第21話 買われた男
ガロについて、俺はさらに調べを進めた。本人が話さない以上、周辺から情報を集めるしかなかった。
*
「ガロって奴、昔はスラム出身だったらしいぞ」
賭博場の常連の一人が、そう教えてくれた。
「成人の鑑定で、支配系のスキルが出て、それでグラハム家に、引き上げられたって話だ」
「本人は、その仕事、嫌がってなかったのか」
「そこまで知らねえけど、嫌々やってる感じは、正直あるな。あいつが取り立てに来ると、他の隊員より、まだ穏やかに済むって話も聞くぜ」
その情報に、俺は頭の中でガロの経歴を整理していった。スキルを見込まれ、貴族に買われた男。以前セラフィナから聞いた、この国の制度の典型的な例だった。それでいて、同じ立場の隊員の中でも、多少の情を残している、という評判。前回の観察と、綺麗に一致する話だった。
*
「ガロの家族について、何か知ってるか」
俺がそう尋ねると、常連の男は少し記憶を辿るような顔をした。
「確か、母親と幼い妹がいたはずだ。あいつがグラハム家に買われた時、家族も一緒に街の外れに移されたって聞いた」
「移された、というのは」
「グラハム家が用意した住居らしい。表向きは恩恵ってやつだ。だが実際は……」
男はそこで言葉を濁した。それ以上は噂でしか知らないのだろう。だが俺には十分な情報だった。
*
セラフィナに、この話を報告すると、彼女は少し考え込んだ。
「恐らく、その住居自体が、家族を事実上監視するための場所なのでしょう。表向きは福利厚生、実際には、ガロを確実に従わせるための仕組みです」
「人質、ということか」
「はい。グラハム家のような狡猾な組織であれば、そういう構造を作ることは容易です。ガロが少しでも反抗的な態度を見せれば、家族の待遇が、すぐに悪化する。あるいは、もっと直接的な報復もあり得ます」
「表向きは、恩恵として与えた住居だ。文句をつける筋合いも、外からは見えにくいわけか」
「その通りです。誰かが咎めようとしても、グラハム家は、いつでも"善意で世話をしているだけだ"と言い逃れができます。この国の法や慣習は、貴族側の言い分を優先する傾向がありますから」
その説明に、俺は内心、腑に落ちた。ガロが、あれほど慎重に行動していた理由が、これではっきりした。他人の恨みを買わない範囲で仕事をこなし、それでいて、家族への手当ては受け取り続ける。狭い綱の上を、ずっと歩き続けているような生き方だった。
*
その住居の場所を、俺は慎重に探り出した。貴族街の外れ、他の建物から少し離れた静かな一角にあった。
表向きは何の変哲もない、小さな家だった。だが周りを見渡すと、時折、見張りらしい人影が通り過ぎるのが分かった。露骨な監視ではないが、明らかに目が届く距離に配置されている。
しばらく観察を続けると、窓の奥に小さな人影が見えた。幼い少女だろう。外に出てくる様子はなく、家の中に留まったままだった。母親らしい女性の姿も、時折、庭先に現れる程度で、買い物にすら自由に出かけられていないようだった。
――やはり人質か。
その確信を、俺はさらに強めた。
*
俺は直接、接触することを決めた。ガロが一人になる瞬間を見計らう。
ある夜、取り立てを終えたガロが裏路地を歩いているところに、俺は姿を見せた。
「少し話がある」
ガロは俺を見て、瞬時に警戒の姿勢を取った。
「誰だ、お前」
「流れ者だ。あんたに聞きたいことがある」
「紋官隊に探りを入れるつもりなら、無駄だぞ」
ガロの声には明確な拒絶の色があった。それでも俺は退かなかった。
「あんたの家族が、何かの事情で縛られてるんじゃないか」
その一言に、ガロの表情が初めて明確に動いた。
「……なんで、それを知ってる」
「知らない。ただあんたの様子を見てりゃそう思う。今日も老婆から、要求した額より少ない金しか取らなかった」
ガロはしばらく何も言わなかった。夜の闇の中で彼の表情は読み取りにくかった。それでも、その沈黙は俺の推測が的を外していないことを示していた。
*
「お前に何が分かる」
やがてガロは低い声で、そう呟いた。
「俺は、この仕事が好きでやってるわけじゃない。だが、それ以外に選べる道がない」
「家族を人質に取られてるのか」
その問いに、ガロは答えなかった。だがその沈黙こそが答えだった。
「詳しくは話す気はない」
ガロはそう言って、俺の脇を通り過ぎようとした。
「一つだけ言っておく」
俺はその背中に声をかけた。
「あんたを敵として潰す気はない。今のところは」
ガロは足を止め、一瞬だけこちらを振り返った。何かを言いたそうな表情だったが、結局何も言わず、闇の中へ姿を消した。
俺は、この男が単純な敵ではないことを確信した。同じように選択の余地なく、この仕組みに組み込まれた人間。前世で言えば、上に立つ人間の駒として使い捨てにされる、下っ端の一人だった。使い方を誤らなければ、こちらの駒に変えられる余地は、十分にある。
この男をどう扱うか。それが、この戦いの一つの鍵になる。俺は、そう頭の中で結論づけた。




