第41話 緑葉と深紅
三日後、俺は約束の場所で、あの女を待った。
この街に来て、こういう小さな約束を一つずつ積み重ねていく作業を何度も、繰り返してきた。前世ではこんな地味な手順を踏む必要は、あまりなかった。金か力で大抵の情報はすぐに手に入った。この世界では少し勝手が違う。焦らず相手の警戒心を少しずつ、解いていく方が確実な成果を生む。
時間より少し早く女は姿を見せた。前回よりも表情が落ち着いている。心の準備を整えてきたのだろう。
「話す気になったか」
「全部は無理。でも少しなら」
女はそう言って周囲を確認した。それから小さな声で話し始めた。
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「私たちは、巡花っていう名前で呼ばれてる。薬草を採取して、乾かして粉にする。それを渡す。それだけの仕事よ」
「渡す相手は」
「知らない。いつも決まった人が来て受け取っていくだけ」
「その人物の特徴は」
「弓を持った若い男。名前はカイン・ロウって呼ばれてた」
その名前に俺は内心注目した。ゴブから聞いた話とも繋がる情報だった。賭博場で拾った噂の中に、似た名前が出てきていたはずだ。断片的な情報が少しずつ、一つの像に重なっていく感覚があった。
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「そのカインという男、どういう立場にいる」
「巡花のまとめ役みたいな感じ。私たちより上の立場で、私たちの仕事も彼が割り振ってる」
「本人は、この仕事をどう思ってる様子だ」
「そこまでは分からない。ただ時々疲れた顔をしてる。私たちに無理な量を要求する時も申し訳なさそうにしてることが多いから、本人もあまり納得してないのかもしれない」
その証言に俺は少し興味を惹かれた。組織の中間に立つ人間が上からの命令に、完全には納得していない。そういう亀裂は後々、こちら側に利用できる材料になることが多い。
「彼自身は、誰の指示で動いてる」
「そこまでは知らない。ただ時々身なりの良い人が、彼に会いに来ることがある。神殿の関係者みたいな服を着てた」
神殿の関係者。ファーレン家は王家の祭祀を司る一族だ。神殿との繋がりがあるのは当然と言えば当然だった。それでも実際にその接点を目にした証言が出てきたことに、俺は確かな進展を感じた。
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「あんたたちの仕事、無理な量を要求されることは多いか」
「多いわよ。特に沈痛の原料になる薬草は、いつも量が足りなくて怒られる。緑葉の方はまだ余裕があるけど」
「沈痛、というのは」
「よくは知らないけど、医療用の薬だって聞いた。それを作る過程で深紅も一緒に、できるらしい」
「深紅はそんなに需要があるのか」
「詳しくは知らない。ただ最近、深紅の方の注文が増えてる気がする」
「増えた時期に心当たりはあるか」
「はっきりとは言えないけど、二、三ヶ月前くらいからだと思う。それまでは緑葉と同じくらいの量だったのに急に増えた」
その証言に俺は少し引っかかりを覚えた。需要が増えている理由が分かれば、ファーレン家の内部事情にもう一歩近づける。深紅という危険な薬物の需要が急激に伸びているとすれば、その裏に何らかの事情の変化があったはずだ。単なる商売の拡大か、もっと切迫した理由か。まだ判断する材料が足りなかった。
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「あんたは、どうしてこの仕事をしてる」
俺がそう尋ねると、女は少し黙った。
「借金。冒険者になった時道具を借りるのに、ギルドから金を借りたの。返せなくてこの仕事を紹介された」
「紹介したのは誰だ」
「ギルドの受付の人。あの人も上から言われてやってるだけだと思う」
その話に俺は頭の中で、構図を組み立てた。ギルド内部にもこの仕組みに関わる人間がいる。表向きは独立した組織でも裏では、ファーレン家の意向がある程度浸透しているらしい。
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「今日はこれで十分だ。助かった」
「これで、もう終わりにして。あんたと会ってるのを見られたら私が危ない」
「分かった。あんたのことは、これ以上追及しない」
女はそう言って逃げるように、去っていった。
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セラフィナにこの情報を報告した。
「カイン・ロウという名前に聞き覚えはあるか」
「いえ、初めて聞きます。ただ巡花の実質的な統括者という立場なら、この一団に食い込むには避けて通れない相手でしょう」
「深紅の需要が二、三ヶ月前から急に増えてるらしい。あと深紅は沈痛を作る過程の副産物らしい、という話も聞いた」
「その話は以前から、聞いていた通りです」
セラフィナはそう言って頭の中の知識を、整理するように語り始めた。
「緑葉は薬草そのものから作られる比較的、安全な快楽物質です。一方、沈痛は医療用に使われる、正規の鎮痛薬。この沈痛を精製する過程で副産物として深紅が生まれます。深紅は依存性が非常に高く危険な代物です」
「なぜそんな危険な副産物ができる」
「詳しい理屈までは私も分かりません。ただ、この副産物を捨てずにあえて、流通させているのがファーレン家ということでしょう。正規の医療品と裏の麻薬。表と裏を同じ工程から生み出している。実に効率の良い仕組みです」
その説明に俺は内心感心した。前世でも似たような仕組みはいくらでもあった。正規の事業の裏で廃棄物のはずのものを闇市場に流して、二重に儲ける。医薬品会社が規制の緩い成分を裏で、横流しするような話を何度か耳にしたことがある。ファーレン家も同じ発想で、この国の裏側を支えているらしかった。
「もし、深紅の需要が急に増えてるなら、それは沈痛の需要そのものも増えてる、ということかもしれません。あるいは深紅そのものの、新たな売り先ができたのかもしれません」
その二つの可能性に俺は頭の中で、算段を巡らせた。どちらにせよこの変化の理由を掴めば、ファーレン家の内部事情にもう一歩踏み込める。
「どうやって接触する」
「今度は直接当たってみるのも一つの手だと思います。相手が組織の中でどういう立場にいるか大体、分かっていますから」
「危険は」
「あります。ただ末端の作業員より話が早く進む、可能性も高いです」
その提案に俺は頷いた。前世でも、こういう中間管理職に近い立場の人間は下っ端よりも、扱いやすいことが多かった。ある程度の権限を持ちながら上には逆らえない。その板挟みの立場を突けば案外、簡単に転がる場合がある。
カイン・ロウという名前が、次に狩るべき目標として、頭の中に刻まれた。




