第47話 対峙
数日後、俺はガロとカイン、二人を伴ってファーレン家の本拠地へ向かった。
今回は隠れて近づく必要はなかった。堂々と正面から乗り込む。相手にこちらの存在をはっきりと、知らしめる必要がある。前回ルーシャに姿を見られた時点で、隠密行動の意味はもう薄れていた。それなら、あえて正面から押し入る方が、こちらの余裕を相手に印象づけられる。
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「本当に正面から行くのか」
ガロがそう尋ねてきた。
「その方が早い。裏から探るより直接、本人にぶつかった方が話が早い」
「向こうが話し合いに応じるとは思えないが」
「話し合いには応じなくても構わない。今回は応じさせるために力づくで攻める」
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正門に立つ衛兵は俺たちを見て、明らかに警戒の色を浮かべた。
「何用だ」
「グラハム家の者だ。イグナーツ様に話がある。重要な用件だ」
衛兵はしばらく迷う様子を見せた。それから一人が慌てて、建物の中へ走っていった。
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しばらくして俺たちは屋敷の中へ通された。廊下は静謐な空気に包まれ、壁には宗教的な意匠の装飾が隙間なく施されている。
グラハム家の権威を誇示するような造りとは、また違う種類の重厚さがあった。金の力で威圧するのではなく歴史と信仰の重みで、相手を萎縮させる造りだった。
案内された部屋には初老の男が椅子に座っていた。イグナーツ・ファーレンだろう。細身で神経質そうな目つきをしていた。
指先には幾つもの装飾品を身につけている。バルドとは違う種類の権威主義が、その佇まいから滲み出ていた。
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「見ない顔だな」
イグナーツは俺たちを値踏みするように見た。
「用件は何だ」
「あんたの家の麻薬事業について話がある」
その一言に、イグナーツの表情が僅かに強張った。
「何のことか分からんな」
「巡花という薬草採取の一団。深紅という危険な薬物。そして、その原料を得るために、冒険者ギルドの一部を実質的に支配下に置いてる。全部知ってる」
「それがどうしたというのだ。証拠でもあるつもりか」
「証拠なんか必要ない。あんた自身が今、動揺してる。それで十分だ」
その反応こそが何よりの証拠だった。前世でもこういう場面を何度も経験してきた。やましいことがない人間は、こういう指摘を受けてもまず冷静に聞き返す。動揺はそれだけで雄弁な自白になる。
俺はそう言って続けた。
「あんたに一つ選択肢を与える。俺と契約を結び、この麻薬事業を俺の管理下に置く。そうすれば、これ以上事を荒立てるつもりはない」
「馬鹿を言うな。誰がそんな要求に応じるものか」
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「グラハム家は既に俺の管理下にある。バルドも俺の言いなりだ」
その言葉に、イグナーツの顔色が明らかに変わった。
「なに……本当にあの男が、お前などに屈したというのか」
「疑うなら確かめればいい。だが時間の無駄だ」
「バルドが、そんな……。あの男は五大貴族家の中でも、財力だけは確かな家だったはずだ」
「財力があっても弱みを突かれればそれまでだ。あんたも同じだろう」
イグナーツはしばらく黙り込んでいた。その沈黙の中には動揺と計算が同時に混ざり合っているように見えた。それから静かに口を開いた。
「お前のような素性の知れない男の言いなりになると、本気で思っているのか」
「言いなりにさせに来た。大人しくしてくれれば何もしない」
「やれるものなら、やってみろ」
イグナーツはそう言い返した。その声には僅かな強がりが滲んでいた。
「現人神、ルーシャがいるんだろ。呼んだらどうだ」
「大した自信だな」
「あんたにこそ、それだけの自信があるといいがな」
「お前はここで消えてもらう」
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「私には私なりの守りがある。スキル"結界"だ」
その瞬間、イグナーツの周囲に薄く透明な膜のようなものが広がった。恐らくイグナーツのスキルだろう。膜の内側は、周囲とは明らかに違う静けさに包まれている。まるで、この男だけが外の世界から切り離されたかのようだった。
「ルーシャ」
イグナーツがそう呼びかけると、部屋の奥から白い衣装を纏った、あの女が姿を現した。手には彼女の身の丈に近い、大振りの両手剣が握られている。
目の色が、以前対峙した時とは明らかに違っていた。異様なまでに澄んでいる。焦点は鋭く、こちらに定まっていた。既にあの薬を飲まされているのだろう。呼吸は以前対峙した時よりも、僅かに荒く見えた。
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「侵入者を排除しろ」
イグナーツの命令に、ルーシャは無感情な目で俺を見た。以前対峙した時とは明らかに違う目だった。あの時にあった僅かな興味の色は、今はどこにも見当たらない。
「上等だ」
俺はそう言って、ガロとカインに目配せした。二人はそれぞれ既に決めていた通りに動いた。
結界の中に閉じこもったイグナーツ。その周囲をカインが慎重に包囲する。護衛らしき人間が、部屋の外から駆けつけてくる気配がした。ガロがその方向へ身を翻した。廊下の先で、剣戟の音が微かに響き始めた。ガロが護衛を抑えているのだろう。
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「さて」
俺はルーシャに向き直った。
「来ると思ってたよ。今度は決着をつけよう」
「そちらこそ、返り討ちにされる覚悟はできているのでしょうね」
ルーシャはそう静かに答えた。
前回のような微かな興味の色は、もう見当たらない。声には以前より強い、張り詰めた気配が滲んでいた。薬によって研ぎ澄まされた集中が、この女の全身を覆っているのだろう。それでも、この女の中にまだ何かが残っているはずだった。それを確かめる機会は、この戦いの後で十分にある。
薬の効果が続く間は、恐らくあの予知の力も最大限に発揮される。だが、それもいずれ切れる。エドで検証した、あの数時間という時間を頭の中で数え始めた。三時間強。それが、この戦いの最初の区切りになる。
この戦いの本当の決着は、その先にある。




