第16話 世界のかたち
グラハム家との一件に取りかかる前に、俺はセラフィナに、もう少し、この世界について詳しく聞いておくことにした。
断片的に集めてきた情報だけでは、まだ判断に迷う場面が多い。動く前に、基礎の部分を固めておきたかった。
*
「王族について、詳しく聞きたい」
「王族、ですか」
セラフィナは少し意外そうな顔をした。
「今の王は、ヴァルディア二十七世。もうかなりの高齢で病を患っておられます。実質的な政務はほとんど行っていません」
「代数が随分と多いんだな」
「この国は、建国から千年近く続いています。歴代の王の数を考えれば、その代数も頷けるかと」
千年。その重みに、俺は内心、少し驚いた。前世の日本で言えば、平安時代から令和まで、途切れず続いてきたような話だ。
*
「王には、子はいるのか」
「王女がお一人。名は、エリーゼ・ヴァルディア様。二十二歳になられるはずです」
「その王女は、どういう人物なんだ」
「私も直接お会いしたことはありません。ただ聡明な方だという評判は聞いたことがあります。国の腐敗を憂いているという話も耳にしたことがあります」
「憂いているだけ、か」
「立場上、それ以上のことは難しいのでしょう。貴族院の力が強すぎて、王家に実質的な決定権がほとんど残されていません。王女様も、その傀儡に近い立場に置かれているという噂です」
その説明に、俺は頭の中で王家という存在の位置づけを改めて整理した。名目上の頂点でありながら、実権は五大貴族家に握られている。象徴としての価値は残っているが、実効的な力はほとんどない。
*
「王家の血筋に、何か特別な力があるという話は、聞いたことがあるか」
その質問に、セラフィナは少し驚いたような顔をした。
「よく、そこに気づきますね。伝承では、王家の血筋に"天啓"と呼ばれる特殊なスキルが時折、現れるとされています。災害や歴史の転換点を予知する力だとか」
「今の王や、王女には」
「発現しているという話は聞いたことがありません。何代も前から途絶えているとも言われています。これも、王家の権威が弱まった一因かもしれません」
俺はその話を頭の中に留めておいた。今のところ直接、関わってくる話ではない。だが覚えておく価値はありそうだった。
*
「次に、スキルについて、もう少し詳しく教えてくれ」
「何を、知りたいのですか」
「成人と同時に鑑定を受けると聞いた。その仕組み自体は、どうなってる」
「成人の儀式は、各地の神殿で行われます。対象者が特定の魔導具に触れることで、その者が持つ適性――スキルが鑑定士によって読み取られます」
「適性、というのは、どこから来るものなんだ」
「正確な理屈はいまだに解明されていません。ただ傾向として、血筋によって現れやすいスキルの系統がある、とは言われています。貴族の家系に戦闘系や支配系のスキルが多く現れるのも、その傾向の表れだと」
*
「スキルの分類は、どうなってる」
「大きく分けて三つです。戦闘系、生産系、そして特殊系」
「それぞれ、どういうものだ」
「戦闘系は、直接的な戦闘能力に関わるスキル全般です。単純な身体能力の強化から、火や雷を操るような魔法に類するものまで、幅広く含まれます。この国では魔法そのものも、スキルの一種として扱われることが多いのです」
「生産系は」
「物を作る、育てる、加工するといった生産活動に関わるスキルです。農作物の育成を助けるもの、鍛冶や織物の質を高めるもの、あるいは薬の調合に長けるものなど。地味に見えますが、実際には、この国の経済を支える重要な系統です」
「俺のスキルは、特殊系だったな」
「はい。特殊系は、その名の通り、単純な戦闘力や生産能力に直接、結びつかない独自の効果を持つ、スキルの総称です。稀少で、その分効果も多岐にわたります」
「あんたのスキルは、何系だ」
その質問に、セラフィナは一瞬、視線を俺から逸らした。
「私のスキルは……特殊系です。名は、"真如"」
「どんな効果だ」
「魔法や契約の"構造"を、視覚的に解析できます。今回の契約紋の話でも、恐らく役に立つはずです」
その説明に俺は、なるほどと思った。契約紋の理屈を専門的に語れる理由が、これではっきりした。
*
「このスラムにいる連中は、みんな、たいしたスキルは持ってないと聞いた。本当なのか」
「概ね、その通りです。貴族の目に留まるほどの戦闘系や支配系の逸材は、この街では、まず見かけません。もし、そういう者が現れれば、成人の儀式の場ですぐに、貴族の使者が声をかけます。買われずに残るのは、可もなく不可もない平凡なスキル、あるいは、あまりに地味で使い道が見えにくいスキルを持つ者ばかりです」
「多少、使えそうなスキル持ちは、どうしてる」
「そういう者たちの多くは、この街の中でまっとうな職を得るか、あるいは冒険者ギルドに登録しています。魔物討伐に向いた戦闘系スキルなら、ギルドでそれなりの需要があります。貴族に買われるほどではなくても、生活の手段には、なり得るのです」
「つまり、この街に残る人材は、貴族から見捨てられた者と、ギルドや市井で、細々と生きる者に、二極化してるわけか」
「その通りです。そして後者の中でも、目立った実力を発揮する者は稀です。人材そのものが根本的に、この街には不足しています」
*
「一つ、気になっていたことがある」
「何でしょう」
「あんたほどの力を持ってるなら、貴族に、もっと早く買われていたはずじゃないのか」
その問いに、セラフィナは少し苦い表情を見せた。
「鑑定を受けた当時、私の一族はまだ、それなりの地位を保っていました。鑑定士も旧知の間柄でした。真如というスキルの真価が正確に評価されなかったのは、その鑑定士自身も、この力の使い方を深く理解していなかったからです。単なる地味な"分析系"のスキルだと、当時はそう記録されました」
「今は、違うのか」
「その後、一族が没落し、私自身が、こうして独学で研究を続ける中で、この力の使い方を自分なりに深めてきました。もし今、改めて鑑定を受け直せば、恐らく評価は変わるでしょう。ですが、それを公にするつもりはありません」
その理由は聞かずとも想像がついた。今の力の真価が知られれば、グラハム家に、さらに強く利用されるだけだろう。
*
「もう一つ、聞いていいか」
「何でしょう」
「グラナイトと、シンダーズ。あの二つの組織について、あんたは、どこまで知ってる」
「学者としての知識ではありませんが、噂程度には。グラナイトは古くからの義理を重んじる組織で、貴族側とも一定の距離を保っていると聞きます。シンダーズは比較的新しく、義理より利益を優先する無法者の集まりです」
「貴族との繋がりは」
「詳しくは分かりません。ただ裏社会と貴族の間には、何らかの繋がりがあると考える方が自然でしょう。この国の"歪み"がそれだけ根深いということです」
*
一通りの話を聞き終えて、俺はこの国の輪郭を、これまでよりも幾分明確に捉えられるようになった気がした。
千年続く王朝。実権を失った王家。それを傀儡のように支える五つの貴族家。その裏で蠢く裏社会の二大勢力。そして、それら全てを貫くように存在する、スキルという制度。
この構造の、どこに最初の楔を打ち込むべきか。今はグラハム家という目の前の標的から始めるしかない。だが、いずれこの全体を揺さぶる必要がある。値打ちのある的から、順に落としていけばいい。
そのために、まだ知らなければならないことが、山ほどあった。




