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外道転生 〜元裏社会の帝王、千のカルマを賭けた贖罪の成り上がり〜  作者: 中原九尾
第1章:グラハム家編「鎖を売る家」

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第37話 予兆

 私――エリーゼ・ヴァルディアは、その夜も、あの黒髪の男の幻影に悩まされていた。


 これまでのビジョンとは少し、様子が違っていた。今回天啓が示したのは、男の姿そのものではなく一つの家紋だった。グラハム家の家紋。財務を司る五大貴族家の一つ。その紋が闇に沈むように、ゆっくりと飲み込まれていく光景。まるで大きな獣に丸ごと、呑み込まれる小動物のような印象を受けた。


 このビジョンを見た時、私は初めて、はっきりとした戦慄を覚えた。これまでの予知はいつも、抽象的で断片的なものだった。だが今回は、具体的な家名を天啓が名指しした。それだけ、この出来事が私の中の何かに、強く訴えかけているということなのだろう。


     *


 目を覚ました後、私は信頼できる侍従の一人に密かに、調査を命じた。


「グラハム家の周辺で、何か変わったことが起きていないか。表向きの理由をつけて探ってほしい」


 数日後、戻ってきた侍従の報告は思っていたより、曖昧なものだった。


「表向きは、何も変わりありません。バルド様は通常通り、政務を行っておられます。ただ……」


「何か、気になることが」


「スラムの方で、奇妙な噂が流れております。紋官隊の副隊長格が何者かに始末されたとか。首を街中に晒された、という話も」


 その報告を聞きながら、私はこの国の裏側で、これまで見えなかった動きが、確かに始まっているのだと実感した。表向きの政務や、貴族院の会議の場では、決して耳に入らない種類の話だった。


     *


「その何者か、というのは」


「詳しくは分かりません。ただ、黒髪の若い男だという証言が、いくつか集まっております。それとこの件と直接、繋がりがあるかは不明ですが……最近、バルド様の周辺で幾つかの妙な人事の動きがあったとも聞きます」


「人事の動き、というのは」


「紋官隊の中で、隊長格の一人がこれまでとは打って変わって、積極的に動くようになったとか。あるいは、ある案件でバルド様自身が、これまでにない譲歩をされたという噂もあります。詳細までは私の耳にも、入ってきておりません」


 断片的で、直接の繋がりが見えない話ばかりだった。それでも、こういう小さな異変の積み重ねこそが、大きな変化の予兆であることを私は、これまでの経験からよく知っていた。


 その報告に私は内心、確信を強めた。黒髪。この国にはほとんど存在しないはずの色彩。天啓が示した、あの男の特徴と完全に一致していた。


 具体的な証拠は何もない。それでも、断片的な情報の一つ一つが、私の中で一つの像を結び始めていた。あの異物はすでに、この国のどこかで確かに動いている。しかも五大貴族家という、この国の根幹に関わる存在にまで、その影響を及ぼしている。もはや、単なる予知の域を超え、目に見える現実として、この国にその存在を刻み始めているらしかった。


     *


「ご苦労でした。この件は他の誰にも話さないように」


 私は侍従にそう言い含めて、下がらせた。一人になった部屋で、私はしばらく思考を巡らせていた。


 もし、あの男が本当に五大貴族家を、一つずつ揺るがしていくつもりなら。この国の均衡は、これから大きく動くことになる。


 それが良い方向に転ぶのか悪い方向に転ぶのか、まだ判断はつかなかった。それでも、この停滞した国に何かが、動き始めたという事実だけは確かだった。


 長く変わらないことが当たり前だと思われていたこの国で、初めて明確な動きが生まれている。これまでの数百年、誰も揺らがせることのできなかった均衡に、一人の異物が確かな亀裂を入れ始めていた。


 父や貴族院の誰も、この変化の正体にまだ気づいていない。気づいているのは恐らく私だけだ。この孤独な確信を誰にも打ち明けられないまま、また一人で抱え続けなければならない。その事実に、私はこれまでとは少し違う種類の重さを感じていた。


     *


 数日後、再び眠りに落ちた瞬間、新たなビジョンが脳裏に浮かんだ。


 これまでとは違う種類の光景だった。祭祀の場。大勢の人々が集う広場。祭壇に据えられた古い像。そして、その人混みの中に、あの黒髪の男の姿が確かに見えた。周りの誰も、その存在の異様さに気づいていない様子だった。


 目が覚めた後、私はそのビジョンの意味を慎重に読み解いていった。


 この国には、王家が主催するいくつかの祭祀が定期的に開かれている。もし、あの男がその場に現れるのだとすれば――それは、私自身がその祭祀に直接臨席する理由を、天啓そのものが示してくれたということかもしれない。


 これまで私は、あの男の存在を断片的なビジョンの中でしか捉えられなかった。だがもし、この予知が正しいなら初めて、直接対峙する機会が訪れることになる。


 王家の威信を保つため、今年は自ら臨席したい。そう貴族院に申し出るための理由を、私は頭の中で組み立て始めた。表向きの言葉なら、いくらでも用意できる。国の伝統を重んじる王女という体裁を保ちながら、本当の目的だけを誰にも知られないよう、深く沈めておく。長年この城で培ってきたその二重の顔の使い方が、今回も役に立つはずだった。あの男がどのような存在なのか。この目で確かめる時が近づいていた。


 これまでは、ただビジョンの断片を幾度か受け取るだけだった。だが今度は違う。私自身がこの手で、あの異物に触れにいく。その決意が、久しく感じたことのない緊張と共に、胸の中に静かに広がっていった。誰にも打ち明けられない孤独を抱えたまま、私は初めて、自分の意思でこの国の運命に直接手を伸ばそうとしている。

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