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外道転生 〜元裏社会の帝王、千のカルマを賭けた贖罪の成り上がり〜  作者: 中原九尾
第1章:グラハム家編「鎖を売る家」

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第35話 解放

 バルドから受け取った書面を、俺はすぐにセラフィナの家に持ち込んだ。


「これが、バルドの署名だ」


 セラフィナはその紙を受け取ると、真如で丁寧に確認していった。目を閉じ、指先を紙の上に滑らせる。


「間違いありません。正式な効力を持つ契約解除の文書です」


 その言葉に俺は内心、安堵した。この一枚の紙が、これまで積み上げてきた全ての駆け引きの最終的な成果だった。ミラとの出会いから数えれば、随分と長い道のりだった。


     *


「まずはミラさんの元へ行きましょう」


 セラフィナがそう提案した。俺たちはすぐに、ミラの住む小屋へ向かった。


「トーアさん、セラフィナさん……」


 ミラは俺たちの姿を見て驚いた様子だった。以前のような明確な距離感が、まだその表情には残っていた。


「あんたの契約紋、解除できる。この書面がその証拠だ」


 俺はそう言って、バルドの署名が入った紙を見せた。


 セラフィナが真如を使い、ミラの右手に刻まれた紋に、解除の術式を当てていった。しばらくの間、紋が淡く光り、やがて、その光が消えていった。


「これで終わりです。もうあなたを縛るものは何もありません」


 ミラは自分の右手を何度も見返した。紋の跡はまだ薄く残っていたが、以前のような拘束の感覚は完全に消えていた。


「本当に……。ありがとう、ございます」


 ミラの声は涙で震えていた。それでも俺に向ける目には、まだ以前のような素直な感謝の色は戻っていなかった。恐怖と感謝が複雑に入り混じった表情だった。


 それでいいと俺は思った。恩人として見られようと、恐怖の対象として見られようと、この街での俺の立場が固まっていくことに変わりはない。


     *


 次に、俺たちはガロの家族の元へ向かった。


 住居の見張りは既に姿を消していた。この見張りの解除も、バルドが自ら判断したものではない。ガロが、俺の指示を伝える形で、バルドに直接命じたという。当主自らが部下に頭を下げて頼むような、そんな構図がもう出来上がっていた。今後もこういう細かい後始末は全て、ガロを通じてバルドに実行させる。それだけで、この関係の主従が、誰の目にも明らかになる。


「母さん、リナ……」


 ガロが扉を開けると、中から母親と、妹と思われる人物が姿を見せた。


「ガロ、これはどういうこと……」


「もう、大丈夫だ。俺たちは自由になった」


 その言葉に母親は、しばらく言葉を失っていた。それから涙を流しながら、ガロを強く抱きしめた。妹も久しぶりに、外の空気を深く吸い込んでいるようだった。長い間、狭い家の中に留められていた身体が、久しぶりに外の光を、確かめているような様子だった。


「兄さん……」


 妹がそう呟いて、ガロの服の裾を小さく掴んだ。ガロはその頭を無言で優しく撫でた。長年隊長格として冷徹な仕事をこなしてきた男の、これまで見せたことのない一面だった。


     *


 その光景を、俺は少し離れた場所から見ていた。


 今、目の前にある光景は、俺自身の行動が間接的に生み出したものだった。前世では、こういう家族の再会の場面に居合わせたことなど、ほとんどなかった。もし、あったとしても、それは俺自身がその家族を、引き裂いた側にいたことが大半だった。


 使える駒を一つ確実に手に入れたという実利的な計算と、これまでにない種類の静かな満足感。両方が同時に胸の中にあることに、俺自身少し戸惑いを覚えた。


     *


 セラフィナの家に戻り、最後に、彼女自身の契約について確認した。


「あんたの一族の負債、グラハム家との契約は、どうなってる」


「バルドの署名があれば、同様の手続きで無効化できるはずです。今、確認します」


 セラフィナは自分の家に伝わる、古い契約書を取り出し、真如で解析を始めた。


「……ありました。ここにも、同じ種類の法的な瑕疵があります」


 その報告に、セラフィナの表情が、これまで見せたことのない明るいものに変わった。


「これで私も自由になれるのですね」


「あんたが望むなら、この瑕疵を材料に、あんたの一族の負債契約も無効にするよう、バルドに突きつける。もう抵抗する力はあの男には残ってない」


「お願いします」


 その言葉には、これまでの冷静で理屈っぽい口調とは少し違う、切実な響きがあった。長年背負ってきた一族の負債という重荷が、ようやく下ろせる。その事実の重みを彼女自身が、噛み締めているようだった。


 俺はその様子を見ながら、次の段取りを頭の中で組み立て始めた。


 バルドに直接、会う必要はもうない。ガロに要求を伝える書状を持たせるだけでいい。あの男は既に、俺の意向を断る術を持っていない。


 この街に来てまだ数ヶ月足らずで、セラフィナという、これまで手にした中で最も価値のある協力者を完全な自由の身にできる。悪くない投資だった。


 残る課題は、台帳そのものへの対応と、バルドという駒の使い方だった。


 あの男を失脚させるつもりはない。むしろ、表向きの地位を保たせたまま、裏で俺の意向通りに動かす方が都合がいい。他の四家に、この状況を気づかれないよう慎重に進める必要がある。


 台帳に眠る他の被害者たちの救済も、少しずつ進めていく必要がある。それに、バルドが握っていた闇金融の地盤そのものを、いずれこちらの手に完全に移す必要もある。


 やるべきことはまだたくさん残っている。

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