第22話 台帳の中身
数日後、セラフィナからガロの家族についての報告が届いた。
「食事は最低限与えられているようです。ただ外出は、ほぼ許されていません。買い物も、決められた業者が定期的に届ける形のようです」
「軟禁に近いな」
「そう言っていいと思います。表向きは"世話をしている"という体裁ですが、実質的には監視と隔離です」
「妹の様子は」
「近所の者に聞いた限り、外で遊ぶ姿を見かけたことがないそうです」
その報告に、俺は頭の中で算段を立てた。妹が完全に隔離されているなら、そこがガロにとって最も響く弱点になる。可哀想だとか、そういう感傷は今は必要ない。この情報は、ガロをこちら側に引き込むための確実な材料になる。
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俺はその情報を頼りに、もう一度ガロに接触することを決めた。前回のように、いきなり本題に踏み込むのではなく、まずは事実を伝えることから始めるつもりだった。
夜、取り立てを終えたガロを俺は再び裏路地で待った。
「またお前か」
ガロは俺を見て露骨に顔をしかめた。
「今日は話を聞くだけでいい。あんたの家族の暮らし、少し調べさせてもらった」
その一言に、ガロの表情が明らかに強張った。
「……何のつもりだ」
「敵意はない。ただ外出もほとんどできず、決められた業者からしか物を買えない暮らしをさせられてる。それが恩恵とは言えないだろう」
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「お前に何が分かる」
ガロの声には怒りと疲れが同時に滲んでいた。
「分かるつもりはない。ただあんたがその状況を変えたいなら、俺には多少の伝手がある」
「胡散臭い話だ。お前、何が目的だ」
「グラハム家に、恨みがある。それだけだ」
「恨みなら、この街の連中は、みんな抱えてる。それだけで、俺が信じる理由にはならない」
ガロは、そう言って、俺から視線を外した。この一回だけの接触で、簡単に態度を変えるとは、思っていなかった。
「今日は、これだけ聞いてくれればいい。答えは、急がない」
俺は、そう言って、その日は引いた。
*
数日後、俺は、また同じ時間、同じ場所で、ガロを待った。
「まだ来るのか」
「あんたが、頷くまでは」
ガロは、僅かに、呆れたような顔をした。それでも、以前より、拒絶の色は薄い。
「伝手、というのは」
「グラハム家のやり方に詳しい学者が協力してくれてる。契約の穴を探して、そこを突く。あんたの家族を縛る契約も、同じ手が使えるかもしれない」
「学者、なんて胡散臭い肩書きだ。信じろって言う方が無理な話だろ」
「信じなくていい。ただ、俺たちは、既に、この街の別の一件を、そのやり方で解決してる。噂を確かめてくれればいい」
ガロはしばらく黙り込んだ。夜の闇の中、彼の呼吸だけが聞こえていた。
「……本当にできるのか」
「保証はできない。ただ可能性はある」
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「一つ教えてくれ」
俺はそう切り出した。
「グラハム家が、こういう契約をどれだけの数結んでる。あんたなら多少は知ってるはずだ」
ガロは少し迷う様子を見せた。それでもやがて口を開いた。
「詳しい数までは俺も知らない。ただ本拠地に"台帳"と呼ばれる帳簿があるのは聞いたことがある」
「台帳?」
「グラハム家が結んだ全ての契約の記録だ。誰がいくら借りて、どういう条件で縛られてるか。全部そこに書かれてるらしい」
その情報に、俺は内心確信を強めた。ミラの一件もガロの家族の一件も、そして他にも大勢いるはずの被害者たちも、恐らくその一冊の台帳にまとめて記録されている。
この街で俺が一人ずつ聞き取りを重ねてきた被害者の証言。それが、たった一冊の帳簿に最初からまとめられているのだとすれば、その台帳こそが、この街の不幸の総量をそのまま表している証拠になる。手に入れる価値は十分にあった。
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「その台帳、どこに保管されてる」
「本拠地の奥の部屋だ。管理してるのはバルド様直属の書記官だけだと聞いてる」
「警備は」
「厚い。俺でも簡単には近づけない」
その難易度に、俺は少し思案した。だが同時に、これが決定的な突破口になる可能性も感じていた。もし、その台帳を何らかの形で確認できれば、被害者全体の実態を一度に把握できる。
「その台帳のこと、教えてくれて助かった」
「別に、お前のためじゃない」
ガロはそう言って視線を逸らした。それでも以前よりは幾分態度が和らいでいるように見えた。
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セラフィナに、この話を報告すると、彼女は目を輝かせた。
「台帳の存在が確認できたのは大きな進展です。そこにアクセスできれば、契約の全体像を真如で一度に解析できる可能性があります」
「問題は、どうやって近づくかだ」
「そこは、これから一緒に考えましょう。ですが少なくとも、目指すべき場所がはっきりしました」
「警備が厚いなら、正面から乗り込むのは論外だな」
「はい。内部の協力者、あるいは警備の穴を突く必要があります。ガロさんが、もう少しこちらに心を開いてくれれば、内部の情報をさらに引き出せるかもしれません」
俺は、その言葉に頷いた。ガロという駒を、いつどう動かすか。台帳という目標が見えた以上、あとはあの男の弱みを、どこまで利用できるかにかかっている。
前世でもこういう男は何人も見てきた。組織に囲われ、家族を人質に取られ、それでも、抜け出す度胸のない人間。そういう相手には、いきなり全てを差し出させようとしても、まず動かない。少しずつ、小さな恩を売り、少しずつ、頼らせる。最後には、こちらの方が、頼られる存在になる。それが一番、効率のいい落とし方だった。
まだ完全には信用していない。だが、こちらの手の内を少しずつ見せることで、じわじわと引き込んでいく。今日の、僅かな態度の変化。それだけで、十分な進展だった。




