第44話 薬の正体
カインとの接触から数日、俺はセラフィナに、これまでの経緯を報告していた。
「カイン・ロウという男、思ってた以上に使える」
「巡花のまとめ役ですね。どんな人物でしたか」
「巡花の仕事に納得してない。それに街の裏の噂を、かなり広く掴んでる」
俺は続けて、現人神と呼ばれる存在について、カインから聞いた話をそのまま伝えた。神域というスキル。予知に近い先読み。薬による強化。話を聞くセラフィナの表情が次第に、曇っていった。
「ファーレン家には彼女がいましたね。ルーシャ様。今回のことで実際に出てくるかは分かりませんが、厄介な相手です」
「出てこないことに期待しても仕方ない。対峙する前提で考えるしかない」
「ただ、対策の立てようがありません。私も神域という力を、直接見たことはありません」
「前世にはスキルなんてものはなかった。そんな相手とやり合うのは俺も初めてだ。見たこともない力に対策を考えるのは、難しい」
「カインさんが何か情報を、入手してくれるのを待ちましょう」
*
その言葉の直後、カインから連絡があったのは、数日後のことだった。
指定された裏路地で俺は彼と会った。カインの手には小さな瓶が握られていた。
「これを手に入れた」
「何だ、これは」
「ルーシャ様に定期的に届けられる薬の一つだ。運搬役の一人に少し無理を言って、一瓶だけこっそり分けてもらった」
「見つかったら、まずいんじゃないか」
「量が減った分は、こっそり水で薄めてもらった。すぐには気づかれないはずだ」
その瓶を俺は受け取った。中には赤黒い液体が少量、入っている。
「危険な真似をしたな」
「あんたに頼まれた以上やるしかねえだろ。それに正直、俺自身も、この薬の正体を確かめたいと思ってた」
カインはそう言って僅かに笑った。以前よりも表情に迷いの色が薄れているように見えた。この街に来て以来、少しずつ変わっていく人間を俺は何人も見てきた。この男もその一人になりつつあるのかもしれない。恐怖から従う人間より、こういう自らの意思で動き始める人間の方が、長い目で見れば遥かに使いやすい駒になる。
「これで何が分かる」
「俺の知り合いに解析してもらう。あんたの情報網は、この街の裏側を掴むには十分だが、こういう分析は専門が違う」
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セラフィナの家に、俺はその瓶を持ち込んだ。
「これがルーシャに使われてる薬だ」
セラフィナはその瓶を受け取り、真如を慎重に使い始めた。液体に指先をかざし、しばらく集中した表情を見せる。
「……これは」
「何か分かったか」
「深紅をさらに高濃度に精製した、特殊な調合物です。通常の深紅より遥かに強い効果があります。魔力と筋力を一時的に引き上げる作用があるようです」
「普通の深紅とは、そんなに違うのか」
「はい。恐らくルーシャ様専用に調合された特別なものでしょう。この濃度のものを一般に流通させれば、すぐに命を落とす人間が出ます。だからこそファーレン家は、これを厳重に管理してるのでしょう」
その説明に俺は納得した。だからこそ、この一瓶を手に入れるのに、カインがそれなりの危険を負う必要があったわけだ。
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「持続時間は分かるか」
「詳細な検証をしなければ正確な数字は、出せません。ただ、この濃度なら恐らく数時間程度でしょう。それを過ぎれば効果は急激に切れるはずです」
「効果が切れた後は」
「強い倦怠感、あるいは一時的な脱力が起こる可能性があります。依存性の高い薬物は大抵、そういう反動を伴います」
その説明に俺は頭の中で、一つの算段を立てた。もし、この薬の効果が切れるタイミングを正確に把握できれば、そこに確実な隙が生まれる。
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「その隙を実際に確認する必要がある」
俺がそう言うと、セラフィナは少し考えた。
「私が試してみます」
「あんたが直接、飲むのか」
「効果と持続時間、そして切れた後の反動。実際に自分の身体で確かめる方が正確な、情報が得られます」
「量は、どうする」
「僅かな量から慎重に試すつもりです。無茶をするつもりはありません」
その提案に、俺は少し考え込んだ。彼女なりの覚悟がその表情に見えた。これまで知識だけで貢献してきた彼女が初めて、自分の身体でリスクを取ろうとしている。
この申し出自体は決して悪い判断ではない。実際、正確な情報を得るには、身をもって確かめるのが最も手堅い方法だ。前世でもこういう覚悟を持つ人間を俺は何度か見てきた。
だが今回に限っては、その手段が目的に対して正しい選択とは思えなかった。
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「やめておけ」
「なぜですか。私なら真如で、自分の身体の変化も正確に観察できます」
「あんたが試しても正確な結果にはならない」
「どういう意味ですか」
「ルーシャはこの薬を長期間飲み続けてる。つまり既に依存者だ。依存してる身体としてない身体では、同じ薬でも効果の出方がまるで違う。あんたが一度だけ試したところで、ルーシャに起きてる反応とは比較にならない」
その説明に、セラフィナは少し驚いたような表情を見せた。
「……確かにその通りです。考えが足りませんでした」
「正確な検証をするなら、既に深紅に依存してる人間を探す必要がある。この街にもそういう人間はいるはずだ」
「台帳の記録にある被害者の中には、借金の他に、深紅の依存に苦しんでいた人もいたかもしれません」
セラフィナは、その言葉に小さく頷いた。
「分かりました。台帳に記録された被害者の中に、もしかしたらそういう人間がいるかもしれません。調べてみます」
その表情には僅かな安堵が見えた。無理に自分の身を危険に晒す必要がなくなったことへの安堵か、それとも、俺が自分のことをそれなりに考えてくれたことへの、別の種類の感情か。俺自身、その区別はあえてつけないことにした。
*
その夜、俺は頭の中でこれまでの経緯を整理した。
ルーシャという、この国で最も強いとされる相手。反射スキルだけでは決着がつかない可能性がある。だが、薬というこの女を縛る仕組みの正体が、少しずつ見えてきている。
力だけで押し切れない相手には、別の武器が必要だ。それがこの世界に来て、何度も繰り返し学んできた教訓だった。前世でも、力だけを頼りにしていた組織はいずれ、知恵を持つ相手に足元を掬われていった。今回も同じ理屈が当てはまるはずだ。
セラフィナの知識、カインの情報網。この二つの武器が揃った今、ルーシャという壁を崩す道筋が、確かに見え始めていた。




