第25話 救出
扉の隙間から中を覗いた。
薄暗い部屋の中央に、一人の男が拘束されていた。タンネルだろう。ぐったりと意識を失っているように見える。傍らに痩せた男が立っていた。手入れの行き届いた身なり、薄い笑み。デズモンド・クレイグに違いなかった。
壁には様々な道具が几帳面に並べられている。まるで職人の作業場のようだった。整然とした様子が、かえってこの部屋の異常さを際立たせていた。
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「まだ意識があるのか」
デズモンドが独り言のように呟いた。返事はない。それでも彼は気にする様子もなく続けた。
「痛みは人を最も正直にする。お前もそう思うだろう、タンネル」
その声には抑揚がなかった。ただ退屈な作業をこなしているだけの、平坦な響きだった。
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俺は扉を静かに開けた。
その瞬間、頭の奥で何かのネジが緩むのを感じた。前世で何度も味わってきた感覚だ。人を痛めつける準備をする時、いつも余計な理性を少しだけ外に置いてくる。仕事として殺す時とは、また違う。これは、もっと個人的な種類の昂りだった。
「誰だ」
デズモンドがこちらに気づき僅かに目を細めた。
「今日はいい夜だな。いい拷問日和だ」
俺はそう言って笑った。自分の声が、いつもより少し高く聞こえた。口の端が、自然と、上がっていくのが分かった。
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「侵入者か。面白い」
デズモンドは口の端を上げた。
「痛みを知る前に、名を聞いておこうか」
「お前に教える名前はない」
俺はそう答えながら距離を詰めた。デズモンドの立ち方、視線の配り方。動きに無駄な癖は見当たらない。長年この仕事を続けてきた人間の落ち着きがあった。だが、それだけだった。この程度の"手慣れ"は、前世で相手にしてきた連中の、下から数えた方が早いレベルだ。
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「なら聞かなくても構わない」
デズモンドはそう言って腰の短剣を抜いた。狙いは俺の脚だった。
「殺す気はない。まずは動きを止めて、じっくり遊ばせてもらう」
その言葉通り、刃は俺の膝の少し上を正確に狙っていた。俺は、それを一瞥した。避ける必要すら感じなかった。ただ、そこに立っていただけだった。
刃が触れた瞬間、一瞬の痛みが走りすぐに消えた。同時にデズモンド自身の脚に深い切創が走った。彼は声を上げてその場に片膝をついた。
「な……なんだ、これは」
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「脚を狙ったのは悪くない判断だった。だが俺には効かない」
俺はそう言って笑い続けた。デズモンドは脚を押さえながら、それでも油断なく俺を見上げていた。その程度の警戒心を保てるだけ、まだ、この男には見るべきところがあった。だが、それだけだ。
「まだ動けるつもりか」
デズモンドは痛みに顔を歪めながらも、もう一本の短剣を抜き投げた。狙いは俺の腹だった。
俺は、それにも、動かなかった。前世で、もっと速い凶器を、もっと近い距離から、何度も受けてきた。この程度の速度、この程度の間合いは、もはや脅威という範疇にすら入らない。
刃が触れると同時にデズモンドの腹に深い傷が走った。彼は血を吐きその場に崩れ落ちた。
「ぐ……攻撃を、そのまま返してるのか?……。」
掠れた声でデズモンドはそう呟いた。俺の力の正体に気づきかけているようだ。だがもう遅い。
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俺はその動きを許さなかった。距離を一気に詰め、脚の傷を押さえて動けないデズモンドの腹に、直接、拳を叩き込んだ。
ただの体術による一撃。デズモンドは声もなく、その場に完全に崩れ落ちた。抵抗と呼べるものは、最初から最後まで、何一つなかった。前世で相手にしてきた、名うての殺し屋や、武装した護衛たちに比べれば、この男の実力は、児戯に等しかった。拷問の腕は評判らしいが、戦う力は、まるで別物だということだ。
「見抜くのが少し遅かったな」
俺はそう呟いた。愉快だった。前世でも、こんな気分は久しくなかった。強すぎる相手と戦うのは、命の危険が伴う。だが、こういう、まるで手応えのない相手を、じっくり弄ぶのもまた、別種の楽しみだった。
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崩れ落ちたデズモンドを、俺は見下ろした。まだ意識はあるらしい。焦点の合わない目で、こちらを見上げている。
「タンネルの拘束を先に解く」
俺はそう告げて彼の縄を解いた。デズモンドは身動きが取れないまま、それをただ見ていた。
「連れて出るぞ」
俺はタンネルを担ぎ上げた。デズモンドは脚と腹の傷を押さえながら、まだその場に転がっていた。
*
階段を上がるとセラフィナが扉の外で待っていた。
「その方がタンネルさんですか」
「ああ。命は繋がってる」
セラフィナはタンネルの様子を手早く確認した。
「早く休ませる場所が必要です。私の家に運びましょう」
「頼む」
俺はタンネルをセラフィナに預けた。
「あなたは来ないのですか」
その問いに、俺は少し笑って答えた。
「まだやることがある」
セラフィナは、その声に僅かに違和感を覚えたようだった。いつもより少し軽い口調。いつもより少し上機嫌に見える表情。
「戻るのですか、あの場所に」
「台帳の在り処、まだ聞き出せてない。デズモンドは俺の力を見た。生かしておく理由が、もうどこにもない」
その言葉に、セラフィナは何かを言おうとして結局口を閉じた。
「タンネルを頼む」
俺はそう言い残し、地下へ続く階段を再び下り始めた。頭の中では、まだあのネジが緩んだままだった。今夜のうちに、片付けておくべき仕事が、まだ残っている。それだけのことだった。




