第45話 検証
セラフィナが台帳の記録を丁寧に洗い直した結果、一人の男が見つかった。
台帳には何十人もの被害者の名前と、それぞれの契約内容が細かく記されている。その一つ一つを深紅の依存という視点から改めて、読み直す作業は地味だが確実な成果を生んだ。
名はエドという。かつてグラハム家の高利貸しから金を借り、返済のため際どい仕事に手を出していたという記録があった。その中に深紅の依存に苦しんでいたという、記述もあった。
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「この男、今どこにいる」
俺はセラフィナに、そう尋ねた。
「スラムの外れに住んでいるようです。ただ依存が進んでいるなら、まともな生活を送れていない可能性があります」
「会いに行く」
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「その前に、一つ聞いておきたい」
俺は続けた。
「深紅の依存は、治療できるものなのか」
セラフィナは、少し考えた。
「先日あの薬を解析した際、依存を生み出す仕組みの、おおよその構造は見えています。それを踏まえれば量を段階的に、減らしていくことで離脱できる可能性はあります。ただこれはあくまで、真如による分析からの推測です。私は薬学の専門家ではありません」
「それでも、可能性はあるわけだな」
「はい。確実な保証はできませんが」
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「もう一つ伝えておく」
俺はそう切り出した。
「エドにあの薬を、実際に投与する」
セラフィナは、僅かに目を見開いた。
「本人に、直接ですか」
「持続時間も反動の強さも、伝聞だけでは正確に測れない。直接目で見て確かめないと、対策の精度が落ちる」
「危険はありませんか」
「悪いようにはしない。それでも気になるなら、あんたも付いてこい」
その言葉にセラフィナは、しばらく黙っていた。それから小さく頷いた。
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エドが住む場所は思っていたより、酷い有様だった。粗末な小屋の中、男は蹲るように床に座り込んでいた。顔色は悪く手は小刻みに震えている。
「誰だ、あんた」
「話がある。深紅について聞きたい」
その一言に、エドの目つきが僅かに変わった。渇望と警戒が入り混じった目だった。
「深紅を持ってるのか」
「さあな。それより、深紅についてあんたの経験を聞かせてほしい」
エドは少し落胆したような表情を見せた。それでも話す気力はあるようだった。
「いつから深紅を使ってる」
「もう一年以上になる。最初は少しだけだった。それが今は、これがないとまともに動けない」
「一回使うと、どれくらい効く」
「数時間だ。それを過ぎると身体中が痛みだす。手が震えて、まともに力も入らなくなる」
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「あんたに頼みたいことがある」
俺はそう切り出した。
「特別に精製された深紅がある。その効果をあんたに、試させてほしい」
エドの表情が、一気に、強張った。
「な、なんだよ、それ。何を企んでる」
「治療法を探してる。深紅の依存から抜け出す方法だ。そのためには、まず依存者に実際に、薬を使ってもらって効果を確かめる必要がある」
エドはしばらく、こちらを疑うような目で見ていた。
「治療法なんてもんが、本当にあるのか。信じられねえ」
「保証はできない。ただ、あんたが試さなければ、その可能性すら生まれない」
「試した後、俺はどうなる。もっと酷いことになったりしないだろうな」
「今より悪くなることはない。効果と切れた後の様子を見せてもらうだけだ」
エドはしばらく黙り込んでいた。それから諦めたように息を吐いた。
「対価は払う。試してくれるなら依存から抜け出す手伝いをする。それまでの生活費も渡す。落ち着いたら次の仕事も俺の方で用立てる」
「金は本当にもらえるのか」
「約束は守る。これまでもそうしてきた」
エドはしばらく黙っていた。それから小さく頷いた。
「……分かった。どうせこのままじゃ、いずれ死ぬだけだ」
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俺は瓶の蓋を開け、エドにその液体を飲ませた。
最初の数十分、エドの様子には大きな変化はなかった。それから次第に、目の輝きが強くなっていく。呼吸が深くなり、震えていた手が徐々に安定していった。
「意識ははっきりしてるか」
「……はっきりしてる。むしろいつもより頭が動いてる気がする」
その返答に俺はセラフィナと目を合わせた。効果が続いている間、意識は明瞭なままらしい。
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三時間ほど経過した頃、エドの様子に変化が現れ始めた。手先が僅かに震え始め、言葉に微かな乱れが出てくる。
「そろそろ、切れてきたか」
「……分かる。身体が重くなってきた」
四時間が近づく頃には、エドはほとんど身動きが、取れなくなっていた。声を出すのも辛そうだった。
「これがこの状態で、どれくらい続くか」
エドは答える気力もないのか、ただ小さく呻くだけだった。俺たちはその場で、しばらく様子を見守ることにした。
俺はその場で時間を頭に刻み込んだ。効果は三時間強。切れ始めから完全に動けなくなるまでが一時間弱。
その後も俺たちは交代でエドの様子を見守り続けた。半日ほど経った頃、ようやくエドの手足に僅かな力が戻り始めた。予想していた通りの長さだった。
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俺たちはエドを、スラムの外れにある診療所に運んだ。事情を簡単に説明し、この深紅をそのまま預けた。
診療所の主人らしき老人は最初、面倒事を断る素振りを見せた。だが俺の顔をまじまじと見た後、それ以上何も言わなくなった。この街で俺の顔と噂が既に、どういう意味を持つか、この老人も承知しているのだろう。
「一定時間ごとに少量ずつ投与して様子を見てください。急に断てば身体への負担が大きすぎます」
セラフィナがそう指示を出した。診療所の主人は渋々といった様子で、それでも確かに頷いた。
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診療所を出て宿へ戻る道すがら、俺はセラフィナにそう告げた。
「今日の検証でルーシャの弱点も一つ見えてきた」
「弱点、というのは」
「効果が切れた後あれだけ動けなくなる。ルーシャが同じ薬を使い続けてるなら、あの女にも必ず同じ隙が生まれるはずだ」
「確かに、それは大きな手がかりです」
「それと、決着をつけた後のことも考えておく必要がある」
「決着をつけた後、というのは」
「勝って終わりじゃない。ルーシャも依存から解放してやれれば、それに越したことはない。使えるなら、使いたい相手だ」
「今回の検証は、そのための準備でもあったのですね」
「そうだ。エドのような人間がいなければ、確かなデータは手に入らなかった」
その言葉にセラフィナは、しばらく何も言わなかった。それから静かに口を開いた。
「あなたは人を駒として使うことに、迷いがありません。それでいて最終的には誰かを救う方向に、その手を動かしている。私にはその二つがどう繋がっているのか、まだよく分かりません」
「繋がってなくても構わない。結果さえ出れば、それでいい」
俺はそう答えた。セラフィナはそれ以上、何も言わなかった。ただその横顔には、これまでとは少し違う色が浮かんでいるように見えた。




