第26話 報復
※この話は、残酷な描写を含みます。苦手な方は、次話まで読み飛ばすことをお勧めします。
地下の部屋に戻ると、デズモンドはまだ床に転がっていた。脚と腹の傷を押さえ、荒い息を吐いている。
改めて、部屋の中を見渡した。壁には、大小様々な刃物、鈍器、そして見慣れない魔法的な器具が、種類ごとに整理されて掛けられている。棚には、瓶に詰められた薬品らしきものが、几帳面にラベルを貼られて並んでいた。部屋の隅には排水のための溝が切られ、そこに向かって、石造りの床が僅かに傾斜している。効率よく、後始末をするための設計だった。壁の一角には、これまでの"仕事"の記録らしき、日付と簡単な走り書きが並んだ木札が、幾つも吊られている。趣味と実務が、綺麗に両立した空間だった。
――懐かしいな、こういう場所は。
前世で、似たような部屋に、何度も足を運んだ。組織の"取り調べ室"、あるいは、もっと直接的な言い方をすれば、処刑場。壁の血の染み方、器具の並べ方、排水の工夫。細部は違えど、行われていることの本質は、何一つ変わらない。むしろ、この部屋の整然とした様子には、妙な親近感すら覚えた。ここは、俺のような人間にとって、居心地の悪くない場所だった。
「起きろ」
俺は水を彼の顔にかけた。デズモンドは咳き込みながら目を開けた。
*
「台帳の在り処を詳しく話せ」
「……知らねえよ、そんなもん」
「これから、聞かせてもらう。今は、知らないで済ませられると、思わない方がいい」
デズモンドは痛みに顔を歪めながらも、視線だけはこちらをまっすぐ見ていた。だが答えは変わらなかった。
「知ってても、話すかよ」
その反応に、俺は少し笑った。
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「教えておいてやる。俺たちの拷問ってのは、お前らのそれとは少し違う」
俺はそう切り出した。
「お前は痛みを道具として使う。相手を思うように動かすための手段だ。だが俺のこれは報復だ。痛みを与えるなんて、生易しいことをする気はない」
デズモンドはその言葉に僅かに表情を変えた。
「前世でも、こういうことは散々見てきた。組織の中じゃ、裏切り者や密告者に、報復として似たようなことをする。目的は情報を取ることじゃない。ただ二度と、誰も同じことをしないように、見せしめにすることだ」
部屋の壁に並んだ道具を、俺は一つ一つ、値踏みするように見渡した。どれも、使い古された跡がある。この男が、これまでどれだけの人間を、この部屋で"処理"してきたのか。考えるだけ無駄なことだった。
*
俺は壁の道具の中から、小さな刃物を手に取った。使い勝手を確かめるように、軽く手の中で回してみる。悪くない重さだった。
「今から、お前がどうなるか。それをこの街の連中に、しっかり見せてやる」
「な……何をする気だ」
俺は答えず、デズモンドの髪を掴んで頭を持ち上げた。そして、デズモンドの鼻を削ぎ落とした。短い獣のような悲鳴が部屋に響いた。
部屋の壁に立てかけてあった鏡を、俺は彼の目の前に突き立てた。
「見ろ。お前が今、どんな顔をしてるか」
デズモンドは鏡に映る自分の姿を見て、涙と血と涎で顔をぐしゃぐしゃにしながら、悲鳴を上げ続けた。
*
俺は次に、刃の先を彼の額に当てた。
「動くなよ。曲がると読みにくくなる」
抵抗するデズモンドを何度も何度も踏みつけて、弱らせる。
身動きができなくなったデズモンドの額に、ゆっくりと文字を彫り込んでいく。
『貴族の犬』
彫り終えると俺は再び鏡を持ち上げた。
「よく見ておけ。お前の顔に、これから一生刻まれるものだ」
デズモンドは鏡に映る自分の額の文字を見て、声も出せないまま目を見開いていた。その声は掠れ途切れていた。
「殺してやる……! 絶対に……!」
最後の力を振り絞るように、デズモンドがそう吐き捨てた。俺はその言葉に笑いながら答えた。
「どこまでそんな強気でいられるのか、楽しみだな」
その一言に、デズモンドの顔から最後の抵抗の色が消えていった。
*
俺は部屋の隅にあった大斧を手に取った。この部屋の主が、まさか、自分の道具で、こんな目に遭うとは、思っていなかっただろう。
「台帳の場所を話す気になってきたか。話せば、生かすことも考えてやる」
「し……知らねえ……本当に……!」
その答えを聞きながら、俺は斧を彼の右足に振り下ろした。
部屋に響いた叫び声は、これまでのものとは比べ物にならなかった。
「知らねえって言ってるのに……! なんで……!」
「知らないなら、それでいい。ただ確認してるだけだ」
俺はそう言って、もう一度斧を振り上げた。
「や、やめ……! 頼む……! もう、やめてくれ……!」
残った左足に斧を振り下ろす。デズモンドはもう、言葉にならない泣き声だけを上げ続けていた。
「ふむ、さすが若い身体だ。これだけ運動しても息切れしないとは便利だな」
デズモンドの悲鳴を無視して、俺はそんなことを考えていた。
*
「頼む……! 何でもする……! 命だけは……! 助けてくれ……!」
デズモンドは、涎と涙と血で顔を濡らしながら、声を振り絞るように、泣き叫んだ。俺はその姿をしばらく見下ろしていた。
「お前がこれまで、何人にその言葉を言わせてきたと思う」
その問いに、答えはなかった。ただ、獣のような泣き叫ぶ声だけが、絶え間なく続いていた。
「もっと因果を味わわせてやりたいが、人を待たせている。安心しろ。もう痛みは、これで終わりだ」
俺はそう言って、斧を彼の胴に振り下ろした。
全てが静かになった。この静けさも、前世で、何度も味わってきたものだった。仕事の終わりを告げる、独特の静寂。
*
最後に、俺は彼の首を切り落とした。
これを証拠として持ち出す。ガロにも、ミラにも、この街の連中にも、はっきりと見せつける必要がある。この俺に手を出せば、どうなるか。
部屋を出る前に、もう一度、あの道具の並んだ壁を見渡した。次に、この部屋を使う機会があるかどうかは分からない。だが、こういう場所の"使い方"を、この身体でも、改めて確認できたことは、悪くない収穫だった。
*
階段を上がると、セラフィナがそこに立っていた。
「聞いていたのか」
「……はい」
セラフィナの顔は僅かに青ざめていた。それでも目を逸らさず、こちらを見ていた。
「これが俺の生き方だった。軽蔑するか」
俺がそう尋ねると、セラフィナはしばらく黙っていた。
「分かりません。あなたが神に選ばれた者だというなら、こういう残酷さも含めて必要とされているのか。それとも、あなたがこういう人間だったからこそ、選ばれたのか」
「どっちだと思う」
「今は、答えが出ません」
その返答に、俺は何も言わなかった。彼女の中で何かが静かに揺れているのが分かった。それでいいと思った。彼女が俺をどう見るか。それは今、この瞬間、決める必要のないことだった。
*
俺はデズモンドの首を袋に入れ、外へ出た。
この首はスラムの一角に晒すことになる。この街の連中に、俺という存在の意味を正しく刻み込むために。




