第39話 冒険者ギルド
ファーレン家について、まずは、外側から輪郭を掴む必要があった。
これまでの経験から俺は、一つの教訓を得ていた。貴族家の裏の顔を知るには、その貴族家に直接切り込むより、周辺の組織から話を集める方が確実で安全だ。グラハム家の一件でも、まずは末端の窓口やゴブのような伝手から、情報を積み上げていった。今回も同じ手順を踏むことにした。
*
「冒険者ギルドのこの街の支部は、どこにある」
俺は、セラフィナに、そう尋ねた。
「王都の外れ、東門の近くにあります。魔物の討伐依頼や素材の買い取りを行う場所です。誰でも登録できますが、貴族の後ろ盾がない者が大半を占めています」
「ギルド自体は貴族とは無関係な組織なのか」
「独立した組織という体裁を取っています。ですが、大口の依頼となれば貴族家からの発注も、少なくないはずです。表向きは平民の組織でも、実際の資金の出どころまでははっきりしません」
その説明を聞きながら、俺は頭の中で、この組織の位置づけを改めて整理した。貴族に見出されなかった者、あるいは見出されることを拒んだ者。この街の制度の"外側"に置かれた人間が、最後に流れ着く場所。ある意味で、俺自身の立場と少し似ているのかもしれなかった。
*
東門の近くにあるギルドの建物は、思っていたより大きかった。石造りの二階建て、周りには依頼の張り紙がびっしりと貼られた掲示板が、いくつも並んでいる。出入りする人間の中には、武装した戦士風の男やフードを深く被った、素性の知れない者たちも混じっていた。
俺は、まず、素性を隠したまま、依頼の掲示板を、じっくりと眺めた。
依頼の内容は、様々だった。魔物の討伐、荷物の護衛、薬草の採取。その中に、一枚、目を引く依頼札があった。
「特定の薬草、大量買い取り。詳細は受付にて」
薬草の種類はあえて明記されていなかった。この曖昧さが逆に、俺の興味を引いた。
*
受付の窓口で俺は、そう尋ねてみた。
「この依頼、詳しく聞きたいんだが」
受付の女は少し、警戒するような表情を見せた。
「登録済みの冒険者の方ですか」
「まだ、登録はしてない」
「申し訳ありませんが、この依頼は一定以上の等級を持つ登録者にしか詳細を開示していません」
「なぜそこまで条件を絞ってる」
「依頼主の意向です。詳しい理由は私共も把握しておりません」
その返答に俺は、内心、興味を強めた。表向きの掲示板にはあえて詳細を書かず、限られた人間にしか内容を明かさない。この仕組み自体が、何らかの秘匿性を示唆していた。
*
「その依頼を実際にこなしてる連中の話、聞けるか」
俺はあえて直接的な質問を避け、この街の伝手を使うことにした。賭博場のゴブに、この件を持ちかけると、ある情報が返ってきた。
「ギルドの中に、"巡花"って呼ばれる連中がいるらしい。特定の薬草だけを専門に採取する、小さな一団だ」
「その連中、どこに行けば会える」
「詳しくは知らねえ。ただ、ギルドの中でもあまり表に出てこない連中だって話は聞く」
「なんでそんなに目立たないようにしてる」
「そこまでは分からねえよ。ただ、巡花に入るには普通の依頼とは違う、特別な紹介がいるって噂もある。誰でも入れる組織じゃねえらしい」
その情報に俺は、頭の中で一つの仮説を立てた。巡花という一団。もし彼らがファーレン家の依頼を受けて、麻薬の原料となる薬草を専門に採取しているなら、この一団こそが、ファーレン家と冒険者ギルドを繋ぐ最初の糸口になる。閉じた紹介制の組織というのも、その裏に隠すべき何かがあることの証明のようなものだった。
*
セラフィナにこの情報を報告した。
「巡花、という名前に聞き覚えはあるか」
「いえ、初めて聞きます。ただ、ファーレン家が麻薬の原料を確保するために、ギルドの一部と密接な関係を築いている可能性は、以前から考えていました。この一団が、その繋がりの実態かもしれません」
「どうやって、接触する」
「正面から近づけば警戒されるでしょう。まずはこの一団の構成員を一人でも特定できれば、そこから話を広げられるかもしれません」
その提案に俺は頷いた。前世でも、こういう閉じた小集団に食い込む時は、まず末端の一人を見つけ、そこから糸を辿っていくのが最も確実な方法だった。組織の頭を最初から狙うのは、危険が大きすぎる。末端から積み上げる方が、時間はかかるが確実だ。この街に来て以来、何度もこの手順を繰り返してきた。
*
俺はしばらく、ギルドの建物周辺を見張ることにした。出入りする冒険者たちの中から、"巡花"らしき人物を見つけ出す必要がある。
薄暗くなった頃、一人の若い男がギルドの裏口からこっそりと出てきた。手には薬草の詰まった袋を持っている。周囲を何度も気にするような様子。堂々と表口を使わず、こそこそと裏口を使うその態度は、明らかに何かを隠している人間の動きだった。
俺はその背中を、距離を置いて追い始めた。
男は大通りを避け、裏路地を慣れた足取りで進んでいった。誰かに見られることを明らかに、警戒している動きだった。しばらく進むと、スラムの外れにある小さな倉庫らしき建物の前で足を止めた。周囲をもう一度、確認するように見渡してから、扉を開けて中に入っていく。
この建物こそ巡花という一団の拠点かもしれない。俺は、その場所を頭の中にしっかりと刻み込んだ。今夜はこれ以上、動く必要はない。まずは、この場所の周辺をもう少し詳しく調べる必要がある。
この街に来てから、こういう地味な尾行や見張りを、数えきれないほど繰り返してきた。前世で染みついた習性が、この世界でもそのまま役に立っている。焦らず確実に、対象の生活の輪郭を掴んでいく。それが、この手の調査における最も確実な近道だった。




