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外道転生 〜元裏社会の帝王、千のカルマを賭けた贖罪の成り上がり〜  作者: 中原九尾
第1章:グラハム家編「鎖を売る家」

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第23話 デズモンドの仕事

「聞いたか、ザガンの店で、ちょっとした騒ぎがあったって話」


 賭博場でゴブが、そう切り出した。周りの客も、なんとなく、その話題に耳を傾けている様子だった。


「どんな騒ぎだ」


「返済が滞ってる客の一人が、見せしめに連れて行かれたらしい。行き先は本拠地だとか」


 その情報に、俺は頭の中で算段を組み立て始めた。ミラが以前、名前を挙げていた被害者の一人だった気がする。使える証言者が一人消えるかもしれない。それだけの話だった。あの時聞いた名前を頭の中で、もう一度並べてみる。


「見せしめってのは、よくあることなのか」


「たまにな。返済を渋る奴が増えると、こういう話が、街に流れる。見せしめってのは、他の借り手を、大人しくさせるための、いわば宣伝みたいなもんだ」


 ゴブの言い方には、諦めに近い響きがあった。この街では、そういう非情さが、当たり前の日常として、消化されているらしかった。


     *


 セラフィナに、この件を報告すると、彼女の表情が僅かに曇った。


「見せしめという言葉が気になります。グラハム家には"処理"を専門に担う人間がいると聞いたことがあります」


「処理、というのは」


「詳しくは知りません。ただ、その名を聞くだけで街の人間が口を閉ざすほどの悪評があります」


 セラフィナは少し言葉を選ぶように続けた。


「デズモンド・クレイグ。紋官隊の副隊長です。拷問を専門に担っているという噂です」


「どんな噂だ」


「相手が苦しむ様を、まるで観察するように、じっくりと時間をかけるとか。恐怖より先に、絶望を与えることを、好んでいるとも聞きます」


 その説明だけで、俺はこの人物の異常性を十分に理解した。単なる暴力ではなく、そこに何らかの倒錯した楽しみを見出しているタイプらしい。


 前世の経験から言えば、こういう人間は対処に一番手間がかかる部類だった。組織にいた頃、似たような趣味を持つ男を部下に抱えたことがある。仕事はきっちりやるが、金や女で釣っても大人しくならない。痛みそのものを目的にしている人間は、報酬で動く相手より遥かに扱いにくい。最終的には、その男自身を口封じの対象として始末する羽目になった。今回も同じ結末を辿る可能性が高い。


     *


 その悪評を、俺はさらに、街の別の場所でも確認した。


 スラムの居酒屋で、老いた男が、若い連れに、そう説教しているのを聞いた。


「返済、絶対に飛ばすなよ。飛ばした奴の何人かは、"あの人"のところに連れて行かれるって話だ」


「あの人?」


「名前を口にするだけで、縁起が悪いんだよ。とにかく、あの紋官隊の副隊長にだけは、目をつけられるな」


 名前すら口にすることを、この街の人間は、避けているらしい。それだけで、この人物の悪評が、どれほど深く街に根付いているかが分かった。


 別の場で、母親が、泣きやまない子供に、こう言い聞かせているのも見かけた。


「泣き止まないと、"仕事熱心なおじさん"が、来ちゃうよ」


 子供を黙らせるための、この街独特の脅し文句にまで、この男の存在が使われている。名前を出さずとも、誰もが、それが誰を指すか理解しているという事実が、何より、その恐怖の深さを物語っていた。


     *


 俺はすぐに、ガロに接触することを決めた。証言者を一人失うだけならまだいい。だが、これが常態化しているなら、この先も使える人材が、片っ端から潰されていく。放置する理由はなかった。


「連れて行かれたのは誰だ」


 夜、裏路地で俺はそう詰めた。ガロは少し渋る様子を見せたが、やがて名前を口にした。


「タンネルという男だ。ザガンから借りた金を飛ばそうとしたらしい」


「今どこにいる」


「本拠地の地下にある部屋だ。デズモンドの専用の部屋がある」


     *


「そこに案内できるか」


 俺の問いに、ガロははっきりと首を横に振った。


「無理だ。あそこに入れるのは限られた人間だけだ。俺だって簡単には近づけない」


「見張りの配置は」


「詳しくは知らねえが、常に数人が周辺を固めてる。デズモンドの仕事中は特に厳重になる」


 その情報を聞きながら、俺は頭の中で算段を立てていた。正面から押し入るのは危険が大きい。だが時間をかければ、タンネルという男の証言は確実に失われる。


「その男、今どういう状態だと思う」


 俺がそう尋ねると、ガロは僅かに目を逸らした。


「知らねえよ。ただデズモンドの"仕事"を受けた人間で、まともな姿で戻ってきた例は聞いたことがねえ」


 その言葉の重みに、俺は一瞬、言葉を失った。前世でも似たような話を、何度も耳にしてきた。組織の中で"処理"という名目のもとに人が消えていく。それを当然のように受け入れる空気。この世界も同じだった。


     *


「あんたは、これまで何度その現場を見てきた」


 俺の問いに、ガロはしばらく黙り込んだ。


「一度だけだ。それで十分だった」


 その声には明確な拒絶と恐怖が滲んでいた。組織に長く身を置く人間でも、耐えられない光景がそこにあるらしい。


     *


 セラフィナに、この状況を伝えた。


「タンネルという男、今夜中に動く必要がある」


「潜入するには、あまりに情報が足りません。少なくとも内部の見取り図か、警備の交代時間くらいは把握しておくべきです」


「悠長に調べてる時間がない」


「分かっています。ですが無策で踏み込んで、あなたが命を落とす可能性もあります。まずは確実に情報を持つ人間から聞き出しましょう」


 俺はその言葉に頷いた。焦りは判断を鈍らせる。前世でも性急な動きが命取りになった例を、何度も見てきた。


「ガロから、もう一度詳しく聞き出す」


 俺はそう言って、再び夜の街へ足を向けた。


 タンネルという男の証言が時間と共に失われていく。証拠を積み上げるための人材が一人また一人と消えていけば、グラハム家を追い詰める材料もその分薄くなる。


 前世でも時間との勝負を何度も経験してきた。だが、あの頃は勝算のない賭けには決して乗らなかった。今回は情報も準備もまだ足りない。それでも材料が失われる前に動かないという選択肢は取れなかった。

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