第42話 接触
カイン・ロウという男に、どう接触するか。俺はセラフィナと共に、その方法を練った。
弓を持つ若い男。巡花のまとめ役。神殿の関係者と接点がある。分かっているのはそれだけだった。もっと具体的な行動範囲を掴む必要がある。前回と同じ手順を俺はもう一度踏むことにした。まず尾行し生活の輪郭を掴み、それから接触する。
この街に来て、こういう地道な手順を何度も繰り返してきた。ミラの一件、ガロの一件、そして巡花の女への接触。全て同じ型を辿ってきた。相手の生活を知り、弱みか、まだ言葉にできていない不満を見つけ、そこに手を伸ばす。この型はこれまで一度も外れなかった。今回も同じように機能するはずだった。
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冒険者ギルドの周辺で、俺は数日、カインの姿を探した。
三日目の午後、それらしき男を見つけた。背に弓を担ぎ、他の冒険者たちとは違う落ち着いた足取りでギルドの建物から出てくる。年齢は二十代半ばだろう。表情にはこの街の裏側を知る、人間特有の重さがあった。
俺はその後を追った。カインはギルドを出た後、迷いのない足取りで街を進んでいった。途中、何人かの人間と短く言葉を交わしていく。その様子から察するに、この街の裏の事情にかなり通じている人物らしかった。
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カインが向かった先は、意外にも、スラムの片隅にある小さな診療所だった。
中に入ると、しばらく出てこない。俺は近くの路地で様子を窺った。三十分ほどしてカインが、一人の老人を伴って出てきた。老人は明らかに具合が悪そうだった。カインはその老人を家まで、ゆっくりと送っていった。
その光景に俺は少し、意外な感覚を覚えた。麻薬の流通に関わる男が、街の病人をわざわざ世話している。この二つの行動は、俺の想定していた人物像とは少し噛み合わなかった。
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セラフィナに、この様子を報告した。
「カインという男、思っていた以上に複雑な人間かもしれない」
「複雑、というのは」
「麻薬の流通に関わりながら、街の病人の世話もしている様子だった」
「同じ人間の中に、そんな二面性があるのですか」
「そうだ。仕事としてやってることと個人としての行動が、噛み合ってない気がする」
セラフィナは、少し考えた。
「巡花の統括者という立場と、個人としての善意。両方が同じ人間の中にあるのかもしれません。この街にはそういう人間が、少なくないように思います」
その言葉に俺は頷いた。前世でも裏社会の人間が意外な形で、他人に情を見せる場面を何度も見てきた。悪事に手を染めながらそれでも、完全には人らしさを失わない人間がいる。この男もそういう類なのかもしれなかった。
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「直接、声をかけてみる」
俺はそう決めた。この街に来て多くの人間を恐怖や利害で、こちら側に引き込んできた。だが今回は少し違う入り方を試してみる、価値がありそうだった。
数日後、カインが一人で路地を歩いている時を見計らって声をかけた。
「少し話がある」
カインは俺を見て警戒するような、表情を見せた。
「誰だ、お前」
「巡花のことを知ってる。それとあんたが、あの診療所に老人を送っていったことも知ってる」
その一言にカインの表情が、僅かに変わった。
「……それが、どうした」
「敵意はない。ただ、話を聞きたいだけだ」
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「あんたに、話す義理はない」
カインはそう言って、俺の脇を通り過ぎようとした。俺の顔をもう一度、見つめる。
「……黒髪、黒目か」
「それが、どうした」
「スラムで噂になってる。紋官隊の副隊長を一人で始末した男がいると。黒髪の流れ者だという話も聞いた。名前は、トーアだったか」
カインはそう言って俺を、じっと見た。
「グラハム家の闇金融が最近、随分と大人しくなったという噂も耳にしてる。それもあんたの仕事なのか」
その一言に俺は内心、少し感心した。単なる噂話をここまで具体的な形で、繋ぎ合わせている。この男の情報網は思っていたより、精度が高いらしい。巡花のまとめ役という立場だけでなく、街の裏側の噂を集める力そのものが、この男のもう一つの価値なのかもしれなかった。
「一つだけ聞いてくれ。あんたはこの仕事を心から望んでやってるのか」
その問いにカインは足を止めた。
「……何が、言いたい」
「無理な量を要求されて部下に申し訳なさそうにしてる。そんな話を聞いた。心から納得してこの仕事をしてる人間は、そんな態度は取らない」
「誰からその話を聞いた」
「名前は言えない。ただあんたの部下の一人だ。あんたを恨んでるわけじゃない。むしろあんたに同情してるような、口ぶりだった」
カインはしばらく黙っていた。それから低い声で言った。
「お前、グラハム家に何をした」
「バルドを追い詰めて、悪質な取り立てをやめさせた。今は、あの家の闇金融も、以前よりまともに回ってる。それが、この街に流れてる噂の実態だ」
その答えにカインは、小さく頷いた。予想が当たっていたことを、確認するような頷き方だった。
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「もう少し話を聞かせてくれないか」
俺はそう続けた。
「あんたがこの仕事に納得してないなら、変える方法があるかもしれない」
「変える、というのは、具体的に何をするつもりだ」
「今は言えない。ただグラハム家を俺がどうしたか、知ってるなら少しは信用してくれてもいいはずだ」
カインはしばらくこちらを、見つめていた。それから小さく息を吐いた。
「……分かった。だが、ここでは話せない。場所を変える」
その返答に俺は内心、確かな進展を感じた。この男の中に既に何らかの不満、あるいは葛藤があるのは間違いなかった。それを上手く使えば巡花全体をこちら側に、引き込む道が見えてくるかもしれない。前世でも、こういう組織に微かな疑問を抱いている人間ほど、一度きっかけを与えられれば寝返ることが多かった。
同時に警戒も、忘れなかった。この男の情報網は思っていた以上に精度が高い。俺の噂をここまで具体的に、掴んでいた時点で逆に、こちらを誘い込む算段を立てていてもおかしくはない。場所を変えると言った以上、そこに何かの罠が仕掛けられている可能性も十分にあった。
それでも俺はあえて、その誘いに乗ることにした。前世でも、こういう場面で危険を避けて足を止めた人間は、結局何も掴めずに終わることが多かった。相手の力量を見誤らず、それでも一歩踏み込む。その判断ができるかどうかが、成果を積み上げられる人間とそうでない人間の、分かれ目だった。
カインが選んだ場所へ俺は静かに、後をついていった。




