第13話 対等の証
セラフィナの家を出た後、俺はしばらく次の一手を考えていた。
行動で示せ、と言われた。だが具体的に、何を示せばいいのか、彼女自身もまだ決めていないようだった。だとすれば、こちらから先に証拠を突きつける形にするのが得策だろう。相手が判断基準を決めきれていないなら、こちらから、都合の良い基準を提示してしまえばいい。前世でも、交渉の主導権を握る時は、いつもそうしていた。
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数日後、俺は再びセラフィナの家を訪ねた。
「また、来たのですか」
扉を開けたセラフィナは、僅かに驚いた顔をした。前回よりも警戒の色は明らかに薄い。
「あんたに、見せたいものがある」
俺はそう言って懐から、一枚の紙を取り出した。この数日、賭博場の伝手を使って、まとめ上げた簡単な記録だった。
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「これは、何ですか」
セラフィナはその紙を受け取り、目を通した。
「この街のスラムで、俺がこれまでに解決してきた揉め事の記録だ。借金の取り立てを、法外な条件からまともな範囲に収めさせた話。露天商同士の場所争いを公平に仲裁した話。あとは賭博場を、いかさま無しでも回るように立て直した話」
「一つ一つ、確認していいですか」
「好きにしろ」
セラフィナはその言葉に頷くと、紙に書かれた一件ずつを指でなぞりながら確認していった。
「この、借金の取り立ての件。相手方の話も聞いているのですか。あなたの記録だけでは、一方的な話になっていないか判断がつきません」
「賭博場のゴブに聞けばいい。名前も、そこに書いてある」
「そうですか。後で確認させてもらいます」
その言葉に、俺は少し感心した。噂だけでなく裏付けを取る姿勢を崩さない。学者らしい慎重さだった。この慎重さは、こちらにとっても悪くない。裏付けの取れた実績は、後々、より強い信用に変わる。
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「正直に言えば」
セラフィナは紙を置いて、そう切り出した。
「この程度の記録では、あなたが本当に善意で動いているのか、それとも単に自分の勢力を広げるための地盤作りをしているのか、判別がつきません」
鋭い指摘だった。実際、俺の動機はその両方が混ざり合っている。この街での信用や地盤を築くことは、俺自身の目的にも直結している。善意など、そもそも初めから持ち合わせていない。
「否定はしない。両方だ」
俺は正直にそう答えた。
「隠さないのですね」
「隠しても、いずれ見抜かれるだろう。あんたは、そういう目をしてる」
セラフィナはその言葉に少し驚いたような表情を見せた。
「多くの人は、自分の欲を善意という言葉で綺麗に包み直そうとします。あなたは、その手間を省くのですね」
「綺麗に包んだところで、あんたには通用しないだろう。無駄な手間だ」
「……見透かされているようで、少し癪ですね」
セラフィナはそう言いながらも、その口調には僅かな親しみが混じり始めていた。使える方向に、話が動いている。
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「では、もう一つ聞かせてください」
セラフィナは続けた。
「もし私が、あなたに知識を渡した後、あなたが、その知識を悪用しないという保証は、どこにあるのでしょうか」
「保証はない。言葉で誓っても、あんたには信じる根拠がないだろう」
「その通りです」
「だから、確実な縛りが欲しいなら、あんたの流儀で縛ればいい」
その提案に、セラフィナは少し目を見開いた。
「私の流儀、というのは」
「契約魔法だ。あんたの専門だろう。俺を、あんたの望む条件で縛ればいい。それなら、俺の言葉より確実な保証になる」
「本気で言っているのですか。契約というのは双方に、それなりの拘束力を持ちます。あなたが、その内容次第で身動きが取れなくなる可能性もあるのですよ」
「分かってる。それでも構わない」
セラフィナはしばらく無言で、俺を見つめていた。値踏みするような視線が、以前よりも深くこちらに向けられている。
「あなたのような立場の人間が、契約魔法で縛られることを、自分から望むなんて」
「本気だ。あんたの知識が必要なら、それに見合う対価を払う。それが、この場合、契約という形になるなら、それでいい」
前世でも、こういう場面はあった。相手に信用を示すため、あえてこちらが弱い立場に立つ。それが結果的に、最も早く相手の懐に入り込む方法だった。多少の枷を受け入れる程度なら、安い投資だ。
「面白いことを言いますね」
セラフィナはそう言って僅かに口の端を上げた。初めて見せる、明確な笑みだった。
「分かりました。それなら、正式に話を進めましょう。ただし契約の内容は私が慎重に決めます」
「構わない」
*
「その前に」
セラフィナは少し声を落として続けた。
「契約という絶対的な縛りを結ぶ以上、私もあなたに、ある程度心を開く必要があります。私自身の事情も、少しずつお話しすることになるでしょう。それでも構いませんか」
「望むところだ」
その返答に、セラフィナは小さく頷いた。
これまで探り合いだった二人の間に、ようやく明確な取引の枠組みが見え始めていた。あとは契約の内容を詰めるだけだ。そこで俺自身の背景も、どこまで語るべきか決めなければならない。
――どこまで、話すべきか。
転生者であること。前世の記憶。神から与えられた試練。全てを話せば、信じてもらえるかどうかは分からない。荒唐無稽な話だと、一笑に付されても、おかしくはない。だが、この学者は、これまでのやり取りを見る限り、感情ではなく事実の積み重ねで物事を判断するタイプだった。だとすれば、たとえ突拍子もない話でも、こちらの言動に矛盾がなければ、真剣に検討してくれる可能性がある。
それに、契約という絶対的な縛りを結ぶ以上、隠し立てをすること自体が、後々大きなリスクになりかねない。何かを隠していると知られれば、それだけで積み上げてきた信用は一気に崩れる。信用という道具は、一度失えば、二度は同じ値で買い戻せない。前世で、何度も見てきた法則だった。
俺はそう感じ始めていた。この学者となら、真実を明かす価値があるかもしれない。




