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外道転生 〜元裏社会の帝王、千のカルマを賭けた贖罪の成り上がり〜  作者: 中原九尾
第2章:ファーレン家編「祈りは麻薬たり」

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第45話 検証

 セラフィナが台帳の記録を丁寧に洗い直した結果、一人の男が見つかった。


 台帳には何十人もの被害者の名前と、それぞれの契約内容が細かく記されている。その一つ一つを深紅の依存という視点から改めて、読み直す作業は地味だが確実な成果を生んだ。


 名はエドという。かつてグラハム家の高利貸しから金を借り、返済のため際どい仕事に手を出していたという記録があった。その中に深紅の依存に苦しんでいたという、記述もあった。


     *


「この男、今どこにいる」


 俺はセラフィナに、そう尋ねた。


「スラムの外れに住んでいるようです。ただ依存が進んでいるなら、まともな生活を送れていない可能性があります」


「会いに行く」


     *


「その前に、一つ聞いておきたい」


 俺は続けた。


「深紅の依存は、治療できるものなのか」


 セラフィナは、少し考えた。


「先日あの薬を解析した際、依存を生み出す仕組みの、おおよその構造は見えています。それを踏まえれば量を段階的に、減らしていくことで離脱できる可能性はあります。ただこれはあくまで、真如による分析からの推測です。私は薬学の専門家ではありません」


「それでも、可能性はあるわけだな」


「はい。確実な保証はできませんが」


     *


「もう一つ伝えておく」


 俺はそう切り出した。


「エドにあの薬を、実際に投与する」


 セラフィナは、僅かに目を見開いた。


「本人に、直接ですか」


「持続時間も反動の強さも、伝聞だけでは正確に測れない。直接目で見て確かめないと、対策の精度が落ちる」


「危険はありませんか」


「悪いようにはしない。それでも気になるなら、あんたも付いてこい」


 その言葉にセラフィナは、しばらく黙っていた。それから小さく頷いた。


     *


 エドが住む場所は思っていたより、酷い有様だった。粗末な小屋の中、男は蹲るように床に座り込んでいた。顔色は悪く手は小刻みに震えている。


「誰だ、あんた」


「話がある。深紅について聞きたい」


 その一言に、エドの目つきが僅かに変わった。渇望と警戒が入り混じった目だった。


「深紅を持ってるのか」


「さあな。それより、深紅についてあんたの経験を聞かせてほしい」


 エドは少し落胆したような表情を見せた。それでも話す気力はあるようだった。


「いつから深紅を使ってる」


「もう一年以上になる。最初は少しだけだった。それが今は、これがないとまともに動けない」


「一回使うと、どれくらい効く」


「数時間だ。それを過ぎると身体中が痛みだす。手が震えて、まともに力も入らなくなる」


     *


「あんたに頼みたいことがある」


 俺はそう切り出した。


「特別に精製された深紅がある。その効果をあんたに、試させてほしい」


 エドの表情が、一気に、強張った。


「な、なんだよ、それ。何を企んでる」


「治療法を探してる。深紅の依存から抜け出す方法だ。そのためには、まず依存者に実際に、薬を使ってもらって効果を確かめる必要がある」


 エドはしばらく、こちらを疑うような目で見ていた。


「治療法なんてもんが、本当にあるのか。信じられねえ」


「保証はできない。ただ、あんたが試さなければ、その可能性すら生まれない」


「試した後、俺はどうなる。もっと酷いことになったりしないだろうな」


「今より悪くなることはない。効果と切れた後の様子を見せてもらうだけだ」


 エドはしばらく黙り込んでいた。それから諦めたように息を吐いた。


「対価は払う。試してくれるなら依存から抜け出す手伝いをする。それまでの生活費も渡す。落ち着いたら次の仕事も俺の方で用立てる」


「金は本当にもらえるのか」


「約束は守る。これまでもそうしてきた」


 エドはしばらく黙っていた。それから小さく頷いた。


「……分かった。どうせこのままじゃ、いずれ死ぬだけだ」


     *


 俺は瓶の蓋を開け、エドにその液体を飲ませた。


 最初の数十分、エドの様子には大きな変化はなかった。それから次第に、目の輝きが強くなっていく。呼吸が深くなり、震えていた手が徐々に安定していった。


「意識ははっきりしてるか」


「……はっきりしてる。むしろいつもより頭が動いてる気がする」


 その返答に俺はセラフィナと目を合わせた。効果が続いている間、意識は明瞭なままらしい。


     *


 三時間ほど経過した頃、エドの様子に変化が現れ始めた。手先が僅かに震え始め、言葉に微かな乱れが出てくる。


「そろそろ、切れてきたか」


「……分かる。身体が重くなってきた」


 四時間が近づく頃には、エドはほとんど身動きが、取れなくなっていた。声を出すのも辛そうだった。


「これがこの状態で、どれくらい続くか」


 エドは答える気力もないのか、ただ小さく呻くだけだった。俺たちはその場で、しばらく様子を見守ることにした。


 俺はその場で時間を頭に刻み込んだ。効果は三時間強。切れ始めから完全に動けなくなるまでが一時間弱。


 その後も俺たちは交代でエドの様子を見守り続けた。半日ほど経った頃、ようやくエドの手足に僅かな力が戻り始めた。予想していた通りの長さだった。


     *


 俺たちはエドを、スラムの外れにある診療所に運んだ。事情を簡単に説明し、この深紅をそのまま預けた。


 診療所の主人らしき老人は最初、面倒事を断る素振りを見せた。だが俺の顔をまじまじと見た後、それ以上何も言わなくなった。この街で俺の顔と噂が既に、どういう意味を持つか、この老人も承知しているのだろう。


「一定時間ごとに少量ずつ投与して様子を見てください。急に断てば身体への負担が大きすぎます」


 セラフィナがそう指示を出した。診療所の主人は渋々といった様子で、それでも確かに頷いた。


     *


 診療所を出て宿へ戻る道すがら、俺はセラフィナにそう告げた。


「今日の検証でルーシャの弱点も一つ見えてきた」


「弱点、というのは」


「効果が切れた後あれだけ動けなくなる。ルーシャが同じ薬を使い続けてるなら、あの女にも必ず同じ隙が生まれるはずだ」


「確かに、それは大きな手がかりです」


「それと、決着をつけた後のことも考えておく必要がある」


「決着をつけた後、というのは」


「勝って終わりじゃない。ルーシャも依存から解放してやれれば、それに越したことはない。使えるなら、使いたい相手だ」


「今回の検証は、そのための準備でもあったのですね」


「そうだ。エドのような人間がいなければ、確かなデータは手に入らなかった」


 その言葉にセラフィナは、しばらく何も言わなかった。それから静かに口を開いた。


「あなたは人を駒として使うことに、迷いがありません。それでいて最終的には誰かを救う方向に、その手を動かしている。私にはその二つがどう繋がっているのか、まだよく分かりません」


「繋がってなくても構わない。結果さえ出れば、それでいい」


 俺はそう答えた。セラフィナはそれ以上、何も言わなかった。ただその横顔には、これまでとは少し違う色が浮かんでいるように見えた。

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