスキルの正体に既に薄々、気づき始めているのかもしれない。だとすれば直接、俺に触れる一撃をあえて、避けているという可能性もあった。


 この女の攻撃は直接受けるより、周囲を巻き込む二次的な被害の方が遥かに危険だった。反射は直接受けた一撃にしか効かない。飛び散る瓦礫や崩れる壁には、何の意味も持たない。


「よくそんな大きな剣を軽々と振り回せるもんだな。俺じゃ持ち上がるかも分からない。大したもんだ」


 俺はそう軽口を叩いた。時間を稼ぐには、こういう他愛のない言葉も悪くない材料だった。


「……お世辞ですか」


 ルーシャはそう答えながらも、剣を止めなかった。


「お世辞じゃない。素直な感想だ。あんたの剣術はどこで習った」


「答える義理はありません」


 その返答には僅かに、呆れたような色が混じっていた。それでも会話を完全に、拒む様子はなかった。案外こういう軽口にも、律儀に応じてくれるらしい。


     *


 俺はじりじりと部屋の出口へ向かって、後退を続けた。ルーシャは、それに気づいているのかいないのか、大剣を振るいながらただ追ってくる。


 やがて俺の背中が扉の外に出た。廊下は部屋よりも幾分広い。天井も高く、剣を振るう分の余地がまだ残っている。それでも屋敷を丸ごと壊すわけにはいかない。無駄な破壊は極力、抑える必要があった。


     *


 俺は屋敷の中を動き回りながら、極力無駄な破壊を周囲に生ませないよう注意を払った。攻撃を受け流す位置取り、逃げる方向。一つ間違えば瓦礫の直撃を受けかねない。


「随分と慎重ですね」


 ルーシャがそう言った。声には抑揚がほとんどなかった。


「あんたの一撃をまともに食らいたくない。痛そうだ」


 俺はそう答えながら、頭の中で時間を数え続けていた。エドの証言が、頭の中で幾度となく繰り返されていた。三時間ほどで効果が切れ、そこから一時間ほど経てば完全に動けなくなる。この女の身体でも、恐らく大きくは変わらないはずだ。


     *


 その直後だった。ルーシャの動きに明確な変化が現れた。


 剣を大きく後ろへ、投げ捨てたのだ。金属の音が廊下に響いた。


「……剣ではあなたに届かない。それが分かりました」


 その一言に俺は内心、僅かに緊張した。この女はたった数合の攻防だけで、剣という手段の限界を見切ったらしい。予知の力が、それだけ精緻だということだ。


 ルーシャは素手のまま構えを取った。拳や掴みかかる動きなら、剣よりも遥かに間合いが近くなる。組み付かれれば、この反射がどう機能するか、まだ確証がなかった。一撃を受け流す動作と継続的な接触は、恐らく勝手が違う。


 厄介な相手に変わったな、と俺は内心、舌打ちした。


     *


 一時間が過ぎた。ルーシャの動きに、まだ衰えは見えない。


 殴る、蹴るといった直接ダメージを狙う動きではなく、明らかに俺を掴もうとする動きに変わっていた。いくつものパターンを予知しながら動いているのだろうか。ルーシャの方も随分と慎重に動いている。


 喧嘩の経験は前世でそれなりにあるが、それと比べてルーシャの動きは慎重すぎるように思う。理由は分からないが、決定打が予知できていないのだろう。また、迂闊な攻撃は反射されてしまうことは気付いたのか、牽制程度の打撃が多くなっている。


 俺の攻撃は当然効くが、ルーシャの神域と体術の前には意味を成さない。とにかく、反射できる攻撃は極力受けるように動きつつ、掴まれる、組みつかれるような動作は逃げなければいけない。かなり体力と神経をすり減らす鬼ごっこになってきた。


     *


 その最中、俺は彼女の腰に小さな革袋が下げられているのに気づいた。あの中に恐らく予備の薬が入っている。もし戦闘中にそれを使われれば、この均衡が崩れる。時間を稼ぐという、こちらの戦略そのものが意味をなさなくなる。


 この袋は何としても、使わせないようにしなければならない。


 ――この女を、油断させるには。


「そんなヒラヒラした薄着で蹴りはやめてもらえないか。下着が見えて気になるんだが」


 俺がそう言った瞬間、ルーシャの動きが僅かに止まった。羞恥のせいなのか、一瞬意識が逸れたらしい。


 俺はその隙を突き、彼女の腰の袋を蹴り飛ばした。


 袋は部屋の隅へと転がっていった。ルーシャの目に初めて、明確な焦りの色が浮かんだ。これまで見せていた、静かな鋭さとは、まるで違う表情だった。


「あれがなければ困るんじゃないか」


「……油断しましたね」


 その一言を最後にルーシャは再び距離を取った。それでも追加の薬を失ったという事実は変わらない。


 あとはこちらの体力が持つかどうか……。


     *


 二時間が過ぎた頃、廊下の方から微かな音が聞こえた。カインやガロの声も時折聞こえる。あちらもまだ持ちこたえているらしい。


 この時点でも、ルーシャはまだ慎重な動きを崩していない。その慎重さのおかげで、時間だけは確実に稼げていた。


 ――さらに時間をかけなければ。


「あまり俺に時間をかけると、あんたのご主人様が危ないんじゃないか」


 俺はそう言って、また軽口を挟んだ。廊下の先から聞こえる、カインとガロの気配をルーシャに、それとなく意識させるためだった。


 ルーシャはそれに答えなかった。ただ僅かに、視線が廊下の奥へ動いた気がした。


 こうして身一つでこれほど長く動き続けられるているのも、この若い身体のおかげだった。前世の、あの酷使し尽くした身体なら、恐らくとうに限界を迎えていただろう。


     *


 しかしいくら若い身体とはいえ、こんな重圧を受けながら躱し続けることは難しい。


 足が躓き、よろけてしまったところをルーシャと接触し、身体が弾き飛ばされてしまう。 接触のダメージは無いが、その衝撃で床を転がされた俺は多少の怪我を負ってしまった。


――これがルーシャへ気付きを与えてしまったのか。


「あなたのよく分からないその力。突破口が少し見えた気がします」


 ここからは危険なやり合いになりそうだ。


     *


 しかし三時間になる頃、ルーシャの動きは少しずつ精彩を欠いていった。動きの速度が目に見えて落ちている。額には汗が滲んでいた。それでも、この女は構えを崩そうとしなかった。最後の意地なのか、それとも他に選べる道がないのか。恐らく両方だろう。


「いい加減疲れたんだが。まだ続けるか」


 俺はそう尋ねた。ルーシャは答えなかった。それでも構えを取り続けようとしていた。


 その手が僅かに震え始めていた。エドが見せた反応と同じだった。


     *


 三時間をいくらか過ぎた頃、ルーシャの構えが崩れた。拳を握る力すら、もう残っていないようだった。


「なんで……こんなはず」


 膝が崩れた。ルーシャはその場に倒れ込んだ。呼吸だけが荒く乱れている。あれほどの強さを誇っていた身体が今は、指一本動かせない様子だった。薬という檻に、この強さそのものが支えられていたということだろう。


 俺はその姿を見下ろした。


「ふう……あんたとの鬼ごっこはもう懲り懲りだ……これで終わりだ」


 俺は、力の入らないルーシャの身体を担ぎ上げた。


「な……にを……」


 ルーシャがそう掠れた声で抗議した。それでも指一本まともに、動かせない身体では抵抗の形にすらならなかった。


「大人しくしてろ。イグナーツのところへ連れて行くだけだ」


 俺はそう言って、彼女を担いだまま結界のある方向へ、足を向けた。

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