第19話 依頼
「まずはミラさんの契約書を、正式に確認する必要があります」
セラフィナの家で、俺たちは今後の方針を詰めていた。
「彼女にもう一度会いに行くべきですね。契約の詳細を、できるだけ正確に聞き出す必要があります」
「分かった。今日、会いに行く」
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ミラの住む場所は、以前彼女自身から聞いていた。スラムのさらに奥まった一角にある、粗末な小屋だった。
「トーアさん……?」
扉を開けたミラは俺の顔を見て、驚いた様子だった。頬の痣は、まだ僅かに残っている。
「話を聞かせてほしい。あんたの紋を解く方法、見つかりそうだ」
その言葉に、ミラの表情が大きく変わった。
「本当ですか……!」
「まだ確実じゃない。ただ可能性はある。だから詳しく聞かせてくれ」
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ミラは俺を小屋の中へ招き入れた。妹らしい少女が隅で、咳をしながら眠っていた。顔色は明らかに良くない。
「妹さんの具合は」
「良くないです。薬代を、また稼がないといけないのに……。ザガンの下で働かされてる分、まともな仕事に就く時間もなくて」
その言葉に、俺はこの契約紋が単に身体を縛るだけでなく、生活そのものをじわじわと追い詰めていく仕組みだと改めて理解した。返済のための労働に時間を取られ、その結果、妹の看病や新たな収入の機会が失われていく。悪循環だった。じわじわと搾り取り続ける方が、一度で全てを奪うより、長く利益を生む。前世でも、この手の仕組みを、いくらでも見てきた。
「あの契約書、今どこにある」
「貸主が持っています。私の手元には、写しさえありません」
「貸主の名前と居場所は」
「ザガン、という男です。表向きは、小さな両替商を営んでいます。場所は……」
ミラは少し躊躇う様子を見せたが、やがて詳しい場所を教えてくれた。
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「契約を結んだ時の状況を、できるだけ詳しく教えてくれ」
俺がそう促すと、ミラは記憶を辿るように話し始めた。
「妹の薬代が急に必要になって……。近所の人に、ザガンのことを紹介されたんです。最初は優しかった。とにかく困ってるなら、少しでいいから借りればいい、って」
「利子の話は」
「ちゃんと説明されました。でも書類は、その場でさらさらと書かれて。ちゃんと読む時間も、あまりなくて……」
その証言に、俺は内心、頷いた。前世でも似たような手口を、何度も見てきた。説明はする。ただし相手が内容を正確に理解する前に、署名させる。よくある狡猾な手だった。
「他に、何か細かい条件を聞かされたか」
「返済が遅れた場合の利子は聞きました。でも身柄が担保になるっていう条項は、正直、読み流してしまって……。まさか自分に、それが適用されるなんて思ってなかったんです」
その言葉に、俺はこの手口の巧妙さを、改めて実感した。あからさまに隠すのではなく、あくまで書類上には正確に記載しておく。それでいて相手が、その重要性を正しく認識できないよう、状況を作る。詐欺と呼ぶには、あまりに合法的な体裁を保っていた。悪くない手口だと、素直に思った。
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「三度目の返済が遅れた時、何が起きた」
「ザガンが家に来て。書類を見せられて、"ここに書いてある通り、お前の身柄が担保になる"って。その場で紋を刻まれました」
「刻んだのは、ザガン自身か」
「いえ……。ザガンが別の人を呼んで。その人が何か、詞を唱えて」
「その人物の見た目は」
「灰色のローブを着た、痩せた男でした。顔は、よく覚えていません」
「他に、その男について、覚えてることは」
「あまり喋らない人でした。作業を終えると、すぐに、また別の場所へ向かうような、そんな慌てた様子で」
その情報に、俺は頭の中で一つの仮説を立てた。恐らく契約紋を刻む専門の術者が、この場に同行していたのだろう。慌てた様子だったということは、この一件だけを担当しているわけではなく、一日に何件も、同じ作業を回っている可能性がある。グラハム家が、こういった役割の人間を、専属で抱えているのかもしれない。効率よく人を縛るための、流れ作業だった。
*
ミラの証言を一通り聞き終えた後、俺は彼女に改めて確認した。
「もう一つ聞きたい。あんた以外に、同じような目に遭ってる人間を知らないか」
「……何人かいます。この辺りには、似たような契約を結ばされた人が、少なくないので」
「その人たちの名前、教えてくれるか」
ミラは少し戸惑った様子を見せた。
「なんで、そこまで……」
「一人分の証言だけじゃ、契約の穴を探すには材料が足りない。数を集めた方が、こちらの勝率も上がる」
その言葉に、ミラはしばらく俺の顔を見つめていた。それから小さく頷き、知っている限りの名前を教えてくれた。
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セラフィナの家に戻り、俺は聞き取った内容を、全て報告した。
「灰色のローブの術者。恐らく紋官隊の刻印師でしょう」
セラフィナはそう分析した。
「契約書の内容、そして術者の存在。この二つが分かれば、真如でもう少し詳しい解析ができます。ただし実際に、契約書そのものを目にしなければ、確定的なことは言えません」
「書類自体、どうやって手に入れる」
「正面から要求しても渡すはずがありません。写しを取る、あるいは何らかの形で、一時的にでも実物を確認する機会を作る必要があります」
「他の被害者の名前も聞いてきた。何人か、同じ手口で縛られてるらしい」
その報告に、セラフィナは少し驚いた表情を見せた。
「これは、思っていたより規模の大きい話かもしれません。もし、これだけの人数が同じ手口で縛られているなら、グラハム家――正確には、その下請けであるザガンの商会は、組織的にこの手口を繰り返しているはずです」
「一人一人の契約書を、全部確認する必要があるのか」
「理想的には、そうです。ですが、まずはミラさんの一件を確実に解決することから始めましょう。そこで得た知見が、他の被害者にも応用できるはずです」
俺は、その言葉に頷いた。数が多い方が、後々の材料としての価値も上がる。この一件は、単なる一人の女を助ける話ではなく、この街全体に転がっている、似たような案件を刈り取るための、最初の試験だった。
「だったら、やることは変わらない。一つずつ潰していく」
セラフィナは、その言葉に僅かに笑みを見せた。
「頼もしいですね、そういうところは」
こうして、俺たちのグラハム家との、本格的な対峙が始まった。
※先に言い訳
ここからが第一章の開始ですが、物語全体で最も執筆に苦戦したのがこの第一章です。
私の稚拙な文章力のため理解に苦しむ場面が多々あると思いますが、十数話お付き合いください。




