第43話 現人神
カインが案内した場所は、ギルドの倉庫街にある使われていない小屋だった。使われなくなった資材が、あちこちに積み上げられている。埃っぽい空気の中、二人分の足音だけが、静かに響いた。
中に入るとカインは灯りを点け、椅子に腰を下ろした。
「ここなら誰にも聞かれない」
「話してくれ。あんたが、この仕事をどう思ってるか」
カインはしばらく黙っていた。それから深く息を吐いた。
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「俺たちは、元々、"巡花の弓手"っていうパーティー名で、冒険者をやってた」
「その名前が、今の仕事の名前にも、残ってるわけか」
「そうだ。ある依頼で、ファーレン家に目をつけられた。特定の薬草の採取だ。当時はそれがどう使われるか、深く考えなかった」
「どういう依頼だった」
「採取が難しい場所にあってな。真面目にやったのが裏目に出た。腕を認められて、そのままずるずると引き上げられた」
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「拒否できなかったのか」
「拒否すればどうなるか分からない。ファーレン家は王家との血縁を理由に、強い権力がある。俺たちみたいな平民の冒険者が、まともに逆らえる相手じゃない」
「最悪、どうなる」
「最悪は、現人神が来たら終わりだ」
その言葉に、俺は少し眉を寄せた。
「現人神、というのは」
カインは、意外そうな顔をした。
「現人神を知らないのか。あんた、やっぱり余所者なんだな」
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「今、この国で最も強い人間だ」
カインは、そう続けた。
「代々、その時代で最も強い者がファーレン家の現人神として選ばれる。歴代の現人神の中には英雄と呼ばれた者もいた。この国の人間なら誰でも知ってる話だ。その現人神が神の代弁者として祀られる風習がある。今代はルーシャ様という人がその立場にいる」
「その強さは、どこから来る」
「ルーシャ様は"神域"というスキルを持ってる」
「神域、というのは」
「戦闘に関して、相手の動きや攻撃の結果を直感的に予知するというか、先読みできるらしい。つまり、どうすれば勝つか、どうすれば負けるかが戦ってる最中に分かるってことだ。詳しくは知らねえが、まあ無敵だろうな」
「それだけじゃない。薬を飲まされてるらしくて、それで魔力と筋力が増大してるって話だ。身体能力も凄まじいことになってるって話だ」
「その薬、深紅と関係あるのか」
「そこまでは知らねえ。ただ、飲まされてる薬が何か詳しく知ってる人間は、まずいねえよ」
その説明に俺は頭の中で、断片を組み立てていった。神域というスキル。それを増強するための薬。深紅の需要増加。この三つが繋がっているとすれば、ルーシャという存在はこの一件の核心に近い場所にいる。
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「そんなに強い相手なのか」
「どんな強い攻撃を持ってても、まず当たらない。攻撃させてすらもらえない」
カインはそう言って、少し表情を歪めた。
「去年の祭祀の時、襲ってきた魔物と戦ってるところを見たことがある。普通、戦いは傍から見てれば、ある程度展開が分かるもんだ。だが、なぜそう動いたのか理解できない動きばかりしてた。全部、予知して先回りしてたとしか思えない。あれはその名の通り、人じゃなかった」
「あんたも、多少は戦えるように見えるが」
「俺たちも多少戦えるが、ルーシャ様には手も足も出ない。グラハム家とやり合ったあんたも多少強いのかもしれないが、ルーシャ様がいる以上どうしようもない」
その断言に俺は内心、少し面白く感じた。前世でも、こういう絶対的な強者の噂を、真に受ける人間を何度も見てきた。実際に戦ったことのない相手を、過大に評価するのはよくある話だ。それでも、この男が実際にその戦いを、目にしているという点は無視できない情報だった。
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「そのルーシャに、会うことはできるのか」
「ファーレン家に何かあれば別かもしれないが、普段は祭祀の場以外では外に出ない。ファーレン家の本拠地の奥深くに、住まわされてるって話だ」
「あんたは直接会ったことがあるのか」
「一度、遠くから見ただけだ。ひどく疲れた顔をしていた。あの目を俺は今も、忘れられない」
「どんな目だった」
「何も期待していない目だ。神聖な存在として崇められてるはずなのに、本人にはそんな輝きはまるでなかった。ただ生きているだけという感じだった」
カインの声には明確な同情の色が、滲んでいた。この男が巡花の仕事に、完全には納得していない理由の一つが、そこにあるのかもしれなかった。強大な力を持ちながら、自由を全く与えられていない存在。そういう人間を間近で見た経験は、この男の中に消えない何かを、残しているのだろう。
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「あんたに一つ頼みたい」
俺は、そう切り出した。
「ファーレン家の内部について、もう少し詳しい情報を集めてほしい。特に、ルーシャという存在と深紅の関係について」
「危険だぞ。下手に動けば、俺だけでなく巡花全体が疑われる」
「分かってる。それでもあんたなら少しずつ探れるはずだ」
カインはしばらく考え込んでいた。それから静かに頷いた。
「……分かった。俺もこの状況をいつまでも続けたいとは思ってない」
その言葉に俺は内心、満足した。ガロと同じように、この男もこちら側に、確実に取り込めそうだった。組織の中で板挟みになっている人間ほど、一度正しいきっかけを与えればあっさりと動き出す。前世で何度も見てきた法則が、この世界でもそのまま通用していた。
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カインの家を出て、俺は頭の中で次の段取りを組み立て始めた。
ルーシャという存在がこの一件の核心にある。神域というスキル、そして、それを増強するための薬。この二つの正体をもっと詳しく掴む必要があった。
同時に頭の隅で、別の考えも動いていた。
カインの話がどこまで正確かはまだ分からない。だが、あの男が実際に目にした戦いの話には、単なる噂以上の重みがあった。
もし、あれが本当だとすれば、これまで相手にしてきた誰とも違う、初めての種類の脅威になるかもしれない。デズモンドやバルドの護衛のような腕力だけの相手とは、恐らく質が違う。慎重に、そして確実にその正体を見極めていく必要があった。




